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83 鈍い男と気づかない男


「マリア、今……俺のパートナーに嫉妬したって言ったか?」


「え……と、あの……」




 ど、どうしよう! 思わず本音を言っちゃった!




 グレイは眉根を寄せて、真剣な顔でマリアを見つめている。


 ここは正直に認めたほうがいいのか、うまく誤魔化したほうがいいのか、恋愛初心者のマリアにはわからない。

 頭の中がグルグル回っているような感覚がして、余計に考えるのが難しい。




 本当のことを言っていいの?

 ……でも、嘘をつくのもなんか嫌だな……。




「……うん。言った」



 正しい答えはわからないけど、グレイに嘘はつきたくない。

 そんな自分の気持ちを最優先に考え、マリアは素直に認めることにした。


 この答えを聞いて、グレイがどんな反応するのか不安もある。

 嫉妬されたことを喜ぶのか、鬱陶しいと思われるのか、特に何も思われないのか──。




 お兄様は鈍いけど、嫉妬したって言ったら少しは私の気持ちに気づいちゃうよね?




 ドキドキする胸を押さえ、マリアはグレイの反応を待った。

 グレイは相変わらず眉を寄せたままで、不可解そうな顔をしている。



「嫉妬って……なんでマリアがあの女に嫉妬するんだ?」


「なんでって……」


「会ったことがあるのか? あの女に、マリアより優れているものがあるのか?」


「…………ん?」



 グレイからのよくわからない質問に、今度はマリアが眉を寄せる。


 マリアがその令嬢に嫉妬したのは、ただグレイにエスコートされるのが羨ましいだけだ。その令嬢に会ったことがあるかないか、自分より優れているかどうかは関係ない。




 お兄様……もしかして、勘違いしてる?




 マリアはそう思いながらも、とりあえずグレイの質問に答えてみることにした。



「会ったことないし、私より優れたものがあるのかも知らないよ。そもそも、その方が誰なのかすら知らないし」


「じゃあなんで嫉妬なんかするんだ? 相手より自分が劣っていると感じた時に、嫉妬をするはずだ。知らない相手になぜ嫉妬を?」




 やっぱり勘違いしてる……。




 マリアは、先ほどレオが言った『あいつは底抜けの鈍感男だぞ』という言葉を思い出し、思わずため息を漏らす。

 速かった鼓動も落ち着き、今では緊張感よりもグレイに対する呆れのほうが出てきてしまっていた。



「……お兄様。私はそういう意味で嫉妬してるんじゃないよ」


「? じゃあ、どういう意味の嫉妬なんだ?」


「ヤキモチって意味の嫉妬だよ」


「ヤキモチ?」




 レオの言う通りだね。

 ここまでハッキリ言っても、お兄様は全然気づいてくれないよ。……もう!




