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78 マリアの周りの恋愛感情


 執事とレオが出て行った後、部屋に取り残されたマリアとエドワード王子。


 丸いテーブルを挟んで向かい合って座っていたが、2人が出ていくなり王子がガタンと勢いよく椅子から立ち上がった。

 そして、黙ったままの無表情でマリアに近づいてくる。



「あ……あの、エドワード様?」


「…………」



 王子はマリアの腕を掴んで立ち上がらせると、ズンズンと部屋の奥に置いてある長ソファに連れていく。

 足の長い王子に引っ張られて、マリアはかけ足状態だ。



「わっ!」



 そのまま少し乱暴にソファに投げ出されたマリアは、驚いて王子を振り返った。

 王子はマリアの隣にドスッと座る。身体が触れ合えるほどに近い距離だ。



「エドワード様。いきなり何……」



 さすがにマリアが怒ろうと口を開くと、目を細めた王子の顔がグイッと至近距離にまで近づいてくる。

 投げ出されたことで、マリアの身体はソファに軽く倒れ込んでいるような状態だ。


 王子はそんなマリアを囲うように、右手はソファの背面に、左手はマリアの腰の横あたりに置いている。

 王子が腕の力を緩めたなら、マリアの上に倒れ込んでくるだろう。



「……エ、エドワード様?」



 まるで覆い被さられているような体勢。

 無言のままずっと不機嫌そうな顔をしている王子。

 その場から身動きができなくなったマリアは、弱々しく王子を見上げることしかできない。




 どうしたんだろう? なんでこんなに怒ってるの……?

 



「……マリア。俺がこの前言った話の意味、まだわかってないだろ?」


「……結婚の話?」


「男として好きになれって話だよ。あれ、逆に言うと俺はマリアを女として好きって意味なんだけど、それちゃんとわかってる?」


「…………」



 この体勢と、怒っているような王子の態度に焦りを感じているマリアは、王子が何を言っているのかすぐには理解できなかった。

 でも『好き』という単語を聞いて、昨日のレオとの勉強会の内容を思い出す。




 もしかして、エドワード様が言ってる『男として好き』っていうのは、レオが言ってた『恋愛感情の好き』と一緒? 

 たくさんの好きという感情の中で、恋愛感情で好きになる相手は1人だけだと言ってた……。

 エドワード様が男として好きになれって言ってるのは、その1人になりたいっていうこと?




 急に黙り込んだマリアを見て、王子が少し身体を離す。

 何かわかったかのような顔をしているマリアに驚いているようだ。




 じゃあ、今エドワード様が言った「私を女として好き」っていうのは、私を恋愛感情で好きっていうこと?

 え? エドワード様って、そういう意味で私を好きなの??




