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72 エドワード王子の自棄


 ドリンクを噴き出して口の周りからボタボタと水滴が垂れているというのに、拭く気配もなくエドワード王子は固まっていた。

 マリア側からは王子の長い前髪が邪魔で、どんな表情をしているのか見えない。しかし、漂ってくるオーラで怒っているのだけは感じていた。



「エ、エドワード様? 大丈夫……?」



 マリアが恐る恐る声をかけると、王子は少しだけ顔を動かしマリアに視線を向けた。

 真っ直ぐにマリアを見ているものの、心はどこかへ行ってしまっているような……据わった目をした王子は、静かなトーンでマリアに尋ねた。



「今、なんて言った?」


「え?」


「さっき。兄と一緒に……なんだって?」


「え、えと。お兄様が一緒に寝てくれなかったって……」


「同じベッドで、って言ったか?」


「う……うん……?」



 エドワード王子は昔から怒ると激昂するタイプで、こんなに静かな状態は初めてであった。




 ……怒ってるかもって思ったけど、気のせいだったのかな?




 そうマリアが考えていると、王子は冷静なテンションのまま質問を続けてきた。テーブルの上で指を組み、背筋を真っ直ぐに伸ばしている。

 普段の偉そうに座る王子とは全然違う礼儀正しい態度に、マリアはなぜか不安になった。



「マリアが兄の部屋に行ったのか? 兄がマリアの部屋に来たのか?」


「……私がお兄様の部屋に行きました」



 まるで尋問でもされているかのような雰囲気に、マリアはつい敬語で答えてしまった。王子と同じように背筋を伸ばし、手はテーブルの下でモジモジと動かしている。



「……それはなぜだ?」


「ちょっと不安なことがあったから、お兄様と一緒に寝たくて……」


「……昨日が初めてではないということか?」


「はい」



 ガンッ!!



「エドワード様っ!?」



 冷静に話していたはずのエドワード王子が、急にテーブルに頭……というより額を強く打ちつけた。王子の拳を作った両手はプルプルと震えている。

 マリアは慌てて立ち上がり、王子に手を伸ばした。



「大丈夫!? あっ! おでこが赤くなってる! 今治癒の力で……」



 顔を上げたエドワード王子は、おでこに触れようとしたマリアの手を掴んだ。

 体温の高い王子の、少し熱いくらいの大きな手が、マリアの小さく細い手をギュッと握りしめる。

 エメラルドの綺麗な瞳は、ジッと至近距離にいるマリアを真っ直ぐに見つめている。



「エドワード様? 治癒を……」


「マリア」


「何? 早く治癒を……」


「結婚しよう」


「…………ん?」



 思いも寄らない王子の言葉に、マリアは一瞬思考が停止する。

 今言われた言葉の意味が、すぐには理解できない。




 結婚? 結婚しようって言った? ……誰と誰が?




「だれ……」


「俺とマリアが、だ」



 マリアの心を読んだのか、すぐに王子が求めていた答えを言ってくる。しかし、マリアの混乱は増すばかりだ。

 エドワード王子は昔からあまり冗談は言わないし、今も真剣な顔をしている。ふざけて言っているわけではなさそうだ。




 なんでエドワード様が私と結婚を?

 それに、なんでこのタイミングで?




 エドワード王子は椅子に座ったまま、立ち上がっていたマリアを上目遣いに見ている。手が握られたままなので、少し距離をあけることもできない。


 いつもならすぐ顔が赤くなってしまう王子とは、こんなに長く見つめ合ったことがなかった。真剣すぎるエドワード王子の姿に、今日はマリアの方が戸惑ってしまう。

 至近距離で見つめ合ったまま、マリアは口を開いた。



「な……なんで? いきなりどうしたの?」


「いきなりじゃない。もう10年も前から言ってるだろ」


「婚約の話? それはその時に断って終わった話じゃ……」



 そこまで言うと、エドワード王子が軽くジロッと睨みつけてきた。口が拗ねたように尖っている。



「お前……俺がこの10年間婚約者を作らなかったのはなぜか、わかってないのか?」


「え……す、好きな相手ができなかった……から?」


「違う」



 ガタッ! と王子が立ち上がる。

 下に向けていた視線が、一気に見上げる形に変わった。手はまだ握られたままだ。

 