「とにかく、泣いちゃったことに関してはもう大丈夫だから! ほら。私ご飯食べなきゃだから、もう部屋出よう!」


「あっ、おい……!」



 グイグイとグレイの背中を押して、マリアは部屋から出た。

 廊下にはレオとエミリーが立っていて、そんな状態で出てきた2人を見て驚いている。



「エミリー。私、お腹すいたから食堂に戻るわ」


「わ、わかりました! すぐに伝えてきます!」



 グレイの背中を押しながらそう声をかけると、エミリーは駆け足で食堂のほうへ急いだ。

 マリアも後に続こうと、グレイから離れて「では失礼します」とだけ声をかけて歩き出す。


 その場にはわけわからない様子のグレイとレオだけが残された。



「グレイ、何があったの?」

「レオ。ヤキモチとはなんだ?」

「は? ……本気で言ってるの?」



 マリアの後ろから、そんな会話が聞こえてくる。

 至極呆れたようなレオの声を聞いて、マリアは吹き出しそうになるのを我慢しながら食堂へ向かった。









 その一週間後。マリアはエドワード王子に呼ばれ、王宮に来ていた。



「丸1日空けてくるように……って、一体なんの用なんだろう?」


「さあ。パーティーの打ち合わせとか?」



 護衛騎士のレオと並び、王宮の中を進んでいく。

 案内されて向かっている先は、王子の部屋でもいつもお茶をする部屋でもないようだ。



「あっ! もしかして、マリアに贈るドレスの件とか? 届いてないよね?」


「うん。でも、それなら家に届くんじゃないの? 私が取りに来るものなの?」


「確かに……。令嬢に直接ドレスを取りに来させるなんて、さすがのグレイでもしないよなぁ」



 グレイ、という名を聞いて、マリアがピクッと反応する。

 そんなマリアを見て、レオが少し迷った様子でコソコソと話し出した。



「あーー、マリア。先週、グレイにヤキモチ妬いた……って言っただろ?」


「うん。意味を全くわかってくれなかったけどね。レオに聞いてたみたいだけど、ヤキモチの意味を教えてあげたの?」


「いや。教えてない」



 レオの答えを聞いて、マリアは安心したような残念なような、複雑な気持ちになった。

 自分の気持ちに気づいてほしいけど、気づいてほしくない。そんな曖昧な状態のため、マリアもグレイに聞かれても教えはしなかった。



「お兄様って、やっぱり鈍いよね」


「でも、グレイが今必死に勉強してるって知ってる?」


「……勉強?」



 思いも寄らないレオの言葉に、マリアは目を丸くした。




 勉強って、何を? 

 まさか『ヤキモチ』についての勉強じゃないよね?




「グレイのやつ、ガイルにも聞いたらしいんだ。それでガイルに恋愛小説を数冊渡されて──」


「恋愛小説!?」


「いつもなら放置させておくグレイが、今回は全部読んでる……みたい」


「ええっ!?」




 お兄様が、恋愛小説を読んでる!?




 10年前から、グレイはガイルに恋愛小説を渡されていた。そのことを知るレオは、グレイが実際に読んでいることに驚いたが、それすらも知らなかったマリアにとっては全てが衝撃であった。




 ガイルがお兄様に恋愛小説を? なんで?




「よっぽどヤキモチの意味が気になってるみたいだね」


「!」



 レオがニヤッと笑いかけてきたので、マリアは焦ってレオの腕をガシッと掴んだ。



「じゃあ、ヤキモチの意味を知られて、私の気持ちもバレちゃうかな?」


「それはどうだろう……。白目状態になりながら読んでるらしいから、実は何も理解できてないんじゃない?」



 白目状態で恋愛小説を読むグレイを想像して、マリアは焦った気持ちも忘れプッと吹き出した。

 内容は一切頭に入らず、ただただ機械のように本だけを読んでいるグレイの姿が嫌というほど鮮明に浮かんでくる。




 確かに、お兄様なら数ページで飽きちゃいそう……!




 クスクス笑うマリアを見て、レオもアハハッと笑い出す。


 ここ最近はグレイの部屋に行っていなかったマリアだが、帰ったらどんな本を読んでいるのか見てみたい……そう思っていると、案内してくれていた執事の足がピタリと止まった。



「こちらのお部屋でございます」



 そう言いながら、静かに扉を開ける。

 部屋の中が見えた瞬間、マリアとレオは「……っ」と息を呑んだ。



「これは……」



 広い部屋の中には、7着の色違い・デザイン違いのドレスが並び、各ドレスの横にはデザイナーらしき人物が立っている。

 みんな、マリアに向かって頭を下げていた。




 えーーと、これは一体どういう状況?




 まさか、このドレスは全部自分の着るドレスの候補なのだろうか……という考えが頭をよぎるが、マリアはそれを必死に否定した。


 通常、ドレスを作る際には1人のデザイナーに任せるものである。

 財力のある貴族となると、2つ3つのドレス候補を作りその中から選ぶということもあるそうだが、それでも確保できるデザイナーは3人までだろうと聞いたことがある。

 しかし──。




 7人……いるよね?




