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75 無知すぎるマリアと振り回される男達


「エドワード様! なんで勝手に結婚するなんて言うの!?」



 エドワード王子を見送るために外に出たマリアは、プンプンと怒りながら文句を言った。

 その恐ろしさのかけらもないマリアの怒りに、王子は全く動揺することなく言い返してくる。



「それを言うために来たんだから言うだろ」


「『俺がそう思ってることを伝える』って言ってたのに! あれじゃ、結婚するのが決定されてるみたいじゃん! もしお兄様に承諾されてたらどうするの!」


「それならすぐ結婚するだけだ」


「もう!」



 勝手に話を進めようとする王子に、マリアは怒っていた。

 その理由は、王子と結婚するのが嫌だからではない。グレイに変な誤解をされたくないからではない。

 マリアが1番気にしているのは、グレイと一緒に暮らせなくなるかもしれないということであった。




 お兄様が結婚していいよって言ったら、このお家から出なきゃいけなくなっちゃう。

 私はまだお兄様の近くにいたいのに……!




 言い合いをしているマリアと王子を、少しだけ離れた場所からレオが見守っている。



「とにかく、もうお兄様に変なこと言わないでね」


「お兄様、お兄様……って、お前は本当に昔から兄のことばっかだな。まだ兄と結婚したいとか思ってるのか?」


「…………」


「当たりかよ。そんなに兄が好きなのか?」


「うん! お兄様、大好き」



 顔をパァッと輝かせて笑顔になったマリアを見て、エドワード王子の顔が引きつる。

 ムッとしつつどこか傷ついたように口を尖らせた王子は、マリアをジトーーッと睨みながら吐き捨てるように言った。



「ああ、そうかよ。マリアは昔から兄が大好きだからな! 俺のことなんか好きでもなんでもないしな!」


「えっ?」



 マリアの目がパチッと丸くなる。

 エドワード王子をジッと上目遣いに見つめたマリアは、ニコッと微笑みながら答えた。



「私はエドワード様のこと好きだよ?」


「はあ!?」



 王子の顔がボッと真っ赤になり、怒ったように叫ぶ。

 離れているものの会話は聞こえているのか、レオが真っ青な顔であわあわしている。その場からグレイの部屋を確認しているのか、2階の窓を見上げたり王子とマリアを見たり、顔をぐるぐると動かしていた。



「おっ、俺のことが好きって……だ、だってマリアは兄が大好きだってさっき……」



 エドワード王子もレオと同じくらい動揺している。

 先ほどグレイの前に立っていた堂々たる王子の姿はそこにはなく、今は口のうまく回っていない顔の真っ赤なただの美青年だ。



「お兄様はもちろん大好きだけど、だからって他の人を好きじゃない……なんて思ってないよ。エドワード様もレオもガイルさんも、みんな好きだよ」


「あ……そういう……」



 一瞬で我に返ったのか、王子は見るからにガッカリと肩を落とした。

 顔をぐるぐると動かしていたレオも落ち着いたらしく、大きなため息をついているのが目に入る。




 私がエドワード様に好かれてるとは思ってなかったのと同じで、エドワード様も私に好かれてるとは思ってなかったのね。

 なんでだろう?




 マリアがそんなことを考えていると、王子にガシッと両肩を掴まれた。気づけば王子との距離が近くなっている。



「じゃあ、そのまま俺のことを男として好きになるんだ! わかったな!」


「ん?」




 男として好き……って何?




