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74 エドワード王子からの爆弾発言


 窓の外から聞こえる賑やかな声で、エドワード王子が屋敷に到着したのだとわかったグレイは、小さなため息をついてガイルに問いかけた。



「……応接間に案内するのか?」


「いえ。エドワード殿下から、『話はすぐに終わるからそのままでいい』という伝達を承っております」


「何?」



 立ち上がろうとしたグレイは、眉を顰めながらもまた椅子に座り直した。

 突然やってきた王子。話はすぐに終わるという。一体なんだというのか……と、グレイは執務室の扉を見た。


 数分もしないうちにその扉は開かれ、マリア以上に成長したエドワード王子が部屋に入ってくる。

 直接会うのはいつぶりだろうか。

 今ではグレイの身長とほぼ変わらない王子の姿に、グレイは心の中で舌打ちをした。



「……エドワード殿下、本日は突然どうされたのです?」



 グレイが立ち上がってそう声をかけると、遅れてマリアが部屋に入ってきた。足の長いエドワード王子の歩幅に合わず、置いていかれたのだろう。

 マリアの横には、この中で誰よりも不安そうな顔をしたレオが立っている。



「マリアの兄であるヴィリアー伯爵に、どうしても早く告げなければいけないことがあってな」


「一体なんです?」


「俺はマリアと結婚する」


「!?」


 

 顔を赤らめることもなく堂々と言い放ったエドワード王子を見て、グレイは血の気が引いていくのを感じた。

 マリアとレオの顔が強張る。

 


「……マリアと結婚する?」


「そうだ」



 グレイの冷静な問いにエドワード王子が答えた瞬間、王子の後ろにいたマリアが焦った声を上げた。



「ちっ、違う! まだ承諾してないからっ」



 マリアの声を聞いて、グレイは再度王子に視線を向けた。

 ついさっきまでは全身から力が抜けてしまったような消失感に襲われていたが、マリアの否定する声を聞いてすぐに感覚が戻ってきた。


 少しだけ不機嫌さを含めた声で、グレイは王子に尋ねる。



「マリアは承諾してないそうですが、どういうことでしょうか?」


「俺はマリアと結婚する。絶対にだ。それを伝えに来た」



 グレイの問いに答えているようで答えていない。

 ただ自分の考えだけを告げているエドワード王子に苛立ちを感じつつ、グレイは以前とは違う王子の様子にも驚いていた。


 今までは、マリアの前では顔の赤くなっていたエドワード王子。「結婚」などの単語を言う際には、口がどもっていた照れ屋な王子。

 その王子が、今は堂々と男らしい態度で「マリアと結婚する」と話している。




 これは本当にあの生意気王子なのか……?




 グレイはそう問いかけたい気持ちを抑え、なんとか話を続けた。

 マリアの意思を無視して、勝手に話を進めようとしているこの馬鹿な王子を止めなくてはいけない。



「本人が望んでいない限り、承諾できません。それがたとえ王子だとしても……です。マリアは聖女ですから、無理矢理に婚姻させることはできないはずです」



 そう。普通であれば、王子からの求婚に伯爵家が断ることなどできない。見初められたなら最後、素直に嫁がせるしかないのだ。

 しかし、この国の宝である聖女マリアは大公家と同じ地位であった。王族と同等とまではいかないが、断る権利はある。

 そのため、国王も勝手にマリアを王子の婚約者として話を進めることができなかったのである。


 はっきり承諾できないと伝えたというのに、エドワード王子は怒った様子も困った様子もない。余裕そうな態度を崩さず、王子は逆にグレイに尋ねてきた。



「そうだな。だが逆を言えば、マリアが承諾したら結婚してもいいということだよな?」


「……はい?」



 ニヤリと笑うエドワード王子を、グレイは目を細めて見た。

 ピリッと張り詰めた空気に、レオが1人オロオロしているが誰も気づいていない。マリアは王子の言葉に目を丸くして、ガイルは静かに成り行きを見守っている。



「ヴィリアー伯爵が反対する理由は、マリアが望んでいないから……なんだよな? ということは、マリアが望めば反対はしない。……そうだろう?」


「…………」



 エドワード王子からの問いに、グレイは黙った。

 王子の言っていることは何も間違えていない。その通りのはずだ。しかし、グレイはすぐにそれを肯定することができなかった。




 マリアが王子との結婚を望めば、反対はしない……?




