95 大人になるための練習をしようか?
「じゃあ、まずはソノ服を脱ごうカ?」
アドルフォ王太子はベッドに横になっていたマリアを起き上がらせて、ニコニコしながら言った。
そのあまりもの軽さに、マリアはキョトンとしながら聞き返す。
「服? このドレスを脱ぐってことですか? たぶん私だけじゃ脱げないと思います」
「俺が手伝ってあげるカラ大丈夫だヨ」
「でも……ドレスを脱いで何を着るんですか?」
「何も。裸になるんだヨ」
「えっ!?」
裸になる!?
アドルフォ王太子がさも当然のことのように言うものだから、マリアは一瞬驚いている自分がおかしいのかと錯覚してしまいそうになった。
しかし、やっぱりそれはおかしいと思い正直に意見を伝える。
「男の人の前では裸になれないですよ」
浄化をするための遠征中も、マリアが服を脱ぐときにはメイドたちが覗いている者がいないかを要チェックしていた。
男性に見せてはいけない。
それくらい、無知なマリアだって知っている。
「たしかにフツウなら見せないよネ。だから特別なんだヨ。ベッドの上に男女でいたら、特別に許されるのさ」
「……特別に許される?」
「そうだヨ。ベッドの上で男と2人になったら裸になるカモしれナイ。だから恥ずかしくてミンナ顔が赤くなるんだヨ」
マリアにとっては突拍子もない話だったけれど、妙に納得してしまう。
そっか。
だからさっき私の顔が赤くなってないって驚かれたんだ。
たしかに男の人の前で裸になるのは恥ずかしいもんね。でも……。
「でも、なんで裸になる必要があるんですか?」
男女の特別だと言われても、なぜ裸にならなければいけないのかマリアには理解できなかった。
お風呂場でも着替え目的でもなく、ベッドの上でというのも理解不能だ。
そんなマリアの素直な質問に、アドルフォ王太子はどこか楽しそうな様子で答えてくれる。
「裸で抱き合うと、幸せになるカラさ」
えっ? そうなの?
初めて聞いた情報にマリアの目が丸くなる。
質問に答えてもらっているというのに、謎は深まるばかりだ。
「なんで裸だと幸せになるんですか?」
「大人になるとわかるヨ」
「大人ならわかる……」
……じゃあ、お兄様の変な行動の意味がわからなかったのは、私がまだ子どもだから?
急にグレイとの距離を感じた気がして、胸がズキッと痛んだ。
子どもの自分では大人のグレイには受け入れてもらえないのではないかと不安になり、マリアの目に涙が滲む。
しかし、次の王太子の言葉にマリアは潤んだ目を輝かせた。
「聖女様も、もう大人になれる年齢だヨ」
「えっ、本当!?」
「ああ。もう17歳だろう? 見た目ダッテ十分大人だし、知っても大丈夫なハズだヨ」
私も大人になれる……!?
マリアの反応を見て、アドルフォ王太子がニヤッと笑う。
さっきよりも少しだけマリアに顔を近づけて、人差し指を1本立てた。
「モチロンなれるヨ。じゃあ、まずはお兄サンと裸で抱き合っているトコロを想像してみて」
「お兄様と……裸で?」
マリアの頭の中に、シャツ1枚着ている薄着のグレイが浮かぶ。
そのグレイがシャツを脱ぐ姿を想像して、マリアはボッと顔を赤くした。
そんな反応を予想していたのか、マリアの様子を見ていた王太子がフッと鼻で笑いながら話を続ける。
「まぁ、最初はお兄サンの前で裸になるのは恥ずかしいと思うケド……」
「そうです! お兄様の裸なんて恥ずかしくて見られないっ!」
「あ。そっち?」
顔を手で覆いながら真っ赤になって叫ぶマリアを、ポカンとした顔で見つめる王太子。
このマリアの思考回路だけは予想外だったらしい。
監禁されていた檻から出て以来、人前で着替えたり裸になることに慣れてしまったマリア。
もちろん男性の前ではまだ脱いだことはないけれど、自分の裸を見られることよりも他の人の裸を見るほうが抵抗がある。
「どうしても裸にならなくちゃいけないんですか?」
「ウーーン……。まあ大人じゃナイとまだ恥ずかしいカモねぇ〜」
「!」
裸にならないと、大人になれない……!?
葛藤しているマリアの気持ちに気づいているのか、アドルフォ王太子がチラッと横目でマリアの様子を確認している。
ハッキリと答えを出せないマリアに、もう一押しの言葉を投げかけてきた。
「じゃあ練習すればイイんじゃない?」
「練習?」
「そう! 俺をお兄サンだと思って練習してみようヨ」
ニコッと笑顔を作った王太子が、両手でマリアの手をギュッと握った。
自分に関係ないことだというのに、無知なマリアのために協力を申し出てくるアドルフォ王太子。
マリアはそんな王太子を、なんて親切な人なんだろう……と感心した。
私を騙してここに連れてきたりしたけど、エドワード様が言うほど悪い人ではないと思うなぁ。
「ありがとうございます。アドルフォ王太子殿下。でも、いくら練習とはいえやっぱり裸になるのは……」
マリアが断りの言葉を話し出した瞬間、握られていた手を広げられ、そのままベッドに押し倒されてしまった。
手首を押さえつけられていて、まったく動かせない。
「えっ? あの、王太子殿下……?」
「ゴメンネ、聖女様。でも、今しかチャンスがないんだ。だからこのまま続けてもイイかな?」
「続けるって、何を……」
怪しい笑みを浮かべるアドルフォ王太子の顔が近づいてきたとき──
ガチャガチャガチャ!!!
「!!」
ものすごく乱暴にドアノブを動かす音が部屋に響いた。
マリアをここに案内したメイドは部屋に入っていなかったし、いつ誰が鍵を閉めたのだろうと考えていると、どこから出てきたのかガブール人の騎士が扉の前に立った。
えっ!? あの人、どこにいたの?
狭い部屋の中、マリアは王太子と自分の2人だけだと思っていた。
この騎士がどこに隠れていたのかも気になるが、今は激しくドアノブをガチャガチャ動かしている人物も気になる。
なっ、何? 誰?
手を掴まれて押し倒されているというのに、マリアは扉から目が離せなかった。
何が起きているのかを察したのか、アドルフォ王太子が「もうバレちゃったカ」と残念そうに呟く。
そのとき、ドアノブの音と共にエドワード王子の声が聞こえた。
「マリア!! いるのか!?」
「エドワード様!?」
「……っ! 声がしたぞ! マリアはここだ!」
王子の叫びが聞こえた瞬間、バンッと扉が破壊される。
壊れた扉の向こうに立っているのは、エドワード王子とレオ、そして──グレイだ。
「お兄様っ!?」
マリアの呼びかけにグレイは答えない。
3人とも、部屋の中の状況を見て固まっているのだ。
アドルフォ王太子に無理やり押し倒されているマリアの姿を見て──。