89 女3人が集まると怖いです
マリアの返事を聞くこともなく、フランシーヌはマリアの体調が悪いと決めつけ話を進めていく。
「お部屋を用意させますので、マリア様はそちらでゆっくり休んでくださいませ。こちらのことはご心配なく。わたくしが責任を持ってエドワード殿下のサポートをいたしますので。さぁ、では早速移動を──」
「だっ、大丈夫です!」
パーティー会場に入って数分で追い出されそうになったマリアは、慌ててフランシーヌの言葉を遮った。
これくらい大きな声で叫ばなければ、マリアの声は彼女には届かないのだ。
近くにいる人達からの視線が集まり、やっとフランシーヌは怒涛の早口を止めてくれた。
「……本当に大丈夫なのですか?」
「はい! あの……ちょっと緊張しちゃっただけですから」
「そうですか。ご無理はなさいませんように」
「ありがとうございます」
あまり表情を変えない冷めた目をしたフランシーヌは、不満そうな空気を発しながらもすぐにその場から離れた。
おそらく、同年代の女性達からの視線が集中していたからだろう。
フランシーヌがエドワード王子にご執心なことは周知の事実なのだ。
大きな声出しちゃったから、みんなこっち見てる……。
フランシーヌ様に悪いことしちゃったかも。
申し訳ないと思っているマリアとは違い、隣に立つエドワード王子からはスッキリとした爽やかなオーラを感じる。
今まで黙っていた王子は、小さな声でマリアに話しかけた。
「きっぱり断ってくれて助かったぞ、マリア。あの女がパートナーになるところだった。ところで、本当に体調は大丈夫なのか?」
「大丈夫よ。それより、そんなにフランシーヌ様が嫌なの?」
「話をしたくないほどに嫌だ」
「えぇ……!?」
実際に、王子はフランシーヌがいる間は一言も喋っていなかった。
もしも本当にマリアが連れて行かれそうになったなら声を出したかもしれないが、しばらく様子見しているくらいには本当に話したくないのだろう。
エドワード様ってば、まさかこんなにフランシーヌ様のこと嫌がってたなんて。
まぁ、私もちょっとだけ苦手だけど……。
チラリとフランシーヌに視線を送ったマリアは、壁際から物凄い目つきで睨まれていることに気づき、ブルッと肩を震わせた。
こ、怖い……!!
そんな鬼の形相をしている彼女に気づいていないエドワード王子は、ソワソワしながらマリアをダンスに誘ってきた。
周りに聞かれるのが恥ずかしいのか、やけに小さい声になっている。
「どうする? 俺達も踊るか?」
「う……ん。ちょっと今は……」
「顔色が戻るまで待ったほうが良さそうだな。別室に行くか?」
「私が別室に行ったらエドワード様が1人になっちゃうけど平気なの?」
マリアの言葉を聞いて、エドワード王子の表情が固まる。
その鋭い視線の先にいるのはフランシーヌだ。
マリアがいなくなったなら、彼女はすぐに王子のもとにやってくるだろう。
「それは……困るな」
あまりにも素直な反応に、マリアはプッと吹き出しそうになってしまった。
ふふっ。なんだか女性に怯えてるみたいでかわいい。
鬼神とも呼ばれる強く男らしい第2王子様が、か弱い令嬢を避けているなんて誰も想像できないだろう。
グレイとパートナーの様子を見て痛んでいた胸が、少しだけ軽くなったようにマリアは感じた。
「ね? だから大丈夫。体調も問題ないし。それより、ちょっと甘いものが食べたいんだけど……行ってきていいかな?」
「お前……またケーキか?」
急に呆れたような目で見られ、マリアはムッとしながら言い返す。
「またって何? まだ今日は食べてないよ」
「はいはい。危ないから俺も一緒に──」
「エドワード!」
その時、突然やってきた人物が勢いよくエドワード王子の首に腕を絡ませてきた。
王子の首がグキッと変な音を響かせる。
この国の第2王子にこんなことができる人物は限られている。
マリアが気づいた時には、2人は王子の学友5人に囲まれていた。
「久しぶりだな!」
「元気だったか?」
楽しそうな雰囲気の中、友人達はチラチラとマリアに視線を送ってはいるものの話しかけてはこない。
数年前に、直接マリアに話しかけるのは禁止だと王子に言われたからだ。
それを知っているマリアは、少しずつ後ろに下がりながらエドワード王子に声をかけた。
「……じゃあ、私はあっちに行ってるね」
「待て! 1人だとあの王太子に──」
「まだ会場に来てないから平気だよ。少し食べたらすぐ戻ってくるから」
「あっ……!」
王子の返事も聞かず、マリアはサッとその場から離れた。
あのお友達と私が話すと、エドワード様はすぐ不機嫌になるんだよね。
お友達が怒られちゃうし、離れるのが1番ね。
人の中をスーーッと通り抜け、マリアはケーキなどの甘いお茶菓子が置いてあるテーブルまでやってきた。
パーティーではダンスやおしゃべりに夢中になっている人が多く、実はこういった場所にはあまり人がいないのだ。
わぁっ! 美味しそう!