「マリアの中で今は兄が1番なのはわかったが、さっきの言い方だと兄のことも男として好きなわけではないんだろう? だったら、俺のことを男として好きになれ!」


「お、男として好きって、何……?」


「恋愛の意味で好きってことだよ!」


「それって、普通の好きと何が違うの?」


「…………」



 マリアの純粋な質問に、エドワード王子の顔がピキッと固まる。

 無知なマリアを責めるように目を細めると、王子は普段より少し低い声でボソッと呟いた。



「……こういうことをしたい相手ってことだよ」


「え……」



 そう言ったエドワード王子の顔が近づいてくる。

 エメラルドの瞳がすぐ目の前にあり、鼻先が触れそうになる。王子がキスをしてこようとしているのを、マリアは感覚で察していた。

 レオの慌てた「エドワード殿下!」という叫びが聞こえた瞬間、マリアは両手で王子の口を覆った。



「むぐ……っ!」



 口を覆われた王子の声が漏れる。

 かなり近い距離だったので、手の反対側はマリアの唇に少し当たっている状態だ。手のひらに感じるエドワード王子の息がくすぐったい。

 キスを寸止めされた王子は、ピキッと顔をこわばらせゆっくりと顔を離した。王子の手はまだマリアの両肩に置かれている。



「……本当にするわけないだろ!! ちょっとドキッとさせたかっただけなのに、口を覆うか!? しかも両手で!!」



 完全なる八つ当たりであるが、マリアはそれを素直に受け入れた。



「あ、ごめん。つい」


「ついって、無意識に拒否されたみたいで余計に傷つくんだけど! 全然ドキドキもしてないみたいだし!」


「なんでドキドキ?」


「もういいから! ……って、ま、まぁこんなことをした俺も悪かったけど……ごめん」



 怒っていながらも、モゴモゴと自分も謝ってくる。

 自分の感情に素直なエドワード王子は、やはり可愛らしくて憎めない。



「でも、これでわかっただろ? ここで拒否しない相手が、男として好きってことなんだよ」


「キスできる人ってこと?」


「そ、そうだよ! 俺のことを、そういう目で見ろって言ってんの。わかるか?」


「んーー……わか……った?」


「……絶対にわかってないだろ」



 エドワード王子が呆れた目で見てきたが、マリアはニコッと笑って誤魔化すことにした。意外と効果があったようで、王子は小さくため息をついてマリアの肩から手を離した。



「まぁいいや。今日はもう帰る。なんかすっっごく疲れたからな」


「うん。じゃあ、また今度」


「王宮に来たら必ず俺のところにも来いよ。それから……もう兄と一緒に寝るのは禁止だ」



 突然の話題に、マリアはキョトンと王子を見つめた。

 王子は真剣な顔をしているので、冗談とかではなさそうである。

 グレイとマリアが一緒に寝たことを何故王子が知っているのかと、レオの顔が青ざめたことに2人は気づいていない。



「なんで?」


「危険だからだ」


「危険って何が?」


「……マリア。お前、今夜は俺と一緒に寝るか? 何がどう危険なのか、俺が一晩中じっくりと教えてやる」


「エエエエドワード殿下っ!!」



 ニヤリと怪しく笑ったエドワード王子に、レオが離れた場所から大声で叫んだ。

 マリアが意味がわからず「??」と戸惑っていると、王子はプッと吹き出して肩を震わせる。



「冗談じゃないが冗談にしてやる。マリアが教えてほしいっていうなら、俺はいつでもいいから王宮に泊まりに来い」


「?? ……わかった」


「とにかく、もう夜に兄の部屋に行くなよ!」



 エドワード王子はそう言うなり、馬車に乗り込み帰っていった。

 馬車が見えなくなってから、レオがマリアの隣にやってきた。やけにげっそりと疲れきった顔をしている。5歳は老けたように見えるくらいだ。



「レオ、大丈夫? 顔色悪いけど」


「大丈夫……。この場にグレイがいなくてよかったと、何度思ったことか……」


「?」



 ヨロヨロとしているレオには早く休んでもらいたいが、その前にマリアはレオに聞きたいことがあった。遠い目をしているレオに向かって、マリアは問いかけた。



「ねぇ、レオ。さっきエドワード様が言ってた、危険ってどういう意味だろう?」


「え!? えーーーーとぉ……」