「好きな奴はずっといた」


「え……? じゃあ、なんで私と……」


「だから! ……その好きな相手がマリアなんだけど!」


「…………え?」



 シーーン……と静まり返る室内。

 お互い立ったまま手を繋ぎ、見つめ合う2人。

 そのうち、ずっと真顔だったエドワード王子の顔がみるみる赤くなっていった。



「あああーーっ! ……っ、なんでいきなりこんな事言わなきゃいけないんだ! くそ! あの偽兄のせいで!」



 王子はマリアの手を離し、頭を抱えてしゃがみ込んでしまった。耳まで真っ赤になっている。

 そんな照れている王子に向かって、マリアは真剣に問いかけた。



「え、あの。ちょっとわからないんだけど、エドワード様って私のことが好きだったの?」


「……そうだよ!!」



 怒っているのか自棄になっているのか、王子はしゃがんだまま床に向かって叫んだ。

 顔を絶対に上げようとしない。


 王子にいつも怒られていたマリアは、自分が好かれているとは思ったことがなかった。告白されても、照れるとか気まずいなどという気持ちはなく、ただただ驚いていた。




 え……いつから? 全然わからなかった……。




「でも、なんで急に結婚?」


「……お前が兄と一緒に寝てるなんて言うから」


「えっ? 私とお兄様が一緒に寝てると、なんで結婚しようって話になる……」



 マリアがそこまで言うと、グイッと下から手を引っ張られた。身体のバランスが崩れて、床にペタンと座り込んでしまう。



「わっ……! ちょっ、エドワード様。何……」



 突然手を引かれて驚いたマリアが文句を言おうと顔を上げると、さっきよりも近い距離にいた王子と目が合った。頬にはまだ赤みが残っていて、エメラルドの瞳は熱を帯びている。

 今まで見たことのない王子の顔に、マリアはドキッと心が揺れたのがわかった。



「好きな女が他の男と寝てると聞いて、黙ってられるか」


「好きな女……」


「そうだよ! 好きだから他の男に触れさせたくないし、そんな話を聞かされたら相手をぶっ殺したいくらいに腹立ってる」


「ぶっ殺……!?」



 時折出るエドワード王子の暴言に驚きつつも、その真剣な気持ちがいやというほど伝わってくる。言葉遣いは悪いが、ここまでの好意を見せられたなら嬉しくもなる。

 しかし、グレイを殺したい発言をされては嬉しく感じている場合ではない。



「本当にお兄様に何かしたりしないよね?」


「……マリアが俺と結婚するなら、何もしない」


「ええっ!?」



 マリアの困った顔を見て、王子は視線を外した。

 横を向いて悔しそうにため息をつき、ボソッと呟く。



「嘘だよ。そんな卑怯なことができるなら、とっくにやってる」


「…………」



 安心していいのか微妙だが、とりあえず今すぐグレイに何かするつもりではないということにホッとするマリア。


 エドワード王子は昔からこうだ。

 口は悪いし態度も悪いけど、実は結構優しかったりする。

 マリアはそんな王子のことが好きだったし、大切な友達だと思ってきた。




 ……なんだか、今目の前にいるエドワード様は別人みたい。




 態度も口の悪さも変わってないが、マリアへの好意を打ち明けた王子は、開き直ったかのようにその素直な想いをぶつけてくる。

 いつもと違う王子をジッと見つめていると、いつの間にか王子の手がマリアの腰に移動していた。




 ん!?




