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幼なじみの都落ち  作者: なつまつり
第二章
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第十一話

 昼前にカラオケボックスを後にした俺たちは、繁華街のそばに位置するイベントスペース「656(ムツゴロウ)広場」へと足を運んだ。


 三階建てビルの低層部がくり抜かれており、そのスペースに小さなステージとベンチの類が設えてある。歩行者のアクセスは抜群で、気軽に足を止めて催し物を観ることもできるし、スペースに入ってゆったりくつろぐことも可能だ。


「このへんで小規模のイベント会場といったら、やっぱりここばい♪」


 広場のなかをぐるりと見回りながら、四条が機嫌よく言った。

 市民は誰でも知っている、いわば憩いの場だ。街角のちょっとしたイベントで使われる機会が多く、休日なんかは決まって何かしらの催し物をやっているイメージが強い。


「昨日少し調べたんだが、平日ならわりとどの時間帯でも空いてるらしい」

「俺らはどうせ夏休みだし、規模的にもおあつらえ向きだよな。願ったり叶ったりってやつよ」


 楽観視して笑う日暮の隣で、しかし音海はやや不安そうにつぶやく。


「ただ、ひとつ気にかかるとすれば……利用料ですね」

「ああ、それも調べた。3時間単位で千円だそうだ」

「……めちゃくちゃ安いじゃねぇか」


 一番の懸念点が杞憂に終わったことで、音海も安心した表情を見せた。

 いちおう下見に行こうと言ったのは俺だが、とくに反対する意見は出なかった。


「じゃ、会場はここにするってことで」

「ねね、会場も決まったことやし! 今からラーメン食べに行かん⁉」

「そういや、朝からカラオケでけっこう空腹なんだよな。円花ちゃんもそれでいいか?」


 こくこくとうなずく音海に爽やかな笑みを向け、日暮は最後に俺の方を見た。


「……なんだよ」

「お前はどうなんだ堀川」

「とくに異論はないが」

「……あ、そう」


 やたら残念そうな顔でうつむく日暮。気分じゃないならそう言えばいいのに……と思ったが、音海にイケメンスマイルを振りまいた手前、大人しくラーメンで腹を満たすことに決めたようだった。


     *


 656広場にほど近い『ラーメンのぶ』に足を運んだ俺たちは、四条の提案でそれぞれ違う種類のラーメンを頼むことに決めた。


 店内は非常に狭く、横に五つ並んだカウンター席のみだ。

 たまたま他の客もいなかったので、俺たちは四人並んで丸椅子に腰を落とす。


「このお店、けっこう珍しかとよー! 豚骨ラーメンが3種類と、魚介醤油ラーメンもあるったい! みんなはどれにすると?」

「俺たちは余りもんでいいから、二人が先に決めろよ」


 俺がそう口にすると、四条は溢れ出るようなニマニマを顔いっぱいに浮かべた。


「うふふ、ゆーくんさすがやねぇ。レディーの扱い方ば心得とるばい」

「いや、単にどれでもいいからだぞ。日暮もどうでもよさそうな顔してるしな」

「……そういう余計なことは口に出さんほうがよかばい」


 結局は音海から順番に決めることになり、それぞれのオーダーを店主に伝える。


「それじゃあ、わたしは博多ラーメンをお願いします」

「あたしは佐賀ラーメン!」

「長浜を一つ」

「……魚介醤油を一つ、頼んます……」

「……なんね? きょーた、がばいテンション低かばい」

「俺にだってそういう日はあるんすよ……」


 うつろな目のままに、日暮は冷水をぐびりと飲み干した。


 ちなみに、博多・長浜・佐賀ラーメンはすべて豚骨ベース。それぞれ趣向こそ異なるが、いわゆる豚骨ラーメンであることには変わりない。

 そんななか、日暮はひとり魚介醤油を選ばざるをえなかったのだ。


「気を落とすなよ、日暮」

「この長浜泥棒がよぉ……」


 豚骨以外を邪道とする九州男児のプライドをひどく傷つけられたらしい。……食い物の恨みは恐ろしいと言うし、帰り道は背後に気をつけておくとしよう。


 それほど時間を空けることなく、立て続けに四人前のラーメンが出来上がった。


「あの、みんなにお願いがあるとばってん……」


 割り箸に手を伸ばそうとしたとき、隣に座っていた四条がはにかみながら提案する。


「最初に一口だけ、みんなで交換してほしかなーって」

「……別々のラーメンにしようってのはそういうことか」

「てへっ」

「でも、そのほうがいろんな味を楽しめますね」

「やろやろ? 一度で四回も楽しめるチャンスばい!」


 めちゃくちゃ高校生らしいというか、絶妙にいやらしい思考をしていた。これこそ余計な一言なので、俺はおくびにも出さないが。


「それじゃ、まずは隣同士で交換ばい!」


 ということで、最初は音海と四条、俺と日暮が交換することになる。


「ほれ。大好物の長浜だ」

「……なあ堀川。もうこのまま交換しねぇ?」

「悪いが俺はモードに入ってるんでな。長浜の」

「……ケチな野郎だぜ」


 俺はまだ手が付けられていない日暮の魚介醤油ラーメンを一口、ずずっとすする。

 意外に、というかかなり旨かった。魚介成分が醤油と的確にマッチアップしている。ちぢれた面との相性も悪くなく、あっさりとした後味がもうひと口を誘う。


「長浜うめぇ……」


 日暮はずるずると立て続けに長浜をすすってやがる。……まあいいか。それを許せるぐらいにこれ美味しいし。


「じゃあ次は、一個飛ばしで交換ばい」


 俺の(?)魚介醤油は四条を飛ばして音海へ。音海が味見した佐賀ラーメンがこちらへとやってくる。


「……」


 よくよく考えると、これはいちおう四条のラーメンなのだが……口をつけたのは他ならぬ音海であって、つまりこれは純粋百パーセント、音海ラーメンと称してもいいわけで……。


 なんとなく交換先の音海をチラ見すると、たまたま向こうもこちらに目を向けていた。


「「……!」」


 慌てて同時に目を逸らす俺たち。

 明らかに不自然な挙動だったが、どうやら四条たちは気づいていなかったらしい。セーフ。


 さて。気を取り直して佐賀ラーメンを食す。


 スープにはたっぷりと油が浮いており、味もまた濃厚だが、決してくどくはない。柔らかな口当たりのスープは、口に入れるとその熱をじんわりと広げていく。麺は博多のそれと比べると柔らかいが、スープとの相性も悪くない。


 ……いいか、落ち着け。これは音海ラーメンではなく佐賀ラーメンなのだ……咀嚼するたびにそう言い聞かせながら、俺はその味をしっかりと堪能した。


 その後は博多ラーメンも試食し、完成されたスープとバリカタの細麺に舌鼓を打って、ようやく本来のオーダーである長浜ラーメンが戻ってきたときには――チャーシュー一枚を含め、既に半分以上が喰らい尽くされていたのだった。



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