1人でのんびりケーキが食べられると顔を綻ばせたマリアは、背後から聞こえてきた声に思わず「うっ」と呻き声を発してしまった。
なぜなら、さっきまで正反対の場所にいたはずのフランシーヌだったからだ。
「マリア様。体調はもうよろしいんですの?」
「……はい。……フランシーヌ様」
なんでここにフランシーヌ様が!? と、マリアは心の中で問いかけた。
「まさか会場に入って間もないというのに、もうエドワード殿下から離れてお食事を?」
「……は、はい。ちょっと甘いものが食べたくて」
「あら。それはいけませんわ、マリア様。殿下のパートナーである以上、ご自分の要望など優先してはいけませんことよ。まず第一に考えなくてはならないのは、殿下のことであり──」
うう……お説教が始まっちゃった……。
令嬢としての教養があまりないマリアは、こうして昔から嫌味ばかり言われてきた。マリアがフランシーヌを苦手な理由の一つでもある。
少しでも反抗すると倍になって返ってくるので、マリアはただ黙って聞いているのが1番被害がないことを学んでいた。
あーあ……早くケーキが食べたいのに…………ん?
身動きせずに話を聞いていたマリアは、こちらに近づいてくる人に目がいった。
フランシーヌの様子を見て避ける人が多い中、あえてこちらに向かってくる人物──ピンク色の髪をした、可愛らしいご令嬢の姿が。
「何してるんですかぁ〜?」
「……っ」
この方は……お兄様のパートナーの方!!
さっき一度チラッと見ただけだが、マリアはその顔をすっかり覚えてしまっていた。
グレイの腕に抱きついていた、あの姿は忘れられない。
そんなマリアの戸惑いには気づいていないフランシーヌは、振り向きざまに少し声を荒げた。
マリアとの会話を邪魔されて怒っているようだ。
「ご挨拶もなしに突然話に入ってくるなんて、失礼ですわよ」
「あら。ごめんなさい。フランシーヌ様だったのですね。私は本日マリア様の兄、グレイ様のパートナーを務めているベティーナと申します」
ベティーナと名乗った令嬢は、ドレスを持ち可憐にお辞儀をした。
氷のようなフランシーヌの威圧感など、まったく気にしていないかのような余裕さだ。
彼女を睨みつけながら、フランシーヌは低く冷静な声で問いかける。
「それで、なんの用ですの?」
「マリア様とエドワード殿下には早く結婚していただきたいというお話をしに参りましたの」
「……なんですって?」
ニコニコしているべティーナと、ギロリと目を光らせているフランシーヌ。
冷たい空気が2人の間を漂っている。
いまだ黙ったままのマリアは、すぐにこの場から逃げたいと怯えながら2人を交互に見つめていた。
大変お待たせしました。
待ってくださった方、本当に本当にありがとうございます。
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