93 ピュアなマリアと誘惑する王太子
……あれ? なんで私、ベッドに寝てるんだろう?
仰向けの状態で横になっているマリアの上には、ニコニコと嬉しそうに笑っているアドルフォ王太子がいる。
マリアのすぐ隣に寝転がっているが、両手をマリアの顔の横に広げているため覆い被さっているような態勢だ。
今は王太子が腕を伸ばしているおかげで少しだけ距離があるけれど、それでも普段より顔が近くにある。
ベッドに押し倒されたマリアは、ポカンとしながら王太子を見つめた。
「あの……アドルフォ王太子殿下」
「何?」
「意識不明のご令嬢はどこですか?」
「!」
マリアの質問に、王太子は目を丸くしてからブハッと笑い出す。
「あはははっ。コノ状況で最初に聞くコトがそれ?」
「だって、早く治さないと手遅れになっちゃいます!」
「大丈夫だヨ。そんな令嬢はイナイ。それはウソだから」
「ウソ?」
最初に、倒れた令嬢のことを教えてきたのはフランシーヌだ。
そんな令嬢はいないと言うのなら、フランシーヌも嘘をついたことになる。
なぜフランシーヌが嘘をつき、そしてなぜアドルフォ王太子がそれを知っているのか。
マリアの頭の中は???だらけで理解できなかった。
よくわからないけど、倒れた人はいないってことだよね?
それならば聖女である自分は必要ない。
エドワード王子に王太子とは会うなと言われているし、できるだけ早く会場に戻らなくては。
マリアは起きあがろうとして、自分の上にいる王太子に声をかけた。
「アドルフォ王太子殿下。そこ、どいてもらっていいですか?」
「…………」
「アドルフォ王太子殿下?」
目が合っているのに、アドルフォ王太子は笑顔のままマリアを見ていて答えない。
聞こえていないのかもと思ったマリアは、王太子の顔の前で手を振ってみた。フリフリしている指の隙間から、王太子が我慢できずに噴き出したのが見える。
「ブフッ。せ、聖女様……」
「あっ、アドルフォ王太子殿下! 聞こえますか?」
「き、聞こえてマ……ははっ」
何がそんなにおもしろいのか、王太子は肩を震わせて笑っている。
早くどいてほしかったが、マリアはひとまず王太子の笑いがおさまるのを待つことにした。
早く戻らないとエドワード様にまた怒られちゃうのに……。
ふぅ……とマリアが小さなため息をついたとき、やっと喋られるようになった王太子がマリアの耳元あたりの髪に触れた。
「本当におもしろいネ。聖女様は。フツウはこんな状況になったらみんな顔を赤くするのに」
「こんな状況?」
「男と2人キリでベッドに横になったら、色々と想像しちゃうデショ?」
「何をですか?」
「…………」
キョトンとするマリアの返答に、王太子が笑顔のまま固まる。
その反応を見て、マリアは自分の感覚が何かおかしいのかと心配になった。
え? 何? 男の人と2人きりでベッドに横になったらなんなの? 想像するって、何を?
一所懸命考えてみても、マリアには答えがわからなかった。
そのとき、グレイの部屋で過ごした夜のことを思い出す。
あ……そういえば、お兄様も昔は一緒に寝てくれたのに最近はソファで寝ようとしてた……。
もしかして、それも何か関係あるのかな?
内容まではわからないはずだが、マリアが何かをぐるぐると頭の中で考えているのは伝わったらしい。
王太子が先ほどよりも顔を近づけてきた。
「聖女様は思っていたヨリもずっと純粋みたいダネ。モット欲しくなっちゃったヨ」
「欲しく……? ……あっ!」
マリアはエドワード王子から聞いていた話を思い出した。アドルフォ王太子は女好きでマリアを狙っている──と。
そのために、今日はエドワード王子と婚約していると嘘をついているのだから。
それを知ってても言ってくるなんて……ちゃんと断らなくちゃ!
「私はエドワード様の婚約者だから、あげられませんよ」
「でも、聖女様はアノ王子が好きじゃナイんだろう?」
「えっ」
なんでわかったの!?
あっ、でも誤魔化さないと!
「す、好きですよ」
「ははは。聖女様はウソがヘタだネ。だって、聖女様が本当に好きなのはアノお兄様……なんデショ?」
「!!」
あまりに驚きすぎて、マリアは否定するのも忘れて目を見開いた。
王太子にグレイの話をしたことはない。王太子がグレイを見たのはついさっきで、ほんのわずかな時間だったはず。
それなのにどうして自分の気持ちを知っているのかと、マリアは不思議で仕方なかった。
なんで……?
何も言えずにいるマリアを見て、王太子がフッと鼻で笑った。
疑問に思ったのが伝わったのか、マリアが尋ねる前にその答えを話してくれる。
「見たらわかるヨ。聖女様、顔に出ててわかりやすいカラ」
「ええ!?」
アドルフォ王太子にまで言われた!!!
わかりやすいと言われるのはこれで何回目か。
マリアは悔しいような恥ずかしいような気持ちで顔を歪めた。
「ははっ。デモ、そんなトコロが可愛い」
「…………」
「エドワード殿下と婚約っていうのはウソなんデショ?」
「…………」
「エドワード殿下が好きじゃナイなら、婚約するのは俺でいいんじゃナイかな?」
「…………」
マリアは自分の口を手で押さえ、目を合わせないように横を向いた。
これ以上感情を読まれないようにという意図だったけれど、次の王太子の言葉につい反応してしまった。
「ねぇ、なんで男と女でベッドに横になったら顔が赤くなるのがフツウなのカ、教えてあげようカ?」
「えっ?」
いつもの明るい子どものような笑顔ではなく、大人っぽくニコッと微笑むアドルフォ王太子。
その綺麗な瞳から目が離せない。
なんで顔が赤くなるのか?
その答えがわかったら、お兄様の変だった行動の意味もわかるのかな?
「どうする?」
「……教えてください」
「もちろん、いいヨ」
マリアの答えに、アドルフォ王太子はまた子どものような笑顔になった。