 まさかここにいる7人が自分のドレスをデザインしてくれたのだろうか……と考えると、マリアの背中にはツーー……と冷や汗が垂れた。

 隣に立っているレオも、顔が青くなっている気がする。



「レオ。これって、もしかして……」


「待たせたな、マリア!」


「!」



 その時、エドワード王子が部屋に入ってきた。

 若いデザイナーの女性達が、エドワード王子を見て頬を赤らめている。長身で見目麗しい第2王子は、この国の女性から絶大な人気があるのだ。



「どうだ? ドレスは全部見たか?」



 そんな女性達からの熱い視線には興味ないのか、王子はそちらには見向きもせずにマリアに近づいていく。



「あの、エドワード様。このドレスはもしかして、今度のパーティーの?」


「そうだ。マリアに合う色を考えたら、こんなにたくさん候補が挙がってしまってな」


「この中から私に選べってこと?」


「は? 選ぶのは俺に決まってるだろ?」



 は? と、全く同じ反応をしかけたマリアは、なんとかその言葉を止める。

 じゃあなぜ呼び出したのかと問いかけたい気持ちも、まだ胸にしまったままだ。



「今日呼び出したのは、実際にマリアに着てもらいたかったからだ」


「……え? 着るの? ……これ全部?」


「ああ。着た姿を見て、1番似合っているドレスを選びたいからな」


「…………」




 エドワード様ってば……ドレスを着るのがどれだけ大変なのか、知らないの? 

 3着の衣装合わせだって疲れるのに、7着だなんて……。




 しかも、今日は月のない日。

 マリアの治癒の力が使えない日だ。たとえ体調が悪くなったとしても、治すことができない。


 王宮内にある研究室にはマリアの治癒の力で作った薬があるが、それを自分には使わないようにと伝えている。

 生死に関わる場合は別として、次の日になれば治るマリアに、大事な薬を使う必要はないからだ。



「どうした? どれも気に入らないのか? なら、全部作り直して──」


「いいえっ! 着ます!」



 顔面蒼白になりかけたデザイナー達を見て、マリアはすぐに答えた。

 そして、これは気合いを入れてがんばらなくては……! と気持ちを切り替えたのだった。




 ──数時間後。




 つ……疲れた……!




 最後のドレスに身を包んだマリアは、疲弊しきっていた。


 コルセットまでしっかり着用した状態での試着。

 自分のドレスを選んでもらいたいデザイナー達からの、熱心なアピール。

 そして6人にはお断りしなきゃいけないという罪悪感。

 肉体的だけでなく、精神的にも疲労が溜まる。




 はぁ……。途中でエドワード様が気に入るドレスがあれば……と思ったけど、どれを着ても「これも似合うな」しか言わないし。まさか本当に全部着ることになるなんて……。




 昔から、マリアは疲弊するとすぐに自動で治癒の力が働くようになっていた。

 そのため、実はあまり疲れを溜めたことがないのである。慣れてない疲弊感に、マリアは自分の身体が数倍重くなったように感じていた。



「マリア様。大丈夫でしょうか?」



 ドレスを整えてくれているメイドが、心配そうに聞いてくる。

 疲れが顔に出てしまっていると気づいたマリアは、ハッとして背筋を伸ばした。



「大丈夫。もうこれで最後だし」


「はい……」



 心配そうなメイドに続き、椅子に座って待っているエドワード王子の前に出る。すでに足はフラフラの状態だ。



「んーー……やっぱりこの色も似合うな」


「…………」



 またまた同じセリフ。

 似合うか似合わないかだけで、デコルテ周りのデザインの違いとか、レースの種類とか、そういったものは見えていないようである。気にしているのは色だけだ。




 エドワード様もお兄様も、ドレスに興味なさすぎよね……。

 男の人だから仕方ないのかな。

 レオだってずっと楽しそうにこっち見てるし、きっと私がドレスを着ただけで疲れてるなんて思ってないんだろうな……。




 むなしいような少し寂しいような、どこか残念な気持ちを抱えたままドレスの試着は終わった。


 ドレスを脱ぎ、着てきた服に着替え、やっと終わった……と気を抜いた瞬間。マリアの身体からは力が抜けて、目の前が真っ暗になっていく感覚に襲われた。




 あれ……立ってられない……。




 これはダメだと思った時には、マリアは横に立っていたメイドに寄りかかるように倒れ込んでいた。近くにいたメイドが数人集まり、マリアの身体を支える。



「マリア様!?」



 その叫びを聞いて、すぐにエドワード王子とレオがやってきた。



「マリア!?」



 そう声を上げるより早いか、エドワード王子がマリアを持ち上げた。

 頭がクラクラする中で、王子の叫びがマリアの耳に入ってくる。



「どこか休める部屋を! それから治癒の薬を持ってこい!」



 バタバタと使用人達が動き回っている音や声が聞こえる。

 マリアの薄く開けられた目の視界に、真っ青になっているレオの姿が見えた。

 

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