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84 これがヤキモチか


「う……」


「マリア! 大丈夫か!?」



 薄暗い部屋で目が覚めたマリアは、ボーーッとする中エドワード王子とレオが自分を覗き込んでいるのが目に入った。

 どうやらベッドに横になっているらしい。



 

 あれ? 私……。




 マリアはゆっくり身体を起こそうとしたが、すぐに王子に止められてしまった。

 優しく肩を押さえられて、マリアの頭はまた柔らかな枕に戻る。



「まだ横になってろ。今、治癒の薬を運ばせてるから」


「……私に治癒の薬は使わないで。明日には治るから」



 マリアが弱々しい声でそう言うと、エドワード王子が顔をしかめた。納得していないのがよくわかる。



「何言ってるんだ。マリアは倒れて意識を失ってたんだぞ!?」


「ただの疲れだから大丈夫。疲れに慣れてないだけだから……」


「疲れたって、何に? 今日はドレスを試着していただけだし、疲れることなんてなかっただろ? なんでそんな嘘をつくんだ?」


「…………」



 本気で言っているらしい王子と、その王子と同じような表情をしているレオ。2人とも、まさかそのドレスの試着で疲れただなんて思ってもいないのだろう。


 けれど、嘘ではなく事実なのだ。

 ただの疲れに、貴重な治癒の薬を使わせるわけにはいかない。



「本当だから。明日には治るから大丈夫! だから、帰ろうレオ……」



 そう言ってマリアが起きあがろうとすると、クラッと目眩がした。

 倒れ込みそうになるのを、ベッド横の椅子に座っているエドワード王子が支えてくれる。



「ほら、全然大丈夫じゃないだろ。すぐに治癒の薬を飲め。王子命令だぞ」


「……だから、これはただの疲れなの」


「そんな真っ青な顔で何言ってるんだ? ずっとあの部屋にいたのに、倒れるほど疲れるわけないだろ」



 頭がクラクラする。

 ここまで疲れを溜めたことのなかったマリアは、初めての感覚に戸惑いつつ、何もわかっていない王子に苛立ちも感じていた。




 もう……本当にわかってないんだから。




 ムッと拗ねた顔で、マリアは至近距離にいるエドワード王子をジロッと上目遣いに睨む。



「ドレスの試着って、思ってる以上に疲れるんだよ?」


「え?」



 エドワード王子と、その後ろに立っているレオがキョトンと目を丸くする。

 部屋の隅に立っているメイド達が、男性陣に見えないよう小さくうんうん頷いているのがマリアには見えていた。



「今、ドレスの試着が疲れるって言ったか?」


「そうだよ」


「マリアは、ドレスの試着をしたから疲れたのか? だから倒れたのか?」


「え? ……う、うん。7着はちょっと……多かったかなって……」



 真剣な顔で何度も聞いてくるエドワード王子に、マリアは一瞬怯んだ。

 実際にそうだとしても、こう何度も『ドレスの試着をしたから倒れたのか』と言われると、なんとも情けないような気分になる。




 試着だけで疲れて倒れるって……本当はおかしいのかな? 

 私が疲れに慣れてないだけ?




 そんなことで倒れたのか!? と馬鹿にされるのではないかと、マリアは急に不安になった。

 こちらをジーーッと見ているであろう王子とレオの顔を見ることができずにうつむくと、王子が小さな声でボソッと呟く。



「じゃあ……マリアが倒れたのは、俺のせいなんだな」




 えっ?




 エドワード王子らしからぬ弱気な声に、マリアは驚いてバッと顔を上げた。

 王子はどこか放心したような、ショックを受けた顔をしている。いつもの強気な王子とは違う落ち込んだ様子に、マリアは慌ててフォローを入れた。



「あ、あのっ、エドワード様のせいじゃなくて、今日がたまたま月のない日だから治癒の力が使えなかっただけで……」


「俺が7着も試着をさせなければ、そこまで疲れることもなかったんだろう? そんな大変なことを、月のない日にさせてしまったのは俺だ」


「でもっ、明日には治るし……!」


「今日は苦しめることになってしまったな」


「…………!?」



 いつもはすぐに反発してくる王子が、やけに素直に反省して落ち込んでいる。

 少し責めたい気持ちもあったマリアだが、実際に目の前でここまで落ち込まれると胸が痛む。困った視線をレオに投げかけたが、レオも眉を下げて肩をすくめただけだった。




 なんだか……エドワード様、変……?