 生気のなかったレオがカッと目覚めたかのように目を見開き、そしてその目を斜め上に向けた。どう説明しようか、そもそも説明していいものかと迷っている。

 こういう反応をされた場合、高確率で教えてもらえないことをマリアは学んでいた。




 ……やっぱり、なんでも教えてくれるのはエドワード様だけね。




「私、明日王宮に泊まりに行こうかな?」


「絶対にダメ!!!」



 レオに提案してみると、秒で却下されてしまった。

 ここまで強く大声でダメ! と言われたことがなかったマリアは、驚いて目を丸くする。



「どうして? エドワード様はいつでもいいって……」


「ダメダメダメ!! いい? マリア、そのこと絶対にグレイには言っちゃダメだよ!?」


「そのことって?」


「エドワード殿下の部屋に泊まりに行くって、冗談でも絶対にグレイの前で言っちゃダメ! わかった!?」


「……わかった」



 冗談で言ったつもりはなかったのに……と思いつつ、こんなに必死なレオはめずらしいので、マリアは素直に返事をした。

 レオは顔に冷や汗をかいていて、マリアの返事を聞いて心からホッとしているようだった。




 レオってば、何も教えてくれないのに『ダメ』ばっかり!




 マリアは少し拗ねて唇を尖らせたが、レオの疲れ切った姿を見るととても文句は言えなかった。

 2人は黙ったままグレイの執務室に向かって歩いていく。階段を1段1段上がるたび、今グレイはどんなことを考えているのか……とマリアは不安に襲われた。




 さっきは私を他の男に渡したくないって言ってくれたけど、エドワード様の突撃をきっと面倒だと思ったよね?

 こんなことが続いたら、私のことも面倒に思われて結婚していいって言われちゃうかも……。

 お兄様に謝らないと! まだ、私はお兄様と離れたくないよ……。




 執務室に戻ってすぐ、マリアはグレイに謝罪した。

 先ほどまでは機嫌の悪かったグレイが、なぜか今は少しご機嫌に見える。わざわざ席を立ち、マリアの頭を撫でてくれているグレイに、マリアは心底安心した。

 


 

 エドワード様が勝手に言い出したことなんだろ……って、ちゃんとわかってくれてた。お兄様が怒ってなくて良かった……!




 マリアがホッとしてニコニコしていると、グレイは機嫌良さそうな様子で言った。



「好きでもない相手と、無理に結婚する必要はない」



 そのセリフに、マリアは「ん?」と引っかかった。

 マリアが王子との結婚を拒否しているのは、グレイと離れたくないからだ。まだこれからもグレイと一緒に暮らしたいからだ。

 エドワード王子のことを好きじゃないからではない。


 深く考えることもなく、マリアはその素直な気持ちを口に出した。



「私、エドワード様のこと好きだよ?」


「…………え?」



 いつもクールで冷めきったグレイの瞳が、丸くなる。

 ポカンとしたグレイの表情をかわいく感じてしまったマリアは、頬を少し赤らめた。



「嫌いじゃ、ないのか?」


「嫌ってなんかないよ」


「なら、なぜ結婚を嫌がったんだ?」


「嫌っていうか、エドワード様と結婚したらお兄様と一緒に暮らせなくなるから……」



 そう正直に答えた途端、無性に恥ずかしくなりマリアはグレイから視線を外した。

 これではエドワード王子よりもグレイのほうが大事だと言っているようなものだ。グレイのほうが大好きだと伝えてしまったようなものだ。

 そう思っていたが、チラッとグレイの顔を見たマリアはギョッと驚愕した。




 お、お兄様……?




 グレイはとんでもなく険しい顔をして、ギリッと歯を食いしばっている。喜んでいる様子など皆無で、怒りと悔しさに震えているようだ。




 え? え? 怒ってる?




 不安になったマリアがチラッとレオに視線を向けると、レオは両手で頭を抱えていた。部屋の隅にいるガイルは、なぜか目を閉じて静かに立っていた。




 え? え?

 私がお兄様と一緒に暮らしたいってこと、言っちゃダメだったの?




 執務室に漂う異様な空気に、マリアは何も言えずグレイを静かに見つめた。



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