 マリアは7歳まで特殊な環境の中で育ったせいで、一般常識や人の感情に疎い。

 しかし何かを教わったり学んだ場合の理解力は良く、勉強もすでに年齢相応にはついていけている。


 つまり、マリアが鈍く無知なのはただ()()()()()()であり、知ってしまえばきちんと察したり考えたりできるのだ。



「エドワード様は……恋愛の意味で私が好きなの?」


「! そ、そうだよ!」


「じゃあ……私をパートナーに誘ったのも、適当じゃなくて私とペアを組みたいって思ってくれたから?」


「そうだけど!? なんだよ、適当って! そんな風に思ってたのか!?」



 王子はショックを受けた様子で叫んだ。

 急に王子の心情を理解し始めたマリアに、驚きを隠せていない。自分の気持ちにやっと気づいてもらえたことに、王子は喜ばしいような恥ずかしいような複雑な表情をしている。




 そうだったんだ……それなのに私ったら「パートナーを変えてほしい」なんて言っちゃうなんて……。

 だからエドワード様はあんなに怒ってたのね。




 事情を知ったマリアは、理解力が早かった。

 しかし、自分に好意を向けられて恥ずかしいとか照れるといった感情は感じてはいなかった。


 そのため、今もマリアは普段と何も変わらない態度のままエドワード王子と会話を続けている。



「私、何もわかってなかったんだね。ごめんね」


「……なんで急にそこまでわかるようになったんだよ……」



 本当にお前はあのアホなマリアか? とでも言いたげなエドワード王子に、マリアはニコッと微笑みかけた。

 呆れ顔をしていた王子の頬が、カァッと赤くなる。



「今度からは色々と気をつけます! ……だから、もうどいてくれる? この姿勢でいるのちょっとツラくて……」


「は? …………!!」



 今自分がマリアを押し倒している状態だということに気づき、王子が慌てて身体を反らせて離れた。

 怒りまかせだったため、冷静になった王子は自分で自分の行動に驚いている。



「わっ……悪かった」


「ううん。ずっと右腕に体重をかけてたから、痺れちゃってるだけ」


「…………」



 不機嫌そうになることもなく笑って許してくれるマリアを見て、王子の顔に冷や汗が浮かぶ。



「おい。俺が言えることじゃないけど、こんなことされたらもっと抵抗しろよ」


「抵抗?」


「こんな風に押し倒されたら、腹や顔を殴るなりしてすぐに逃げなきゃダメだ。抵抗しないどころか、焦りもせず笑ってるなんて……マリアは危機感がなさすぎる!」


「危機感!?」



 エドワード王子はマリアから少し離れて座り直すと、どこか心配するような顔でまっすぐにマリアを見つめてきた。

 真剣な話が始まるのだろうと察したマリアは、倒れ込んだ状態になっていた姿勢を正し、エドワード王子を見つめ返す。



「もし……もしも、他の男に……例えばカブール国の王太子に同じことをされたら、すぐに腹を殴……いや。それだと後々問題になって面倒な要求をされるかもしれないから、えっと……叫ぶ? そうだ。叫ぶんだ。大きな声で悲鳴をあげろ。わかったな?」


「んーー……でも、なかなか他国の王子様とこんな体勢になることはないんじゃないかな?」


「あの王太子だとあり得るんだ……手が早いことで有名だからな」


「手が早いって、押し倒すってことなの? そんなことをしてどうするんだろう?」


「…………」



 マリアの純粋な質問に、王子は両手で顔を覆い疲れたように項垂れた。

 普段であればこういう時には怒ったように教えてくれる王子だが、なぜか今日は「今のこの状況で俺からは何も説明できない……」と顔を隠したまま弱々しく言っていた。


 その日はそれ以上何も教えてはもらえず、王子もどこか気まずそうにしていたためマリアは家に帰ることにした。








 王宮からの帰り道。

 マリアは王子とのやり取りを思い出しながら、『恋愛感情の好き』について考えていた。




 自分にとって1人しかいない、恋愛感情で好きな相手。

 まさか、エドワード様にとってのその相手が私だったなんて……。




 レオやエミリーの話によると、自分だけが好きな場合は『片想い』、お互いがそういう意味で好きな場合は『両想い』と言うらしい。


 レオが言っていたマリアの望む結婚をしてほしいというのは、この『両想い』の状態で結婚してほしいということのようだ。




 ここで私がエドワード様を恋愛感情で好きになったら、両想いってことになるのね。




 マリアの理解力は早い。

 教えた張本人であるレオもエミリーも、ここまでしっかりとマリアが理解できるようになるとは思っていなかっただろう。




 でも……私はきっと、まだエドワード様のことをそういう意味で好きじゃないよね? 

 レオの言ってた『嫉妬』も『ドキドキ』もないし……。

 その2つがあると、恋愛感情って言えるかもって話だったよね。

 それならむしろ……。




 マリアの頭の中に、グレイの顔が浮かぶ。


 今日王子を訪ねたのは、グレイと他の女性がパートナーになるのをやめさせたかったからだ。自分がグレイのパートナーになりたかったからだ。

 これを嫉妬というのではないかと、マリアは考えていた。




 私のたった1人の好きな人って……もしかしてお兄様なのかな……?




 グレイ以外には、この嫉妬という感情を持ったことはない。

 あとはグレイに対してドキドキすることがあれば、この気持ちを恋愛感情で好きだと言えるだろう。




 ドキドキか……。

 たまに、お兄様に見つめられると鼓動が速くなることがあるんだけど、それ?

 でも、手をつなぐだけでドキドキするってレオは言ってたよね?




 手をつなぐどころか、抱きついたこともあるマリア。

 グレイに抱きついている時は、ドキドキというよりも幸せな気持ちになることを思い出す。


 安心感に包まれる感覚で、ドキドキと鼓動が速くなるのとは真逆だ。




 うーーん。やっぱり、お兄様に対しても恋愛感情じゃないのかなぁ?

