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79 恋心の自覚


 ドッドッドッドッ


 心臓が早鐘を打っている。

 急にこの部屋の空気が薄くなってしまったのか、呼吸をしているはずなのに息苦しい。


 恥ずかしさと、よくわからない緊張感。

 ずっとこのままでいたいような、気持ちを落ち着かせるために離れたいような……そんな複雑な感情を抱えながら、マリアは真っ赤な顔でただただ今の状況に身を任せていた。




 どうしよう……。

 無理やりにでも、お兄様を起こしたほうがいいのかなぁ?




 マリアの背中はグレイの両腕にしっかり抱え込まれていて、身動きがとれない。

 それによりマリアの上半身はグレイに密着しすぎるほどに密着していて、右頬はグレイの胸元に押し潰されているような状態だ。


 グレイの顔は見えないが、聞こえてくる心地良さそうな寝息からぐっすり寝ているらしいことがわかる。




 お兄様の心臓の音が聞こえる……胸に耳をあてると、こんなによく聞こえるんだ。




 トクットクッと一定のリズムで聞こえてくる心音。

 自分の速すぎる心臓とは全然違う……そう思った時、マリアはあることを思い出しハッとした。



『恋愛の意味で好きな相手の場合、手が触れるだけでもドキドキするものなんだよ。心臓がいつもより速くなって、顔が赤くなって、頭が少しパニックになる……みたいな』



 勉強会で言っていた、レオの言葉。


 まさに今の自分がそんな状態だということに気づいたマリアは、さっきとはまた少し違うドキドキに襲われた。

 何か大事なことに気づけるような、難しい謎を解けそうな瞬間のあの高揚感に似た感覚──。




 あれ? 今の私って、お兄様にすごくドキドキしてたよね?

 これって、レオが言ってた恋愛のドキドキと同じドキドキ……?




 グレイに対して嫉妬の感情を抱いたと、数分前に自覚したばかりだった。

 あとはドキドキがあれば、グレイへの気持ちは恋愛感情だと言えるだろうと考えていた。

 今、まさにその『ドキドキ』を感じてしまっている。




 やっぱり、私は恋愛の意味でお兄様のこと……。




 そう頭の中で結論付けた途端、マリアは無性に恥ずかしくなった。


 しかし、何に対して恥ずかしいのかわからない。

 初恋の自覚に対して恥ずかしいのか、今のこの状態が恥ずかしいのか、今までのグレイへの態度や行為に対して恥ずかしいのか。




 うわあ……どうしよう!

 さっきよりも、もっとドキドキする……!




 自分の顔を見ることはできないが、マリアは自分の顔が真っ赤になっているであろうことを自覚していた。

 グレイの体温が高いのか、自分の体温が高くなっているのか、汗をかいてしまいそうなほどに熱い。


 頭がクラクラする感覚にマリアが戸惑っていると、頭の上から小さな声が聞こえた。



「……ん……」


「!」



 グレイの腕がモゾ……と動き、抱きしめられている力が弱くなった。拘束が緩み、少しだけ動けるようになる。

 ひとまず離れて心を落ち着かせようと、マリアが顔を上げた瞬間──至近距離で薄目を開けたグレイと目が合った。



「…………」


「…………」


「……マリア!?」



 ほんのわずかな一時停止した時間。

 バチッと目を見開いたグレイと、目が合った瞬間に心臓が止まったかと思ったマリアは、お互いしばらく思考が停止していたのだ。



「…………」



 グレイはすぐに反応したけれど、マリアはうまく声が出せないままだ。



「え……なんでマリアがここに……って、あ?」



 グレイは、自分の腕がマリアを拘束していることに気づいたらしい。


 めずらしく困惑した表情をしたグレイは、すぐにマリアの背中から手を離した。とはいえ、グレイはベッドに仰向けに寝ていてマリアはその上に乗っている状態だ。

 手を離したところで、マリアが自分に密着している状態がすぐに解消されるわけではない。



「……マリア?」



 両手を挙げている状態のグレイは、なぜか微動だにしないマリアに呼びかけた。

 マリアは黄金の瞳をまん丸くしながら、グレイを凝視したまま固まっている。



「マリア? どうしたんだ?」


「…………」



 マリアは答えない。

 最初こそ不思議に思っていたグレイだが、だんだんとマリアの反応よりも今の状態が気になってきたらしい。壊れ物にでも触れるように、優しくマリアの背中をトントンと軽く叩く。



「……とりあえず、その……おりてくれるか?」


「……え。……あっ! ごっ、ごめんっ」



 突然意識が戻ったかのように、マリアは素早い動きで起き上がりグレイから離れた。


 心臓がドクンドクンとうるさいくらいに大きく弾んでいて、少し手が震えている。まるで全速力で走った後のように、身体中が熱くなっていた。




 何これ? ドキドキしすぎて手が震える……!