「レオ。今夜、マリアは王宮に泊まらせる。ヴィリアー伯爵にそう伝えてくれ」



 マリアが項垂れたままのエドワード王子を凝視していると、王子は生気のない声でレオに命令をした。

 ギョッとしたマリアとレオは、同時に「えっ」と驚きの声を上げる。



「と、泊まるって、いきなりそんな……」



 レオがやけに真っ青な顔をして慌てている。

 なぜそんなに焦っているのかマリアにはわからなかったが、マリア自身もわざわざ泊まるほどではないと思っているので、レオの意見に賛同した。



「私は大丈夫です。家に帰れます」


「ダメだ。もし何かあったらどうするんだ。……レオは早く伝えに行け。他のメイド達も、一度部屋を出ていってくれ」


「……はい」



 レオはまだ何か言いたそうだったが、王子のどこか切羽詰まった表情を見て仕方なさそうに頷いた。

 不安そうな顔をしたレオに続き、メイド達も部屋から出ていく。残されたマリアは、もう一度抗議しようと王子に向き直った。



「あの、エドワード様。私は本当に……」



 そこまで言いかけた時、突然王子に抱きしめられた。

 椅子に座っていたはずの王子は、いつの間にかベッドに移動していたらしい。

 マリアのすぐ隣に座り、その身体をグイッと少し強引に引き寄せた王子は、そのままマリアの肩に顔を埋めた。



「エドワード様?」



 小さい頃から知っているが、今まで王子に抱きしめられたことなんてなかった。

 それに、抱きしめられている……というより、まるで縋られているような感覚がして、マリアは戸惑った。




 エドワード様、どうしたんだろう?




 マリアは、何も言わないエドワード王子の背中をポンポンと軽く叩いてみる。母親が子どもを寝かしつけるような行為をされて、王子が気まずそうにボソッと呟く。



「……やめろ」


「だって、慰めてほしいのかなって思って」


「…………」


「どうしたの?」



 マリアがポンポンと叩く手を止めずに問いかけると、王子はマリアの肩から顔を離し、ジッとマリアの顔を見つめた。

 真剣な表情だが、マリアにはまるで王子が泣きそうになっているように見えた。



「……さっき、マリアが倒れた時……驚いた」


「えっ?」


「お前はいつも元気だったし、あんな……突然気を失ったから、お前に……何かあったのかと……」


「…………」



 エドワード王子はフイッとマリアから視線を外し、ボソボソと話し出す。その弱々しい声に、王子が本当に心配をしていたことがよく伝わってくる。




 私の心配をして、落ち込んでいたの?




「……ごめんね。ただ疲れただけだから、大丈夫だよ」


「……ああ」



 そう返事をするなり、王子はまたマリアを抱きしめた。

 まるで無事でいることを確かめているかのような抱擁に、マリアは大丈夫だよという意味も込めて背中を優しくさする。

 その時──。


 ガチャ!!


 部屋の扉が開かれ、見知った人物が立っているのがマリアの目に入る。



「……お兄様!?」


「マリア……」



 入口に立っていたのは、グレイだった。その後ろにはレオもいる。なぜ王宮にグレイがいるのか、とマリアの頭は真っ白だ。

 マリアの反応からグレイが来たことを察したエドワード王子は、マリアを抱きしめたまま顔だけ動かしてグレイを見た。



「なぜヴィリアー伯爵がここにいる?」


「仕事でたまたま来ていたんです。先程、こちらの使用人からマリアが倒れたことを聞きまして……エドワード殿下、そろそろマリアを離してくれますか?」


「えっ……あっ!」



 王子ではなく、マリアが先に反応した。

 突然のグレイの登場に驚き、抱きしめられている状態を忘れてしまっていたのだ。


 王子は一瞬抱きしめる力を強めたが、マリアが手で押し返そうとしたことに気づくと不満そうに離れた。そして、グレイに向かってキッパリと言い放つ。



「マリアは今夜ここに泊める」


「必要ありません。家に連れて帰ります」



 睨み合うエドワード王子とグレイの間に、バチバチッと火花が見えたような気がした。

 マリアとレオは2人の会話に入れず、ただハラハラと状況を見守ることしかできない。



「マリア」


「はいっ!?」



 グレイがジッとマリアに視線を送ったので、マリアは慌てて返事をした。

 こんな状況でも、グレイと目が合っただけでドキッと反応した素直な心臓に、マリアは自分で呆れてしまう。



「家に帰るか? ここに残るのか?」


「…………」


「マリア! 今夜は泊まっていけ!」



 グレイとマリアの会話に、エドワード王子が入ってくる。

 先ほどまでは元気のなかった王子だが、グレイが来たことによりいつもの調子を取り戻したらしい。普段の強気な王子の姿に、マリアは内心ホッとした。




 エドワード様、心配かけてごめんね。

 ……でも、私は……。




「家に帰りたい」


「!」



 正直に気持ちを言うと、王子はショックを受けた顔で黙り込んだ。自分のせいでマリアを疲れさせたことに対する罪悪感があるのか、これ以上の無理強いは諦めたらしい。


 王子が反発しないのを確認するなり、グレイはベッドサイドに近寄った。



「行くぞ」


「……えっ」



 ふわっと、グレイがマリアを持ち上げる。

 一気にグレイの顔が近くなり、マリアはボッと顔を赤くした。



「では、殿下。失礼いたします」


「…………」



 グレイの言葉に、エドワード王子は答えない。

 下を向いたままこちらを見ない王子の背中に、マリアは慌てて声をかけた。



「エドワード様……ごめんね」


「…………」



 王子はマリアの言葉にも答えず、グレイ達が部屋を出るまで振り返ることはなかった。

 どこか寂しそうな王子の後ろ姿に罪悪感を覚えつつも、マリアはグレイに抱き上げられていることに緊張していた。




 昔はよく抱っこしてもらってたけど……こんな抱えられ方は初めて……!