 今、グレイが反対してる理由は『マリアが望んでいないから』である。つまり、マリアが望めば反対する理由はなくなるはずなのだ。

 だが……もしマリアが望んだとしても、快くマリアを王子に引き渡せる気がしない。


 グレイはマリアをチラッと横目で見た。

 王子の質問にグレイがどう答えるのか不安なのだろう。眉を下げ、心配そうな顔をしている。


 グレイは王子に向き直り、正直に答えることにした。考えていてもよくわからないからだ。



「反対しない……という約束はできません。相手が誰であろうと、たとえマリアが望んでいようと、俺がマリアを他の男に渡すのは嫌なので」


「!」



 不安そうな顔から一転、マリアはカァッと顔を赤らめ、嬉しそうに瞳を輝かせた。

 レオはギョッとして目を見開いているし、無表情のガイルからはどこか満足そうな雰囲気が漂ってくる。


 エドワード王子は、苛立ったのか呆れたのか……口元をヒクヒクさせて嫌味っぽく言い返した。



「そういうことを無自覚に言うところ……マリアにそっくりだな。本当にこの兄妹は……!」


「?」



 グレイとマリアがキョトンとしている中、レオとガイルは小さくうんうんと頷いていた。




 そういうこと? 無自覚に言う?

 ……一体なんのことだ?




 グレイはエドワード王子の言っている意味がわからなかったが、その意味を問うのはなぜかプライドに障る気がしたのでやめておいた。

 エドワード王子が苛立っている様子なので、そのままでいいだろう。無意識のうちに王子に攻撃できていたらしいことに、グレイはひっそりと満足した。


 王子はせっかく堂々とした態度を続けていたのを崩され、いつも通りの不機嫌顔に戻っている。

 


「……まぁいい。今日はそれを伝えに来ただけだからな。邪魔した……行くぞ、マリア」


「えっ?」



 振り向きざまにマリアの手を掴むなり、スタスタと部屋から出て行こうとする王子。

 そんな王子を見て、グレイは瞬間的に声を出していた。



「エドワード殿下!」


「なんだ?」


「……なぜマリアを連れて行くのですか?」



 王子は部屋の入口でピタリと止まり、背中を向けたまま顔だけ動かしグレイを見た。王子に手を掴まれているマリアも、困った視線をグレイに向けている。

 レオは青い顔をして王子とグレイを交互に見ていた。



「帰るから見送らせるだけだ」


「そうですか。では、手は離していただけますか?」


「なぜだ?」


「なぜって……」



 グレイは王子に掴まれているマリアの白い手を見た。

 手首を掴まれていたはずなのに、王子はグレイを挑発するかのようにその手を移動させて指を絡ませている。


 『掴まれた』から『握られた』に変わった瞬間、グレイの胸にドスッと重い何かがのしかかってきたような感覚が走る。

 心の中が一瞬で真っ黒に塗りつぶされたようだ。


 


 その腕を切り落としてやろうか……。




 グレイの碧い瞳が影に覆われた時、マリアが慌てたように声を上げた。



「あっ、あの、私、エドワード様を見送ってきますっ! 行こう! ねっ! 早く!」


「わ、わかったから押すな!」



 マリアはエドワード王子の背中をグイグイ押し出すようにして、急いで部屋から出ていった。部屋から出ていく王子と一瞬目が合ったが、グレイはもう何も声をかけなかった。

 2人とレオがいなくなった途端、執務室にはいつもの静けさが戻り、しーーんとしている。



「はぁ……」


「グレイ様、今回はなかなかでございました」


「……は?」



 グレイがため息をつくと、ずっと黙っていたガイルが上から目線な言葉を投げかけてきた。思わずグレイの眉間に深いシワが寄る。

 褒めているようで小馬鹿にしているその言葉を流せるほど、今のグレイには心の余裕がない。



「……どういう意味だ?」


「グレイ様のお言葉に、マリア様はとても喜ばれておりました」


「……!」




 マリアが喜んでいた? ……何に?




