94 いなくなったマリアと王太子
「グレイ! 1回くらいダンスしてあげなよ!」
「うるさい。なんで会場警備中のお前がここにいるんだ、レオ」
あいかわらず壁に寄りかかっていたグレイのところに、レオが小言を言いにきた。
やっとピンク髪の令嬢がいなくなってホッとしたタイミングだっただけに、余計に鬱陶しく感じる。
「ここも会場の中だからいいんだよ! それより、べティーナが兄の副団長に泣きつきに来たんだよ。グレイが踊ってくれないって。少しでいいから踊ってあげてよ」
あの女、いなくなったと思ったら兄に泣きつきに行っていたのか。
なんともめんどくさい女だと、グレイは小さく舌打ちをする。
「嫌だ。俺はそんな面倒を言わない女っていう条件でパートナーにしたんだ」
「グレイの出した条件は、『婚約を求めてこない女』でしょ! ダンスを求めてこない女じゃないんだから」
「……そんな意見が通ると思ってんのか?」
「頼むよ! 副団長にも頼まれちゃったんだから」
「断る」
「グレイ〜〜……って、ん?」
半泣き状態だったレオが、急に真剣な顔で会場内の階段を凝視する。
主にマリアを見張っていたレオは、グレイと言い合いしている最中にもマリアから目を離してはいなかったのだ。
マリアに何かあったのかと、グレイもすぐに階段を振り返る。
「あれは……」
フランシーヌが足早にマリアに向かっているのが見える。少しやり取りをしたあと、マリアとフランシーヌだけがその場を離れて会場から出ていった。
なんだ? なんで生意気王子は一緒にいかないんだ?
グレイがエドワード王子をジロッと睨んだときには、すでにレオは入口に向かって歩き出していた。
「俺、マリアを見てなきゃいけないから!」
「ああ……頼んだぞ」
2人が出て行った扉から、少ししてレオも出ていく。
令嬢2人でどこかに行くとなると、大抵は身だしなみを整えにいくなどの理由だろう。
マリアを嫌っているはずのフランシーヌ嬢がわざわざマリアを呼びに来たのは謎だが、アドルフォ王太子や他の男でないなら特に問題は……。
そこまで考えて、グレイはハッとして会場全体を見回した。
アドルフォ王太子が──いない。
さっきまで会場の真ん中で令嬢に囲まれていたはずの王太子は、いつの間にか姿が見えなくなっていた。
パーティーで席を外すことはもちろんある。
今もたまたまどこかに行っているだけかもしれない。
けれど、グレイは背筋に冷たい氷を当てられているかのようにスーーッと体が冷めていくのを感じた。
嫌な予感がする。王太子はどこに行った?
自然と足がレオの出て行った扉に向かう。
その扉から出ようとした瞬間、中に入ってこようとしたレオと思いっきりぶつかってしまった。
「いてっ……あっ、グレイ!」
「レオ。マリアは?」
「それがいないんだ。令嬢たちの控え室のほうに向かったんだけど、通路には誰もいなくて。エドワード殿下にマリアがどこに行ったのか聞こうと思って」
「…………」
グレイの中の嫌な予感が大きくなっていく。
レオがエドワード王子のところに話に行っているのを、グレイは険しい顔で見つめていた。
しばらくして、レオだけでなく王子までもがこちらにやってきた。
普段ならできるだけ顔を合わせたくない相手だが、今はそんなことを言っている場合ではない。
「マリアは令嬢の控え室に向かったらしい! 倒れた令嬢がいたとかで……!」
今エドワード王子から聞いたばかりの話を、レオが説明しながら駆け寄ってくる。
「何? お前はその方向に行ったんだろう? 誰もいなかったと言っていたじゃないか」
「本当にいなかったよ。もし2人がそっちに向かってたなら、絶対に追いついてたはずだから」
グレイとレオの話を聞いて、エドワード王子の顔色が曇る。
いつもの生意気な態度も威圧的に見せようとする様子もなく、極々自然に2人の会話に入ってきた。
「じゃあ、マリアは控え室のほうには行ってないってことか?」
「そういうことになりますね」
「……フランシーヌ嬢を探そう」
そう王子がポツリと呟いたとき、通路の先からこちらに向かって歩いてくる令嬢が目に入った。
髪型とドレスからして、フランシーヌだ。
控え室とは逆方向の通路を歩いている。
「フランシーヌ嬢!」
エドワード王子がそう叫ぶと、まだ顔がよく見えない位置でその令嬢はピタリと足を止めた。
一瞬、逃げそうな気配を感じたが、彼女は手を胸の前におき軽く頭を下げた。
近づいていくほどその手が震えているのが見える。
「フランシーヌ嬢、1人か? マリアは?」
「……マリア様は、現在治癒中でございます」
「なぜ1人で戻ってきたんだ? 治療といってもマリアの力なら一瞬で治るはずだ。なぜ一緒にいない?」
「そ、それは……」
カタカタと震えているフランシーヌの様子を見れば、何かを隠していることは丸わかりだ。
まさかいきなり王子と兄と護衛騎士の3人に囲まれることになるとは思っていなかったのだろう。動揺が態度に出てしまっている。
エドワード王子がジロリと鋭い視線を向けると、フランシーヌは観念したように話し出した。
「あの、実は、ご令嬢が倒れたというのは嘘だったのです……。ほ、本当は、アドルフォ王太子殿下に頼まれて……」
「アドルフォ王太子殿下!? マリアは王太子のところに行ったのか!?」
「は、はい……!」
なんだと!?
あの男、そこまでしてマリアを……!?
エドワード王子の気迫に圧倒されたフランシーヌは、普段の威厳ある姿とは別人のように怯えている。
グレイが王子以上の恐ろしい目で睨みつけているからか、彼女はチラッとグレイを見たきり二度と顔を上げなかった。
「それで、その部屋はどこだ!?」
「……わかり、ません……」
「わからない!? なぜだ!?」
「アドルフォ王太子殿下のメイドが待っていて、マリア様だけを連れていかれたので……」
フランシーヌの答えを聞いて、レオが彼女の歩いてきた方向に走り出す。
闇雲に捜すにはこの王宮は広すぎる。
少しでも何か情報のほしい王子とグレイは、フランシーヌから知っている限りの情報を聞き出してからレオのあとを追った。
勝手な行動に出たアドルフォ王太子に対して怒りはあるが、それ以上にグレイはよくわからない不安に襲われていた。
今、マリアとあの男が2人でいるのか……?
怒りよりも不安が勝ることなんて、これまでのグレイにはなかった。
苛立ちと焦りを同時に感じながら、グレイはエドワード王子と共にマリアを捜した。