 幼い頃は、グレイの腕に座る形の縦抱っこが多かった。

 しかし、今は横向きに抱えられていて、すっぽり収まっている状態がやけに恥ずかしい。


 通路ですれ違う王宮の使用人達と目を合わせたくなかったので、マリアは顔をグレイのほうに向けていた。それがよりグレイとの距離の近さを感じさせる。



「……まさか、王宮の中でグレイに会うとは思ってなかったよ」



 グレイの少し後ろを歩くレオが、小さな声で話しかけている。

 


「俺だって、突然マリアが倒れたと聞かされて驚いた。お前達も王宮に来ていたんだな」


「ああ。エドワード殿下に頼まれて、グレイに伝達を送ろうとしてたところだったんだよ。その前に偶然会えてよかった」


「……伝達って、マリアを王宮に泊めるってやつか?」


「……えっと……」



 ピタッと足を止めて振り返ったグレイの表情を見て、レオが答えを濁す。

 どこかピリピリとした空気を感じ取ったマリアが、心配そうな顔でレオを見る。ダラダラと冷や汗をかいたレオの顔は、真っ青になっていた。



「レオ。お前は、マリアをここに泊めようとしたのか?」


「いや。俺だって最初は反対したんだけど、エドワード殿下が──」


「はぁ……」



 レオの言葉を遮って、グレイが大きなため息をつく。

 しかし、それは怒りや呆れのため息ではないことにマリアとレオはすぐに気づいた。まるで安心してホッとした時に出るような、そんな優しいため息だった。




 お兄様……?




 マリアが不思議そうにグレイを見つめると、グレイは落ち着いた表情でマリアを見つめ返した。



「マリアをここに泊らせることにならなくてよかった」


「……どうして?」


「どうして……? う、ん。なぜだろう…………マリアをあの王子の近くにいさせたくないから、かな」


「!?」



 マリアの質問に、グレイは眉根を寄せて真剣に考えていた。

 そして、その素直すぎる答えに、マリアとレオがギョッと驚いた反応をした。マリアの顔は赤くなり、レオはやけにニヤけたいのを我慢しているような顔をしている。



「お兄様、それって……」


「ん? なんだ?」



 嫉妬ですか? と言いかけて、マリアは止めた。

 自分から聞くのも躊躇われたし、肯定されても否定されてもたぶん普通ではいられないと思ったからだ。


 しかし、そんなマリアの気持ちを汲んでか知らずか、レオが嬉しそうな顔でグレイに話しかける。



「グレイ。それ……それだよ!」


「あ? 何が?」


「……なんか俺には冷たくない? まぁいいや。というか、それ! それが、ヤキモチの嫉妬だよ!」


「……は?」



 グレイはポカンとレオを見たあと、顔の赤いマリアに視線を戻した。

 マリアは気まずそうに口を閉じ、どこか期待のこもった目でグレイを見つめている。レオの発言を否定していないことから、マリアも同意見なのだとグレイは悟った。



「マリアを他の男の近くにいさせたくない……が、ヤキモチ?」


「た、ぶん。私も、お兄様が他のご令嬢と一緒にパーティーに行くのが嫌だから……」


「なるほどな」



 真面目な顔をしていたグレイが、そう呟くなりフッと柔らかく笑った。



「本を読んでもわからなかったが、やっとわかった。俺は昔からマリアとエドワード殿下を見るとイライラしたが、どうやらずっと殿下にヤキモチというものを抱いていたらしいな」


「なっ……!?」



 マリアの顔がさらに真っ赤になる。

 少し後ろにいるレオが、小さな声で「この無自覚色男が……!」と言って頭を押さえているのがマリアの目に入った。




 そ、それって、もしかしてお兄様も私のこと……?

 ……ううん。そんなわけない。もしそうだったら、こんなにキッパリと言えないよ。




 ここまで堂々と言えるのは、そのヤキモチに深い意味はないということだ……と、マリアは一瞬で冷静になった。

 しかし、ヤキモチを妬いてもらえたのは素直に嬉しく思える。




 あとは……私にドキドキしてくれれば、お兄様に恋愛の意味で好きになってもらえるってことだよね?




 マリアは、いつの間にかまた歩き出したグレイの顔をチラッと見上げる。自分を抱えているというのに、その表情には照れた様子は微塵もない。


 そんな男をどうやってドキドキさせればいいのか、そもそもドキドキさせることなんてできるのか……と、マリアは頭を悩ませるのだった。


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