 好きな相手が誰もいない時もあるってレオが言ってたし、私には今好きな人はいないのかも。

 



「マリア」


「え?」


「すごく真剣に考え事してたみたいだけど、大丈夫? もう屋敷に着いたよ」


「あ……本当だ」



 気づけば馬車は止まっていて、前に座るレオが不思議そうな顔でマリアを見ていた。


 いつの間にそんなに時間が立っていたのかと思いながら立ち上がった時、走って馬車に近づいてくるエミリーが目に入った。

 顔面蒼白で、かなり焦った様子だ。



「マリア様!」


「エミリー、どうしたの?」



 馬車から降りるなり、マリアはエミリーに駆け寄った。

 


「大変なんです。グッ、グレイ様が……ひどい頭痛で倒れてしまって、マリア様の治癒薬が……もう在庫がなく、他のお薬は効かなくて……」


「ええっ!?」



 ゼェハァと息切れしながら、状況を説明してくれる。

 すぐにグレイ様のお部屋に……という言葉を聞く必要もなく、マリアは無意識に走り出していた。




 お兄様!




 レオや他の使用人達も数人マリアの後をついてきたが、グレイの部屋に入ったのはマリアだけだ。

 苦しんでいる姿を見られたくないというグレイの要望で、部屋にはマリア以外は入れないように言われていたからである。



「お兄様……大丈夫ですか?」



 ベッドにそろそろと近づくと、グレイは苦しそうに顔を歪めながら横になっていた。


 息遣いが少し荒く、寝てはいないはずだけど返事がない。

 意識が朦朧としているのではないかと心配になり、マリアはすぐにグレイに駆け寄った。



「……すぐに治すね」



 汗を滲ませている額に手を当てて、意識を集中させる。

 眩い黄金の光がグレイの頭を覆い、癒していく。眉間に寄っていたシワがだんだんと薄くなり、息遣いも落ち着いてきた。




 もう少し……!




 実は、グレイがひどい頭痛で倒れるのは初めてではない。

 赤ん坊のマリアがこの家に来た頃──ヴィリアー伯爵家が崩壊を始めた頃から、年に数回はおきていた。


 年々激しくなっていくこのグレイの頭痛は、普通の薬では簡単に治らない。マリアの治癒がない場合は、丸1日苦しむことになるのである。




 私がこの家を3ヶ月あけてる間に、聖女の薬がなくなっちゃったのね。

 王宮に行ったのだから、研究室からいくつか分けてもらえばよかった……!




 マリアがそう後悔したと同時に、治癒が終わる。

 今日が月のある日でよかったと思いながら、マリアはベッドサイドにあったタオルでグレイの額の汗を拭いた。



「お兄様……ごめんなさい……」


「……マリア?」


「!」



 グレイの目がうっすらと開いたので、マリアは膝立ちしていた身体を少し浮かせてグレイの顔を覗き込んだ。




 よかった! 意識が戻っ……。




 そうマリアが安心した瞬間、グレイの腕が伸びてきた。


 背中に回されたその腕に押されるように、マリアの身体はグレイの上に乗りかかる。もう片方の腕も背中に回り、ぎゅうっと強く抱きしめられた。




 ……え? あれ? 




 マリアの顔はグレイの胸元に押し潰されるようにくっついている。背中はガッチリと締めつけられていて、全く身動きがとれない。

 少しだけ汗ばんだグレイの熱い体温に、マリアの鼓動がすごい勢いで速くなっていく。




 な、何この状況?

 私、お兄様に抱きしめられてる!?




 今まで何度もグレイを抱きしめたことのあるマリアだが、よく考えたらいつも抱きしめるのはマリアからであり、グレイから一方的に抱きしめられるのは初めてであった。

 しかもこんなにも強く抱きあったことはなく、その密着度にだんだん頭がパニックになっていく。




 わあああどうしよう!!!

 どうしたらいいの!? 心臓がドキドキしすぎてて苦しいっ……!




 寝ぼけているのだろうか。グレイは激しい頭痛から解放されて、心地良さそうな寝息をたてている。

 マリアを抱きしめていることにも気づいていないようだ。




 ちょっ……ちょっと……えーーん。これ、どうしたらいいのーー!?




 半泣き状態のマリアは、グレイを起こすこともできず……ただうるさいくらいに跳ねている自分の鼓動を感じながら、グレイが起きるのを待った。



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