 マリアが気づいた時には、いきなり立ち上がったエドワード王子にお姫様抱っこされていた。



「えっ? なっ、何?」


「今からマリアの家に行くぞ。兄に、お前と婚約すると伝える」


「ええ!? 待って! まだ私、結婚するなんて言ってないよ!」


「じゃあ俺が結婚するつもりだってことを伝えに行く」


「なんで!?」


「マリアに手を出すなっていう宣戦布告だ」



 ニヤリと笑うエドワード王子に、マリアは言葉を失った。

 グレイにそんなことを言ってどうなるというのか、そもそも、手を出すとはどういう意味なのか、マリアには理解不能である。


 その後、王子が部屋の扉に向かって歩き出したところで、マリアは自分が抱き上げられていることを思い出した。



「そういえば、なんで私抱えられてるの? 下ろしてっ」


「嫌だ。このまま行く」




 このまま!? 王宮の中を!?




 王宮内にはたくさんの使用人や騎士がいる。その中をこの状態で進んでいくなんて、恥以外のなんでもない。

 マリアは顔を少し赤らめて、必死に抵抗した。



「やだっ。お願い、下ろしてっ」


「……じゃあ、『エドワード様かっこいい。エドワード様大好き』って言ったら下ろしてやる」


「ええっ? ……それ言ったら結婚の許可したことには……」


「ならないから安心しろ」



 それなら……と、マリアは素直に言うことにした。この状態で部屋から出られるよりも、数倍簡単なことだからだ。

 マリアは王子を上目遣いに見つめ、少し小さめの声を出す。



「エドワード様かっこいい。エドワード様……大好き」


「!」



 そう言った途端、王子の腕の力が抜けたように下がった。危うくお尻から落とされそうになったマリアだが、なんとか足を先につけて転倒を免れることができた。

 急にどうしたのかと王子を見ると、なぜか王子は両手で自分の顔を覆っている。



「……エドワード様?」


「……なんでもない」



 なんでもないと言っているわりには、出ている耳が真っ赤になっている。微かに手が震えているように見えるのは気のせいだろうか? とマリアは首を傾げた。


 なんとか落ち着いたらしいエドワード王子は、ゴホンと咳払いをするなり再度スタスタと扉に向かって歩き出す。

 マリアが小走りで追いついた時には、王子は扉を開けて廊下にいたレオに声をかけていた。



「レオ。ヴィリアー伯爵家へ行くぞ」


「えっ? 今からですか? 何をしに……」


「マリアと婚約する。それを伝えにいく」


「ええっ!? マリアと婚約!?」



 レオが目を見開いて、王子の後ろに立っているマリアを見た。本当に!? という顔をしたレオに向かって、マリアは無言で首をブンブンと横に振る。

 マリアの複雑そうな顔を見て、レオは色々と察したらしい。少し遠慮がちに王子に提案した。



「あの……本日は急でグレ……ヴィリアー伯爵も忙しいでしょうし、また後日改めてのほうがよろしいかと」


「一言伝えるだけだ。それくらいの時間なら取れるだろ」


「ですが……」



 レオがここまで食い下がるのは、勝手に婚約の話を進められているマリアのためでもあるが、もう一つ理由があった。

 恐ろしい事態を防ぐためである。


 エドワード王子が約束もなく突然やってきて、マリアと婚約すると宣言したなら……グレイの反応を考えるだけで、レオはゾゾゾッと鳥肌が立った。


 確実に魔王の降臨である。


 しかも、相手もまた剣の腕が立つ若き王子……鬼神だ。この2人がぶつかり合う姿など、想像するだけで恐ろしい。

 レオの顔は真っ青になっている。


 そんなレオの不安などお構いなしのエドワード王子は、すでに外に出ようと歩き出していた。マリアとレオは無言のまま目を合わせ、慌てて王子の後を追う。


 エドワード王子を止めるのは無理だと悟った2人は、グレイにどう説明しようかと頭を悩ませるのだった。


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