 うまく喋れなくて、声もなんか変になっちゃったし……。




 少し裏返ったような声を出してしまい、恥ずかしさからグレイの顔が見れない。

 しかしグレイは特に笑う様子もなく、静かに身体を起こした。喉が渇いたのか、サイドテーブルに置いてあったグラスに手を伸ばしている。



「あっ、わ、私がやるよ」


「……ああ」



 グレイもどこか気まずそうな声だ。

 この薄暗い部屋が、真っ赤になっているであろう自分の顔を隠してくれていることにマリアは感謝した。


 グラスに水を注ぎ、グレイに差し出す。

 渡す瞬間にグレイの指に触れ、マリアは思わずグラスを落としそうになってしまった。




 あ、危ない……!

 お兄様がちゃんと持っててくれてよかった。




 ゴクゴクと水を一気に飲んだグレイは、空のグラスを握りしめたままマリアに問いかけた。

 顔は真っ直ぐ前を向いたままで、横にいるマリアの方を見ていない。



「……俺は、また頭痛で倒れていたのか?」


「うん……。あのっ、薬が無くなってることに気づかなくてごめんなさい」


「マリアが謝ることじゃない」


「でも……」


「それに、もう治ったから大丈夫だ」



 グレイは少し長い前髪をかき上げるようにして、自分の額に手を当てる。

 左の眉尻の上あたり。そこが痛かったところなのか、とマリアはその仕草に見惚れながらボーーッと考えていた。

 グレイの仕草1つ1つに胸がときめいてしまう。




 変だよ、レオ……。

 もうお兄様に触れていないのに、まだドキドキしてるの……。




 マリアは胸の前で手をギュッと握りしめ、心臓を押し付けるようにして強く胸に食い込ませる。そうでもしないと、心臓が飛び出してしまうのではないかと思ったからだ。

 そんなマリアの様子に気づいていないグレイは、マリアから視線を外したまま問いかけてきた。



「あーー……それで、なんで……あの状態になったんだ?」



 気まずそうなグレイの声に、マリアは()()()()を思い出す。

 グレイの上に乗り、密着していた先ほどまでの自分達──。



「あ……あれは、その、お兄様の治癒が終わったあとに、様子を見ようと近づいたら……その……」


「……俺がマリアを抱き寄せたのか?」



 抱き寄せた──という言葉に、マリアはボッと顔を赤くした。

 


「う、うん……」


「そうか…………はぁ」



 グレイは一瞬遠い目をしたあとに、疲れたようなため息をつく。まるで自分自身に幻滅しているかのような、どこか苛立ちすら感じるそのため息。

 そんな気怠げなグレイを見ても、マリアにはキラキラとしたオーラを纏った物語の中の王子様のように見えていた。




 お兄様……素敵……。




 ジッと見つめてくる視線に気づいたのか、グレイが横目でマリアを見る。

 その色気ある流し目。頭痛で苦しんだ際にかいた汗で、少し湿った黒髪。首と胸元の部分が乱れた薄いシャツ姿。


 そんなグレイと目が合っただけで、マリアは心臓を鷲掴みにされたような気がした。



「マリア……」


「あのっ! 私っ! しっ、失礼します!!」


「えっ?」




 もう……もう、耐えられない!!




 頭の中のパニックと胸の苦しみに限界がきたマリアは、気づけばそう叫んでから走り出していた。

 背後からグレイの戸惑った声が聞こえた気がしたが、もう足を止めることができない。これ以上、この場にいるのが耐えられなかった。


 


 ごめんなさい……!




 マリアはグレイを振り返ることなく、部屋を飛び出し屋敷の廊下を全速力で走った。


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