 先ほどのエドワード王子の会話の中に、マリアが喜ぶような話があっただろうか……とグレイは記憶を少し巻き戻してみる。

 しかし、どの言葉がマリアを喜ばせたのかまるで検討がつかない。グレイはただエドワード王子に苛立ち、エドワード王子の言い分を否定していただけだった。



「俺はマリアと王子の結婚は反対する……ということしか言ってないが」


「それ! でございます」


「!?」



 それ! の瞬間、ガイルの目がカッと見開いたので、グレイは思わずビクッと身体を引いてしまった。すぐに普段の落ち着いたガイルに戻ったが、それがまた余計に恐ろしい。

 

 グレイはガイルから顔を逸らし、椅子に座った。

 気づけばエドワード王子がこの部屋に入ってきた時から、ずっと立ったままであった。

 トスッと背もたれに寄りかかり、先ほどのガイルとのやり取りを思い浮かべる。




 ……結婚を反対したことを、マリアは喜んだ?




 そうハッキリと。

 あのガイルが目を見開くほどハッキリと答えていた。

 きっと間違いないのだろう……と思える。




 でも、反対されてなぜ喜ぶ?

 マリアもあの生意気王子と結婚したくなかったということか? 

 反対されて、安心したということか?




 マリアがなぜ喜んだのかまではわからなかったが、グレイは自分の仮説にニヤリと口角を上げた。

 その後、ゆっくりと紅茶を飲み始めた頃になって、マリアとレオが戻ってきた。王子は無事馬車で帰っていったらしい。



「あの……お兄様。突然ごめんね」

 


 マリアはまだ眉が下がっていて、困った顔のままだ。

 それほど王子と結婚したくなかったのか、とグレイはさらに機嫌が良くなる。

 いつの間にか、胸を覆っていたドス黒い感情は消え去ったようだ。



「マリアが謝る必要はない。どうせ、エドワード殿下が勝手に言い出したことなんだろ?」


「そうだけど……」


「気にするな。マリアも、勝手に結婚するなんて言われて面倒だっただろう」


「あはは……」



 苦笑いするマリアの頭を無性に撫でたくなり、グレイは立ち上がってマリアの側に近寄った。見上げてくる愛らしいマリアの頭を優しく撫でると、マリアが少し頬を赤らめてはにかんでいる。




 ……可愛いな。




 やけにニヤニヤしながら見守っているレオを無視して、グレイはマリアとの会話を続けた。



「好きでもない相手と、無理に結婚する必要はない」

 


 マリアをさらに安心させたくて言った言葉であった。

 この言葉を聞いたマリアは、きっと良かった〜と言って笑顔になるだろう……そう思って言ったのだが──。



「え? 私、エドワード様のこと好きだよ?」


「…………え?」

 


 黄金の美しい瞳をキョトンとさせて、マリアは言った。

 グレイの思考が一瞬止まる。レオがギョッとして口元を手で覆ったのが視界の片隅に見えた。




 ……好き?

 マリアが、あの生意気王子を好き……だと?




「嫌いじゃ、ないのか?」


「嫌ってなんかないよ」


「なら、なぜ結婚を嫌がったんだ?」


「嫌っていうか、エドワード様と結婚したらお兄様と一緒に暮らせなくなるから……」



 マリアは少し恥ずかしそうに視線を外した。

 愛らしいその仕草も、今のグレイにはよく見えていない。




 俺と暮らせなくなるから、結婚を嫌がっただけ?

 あの王子が嫌だったわけではない……?




 グレイは大きなショックを受けていたが、自分がショックを受けていることに気づいていなかった。

 頭が真っ白になる。変な焦りを感じる。胸に黒く重い石が入ってしまったかのような、妙な苦しさにグレイは戸惑っていた。


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