71 エドワード王子にそれを話したらいけません
マリアは両手を前に出し、目を瞑り集中していた。
頭の中で、幸せだったことを思い出す。
じわじわ……と、マリアの身体の周りで輝き出した黄金の光を、全て手の平に集めるイメージをする。
集まったその光を、大きな瓶の中に入れて蓋をする。
「ふぅ……出来た」
そうマリアが発すると、周りにいた研究員達がわっと歓声を上げた。
「ありがとうございます! マリア様!」
「大成功ですね!」
ここは王宮の地下にある聖女専門研究室。
聖女の力について研究しているチームであり、マリアが10年前からちょこちょこと通っている場所である。
昔は本当に幸せを感じた時にしか出せなかった放出可能な光も、今では幸せなことを想像するだけで出せるようになった。
身体からパァッと溢れ出す光を調整して出せるようになったのは、つい最近のことだ。
……たまに失敗して、研究員みんなで空中に散らばった光の粒を集めることになったりもするが。
3ヶ月ぶりだったけど、成功してよかった!
マリアはホッと一息つくと、笑顔で振り返り研究員達に話しかけた。
「これで、また数ヶ月は大丈夫かな?」
「はい! ありがとうございます!」
10年の間に、研究員達はこの光の粒を小さく分けて、15日間の保存を可能とすることに成功した。
これにより、王都から離れた地域にも薬としてこの聖女の光を届けることが可能となり、この研究室は1番大きく忙しい係になった。
「重病の場合は完治とまではいきませんが、それでも瀕死の状態からは回復できるそうです。『聖女様の奇跡の薬』として、出来上がってすぐに完売してしまいます」
「ここの研究費が少しでも増えるなら嬉しいわ」
「ですが……本当によろしいのですか? マリア様の取り分を、全て研究室の研究費に回してしまうなど……」
「いいの。私は光を出すことしかしてないし。もっと遠くの地域にも届けられるように、研究を進めてもらえたほうが嬉しいもの」
「マリア様……!」
白衣を着た男女の研究員達が、目を潤ませながらマリアを見つめた。
ここの研究員はみんな研究が大好きで、よく徹夜をしているせいか目の下にクマができている者ばかりである。
マリアは彼らにニコッと微笑んでみせてから、研究室を出た。
「マリア、お疲れ」
研究室の入口に立っていたレオが、重い研究室のドアを代わりに持って閉めてくれる。
研究室は地下で窓からの侵入の恐れがないため、護衛騎士であるレオはいつも入口に立って警護しているのだ。
「ご機嫌だけど、うまくいったの?」
「うん。失敗せずに光を全部瓶に入れられたわ」
「へぇ〜! すごいじゃないか」
そんな会話をしながら階段を上り終わると、煌びやかな王宮の通路の大きな柱に寄りかかり、腕を組んで立っている人物が2人の目に入った。
金色の前髪は半分だけ長く、少し目つきの悪いエメラルドの瞳が見え隠れしている。口はへの字に曲がっていて、不機嫌さを隠そうともしない。
長身でスタイルの良い、この国の第2王子……エドワード王子がマリアを睨みつけている。
「エドワード様!」
マリアはすぐにエドワード王子に駆け寄り、レオは後ろで軽く頭を下げた。
「久しぶりだね。元気だった?」
「…………」
「エドワード様?」
エドワード王子はブスッとした顔のまま、返事をしない。
王子のこんな表情には慣れているため、マリアは動揺することなくキョトンと王子を見つめた。
マリアにジッと見つめられたエドワード王子は、一瞬頬を赤くしたかと思うとすぐに文句を言ってきた。
「なんで、すぐに俺のところに来なかったんだ?」
「え?」
「3ヶ月ぶりだろ。なんで先に研究室に行ってんだよ」
どうやら、王宮に来て真っ先に研究室に向かったことが気に入らないらしい。
エドワード王子とは特に約束もしていなかったし、今日ここに来た1番の理由は研究室に行くことだったマリアにとって、この言いがかりには首を傾げるしかない。
「なんで……って、だって王宮に来た目的が研究室だから……だけど?」
「なっ……!?」
正直にそう答えると、王子はショックを受けたような顔をした。怒っているようで、どこか悲しんでいるようにも見える。
エドワード王子は1番に会いに来てほしかったのだろうか……と思ったマリアは、申し訳なさそうに王子を見上げた。
背の高い王子の顔を見るためには、どうしても上目遣いになってしまう。
「1番に会いに来なくて、ごめんね?」
「うっ……!」
王子の顔がボッと赤くなった。
マリアの後ろに立っているレオが、なぜか小さなため息をついている。
「ど、どうせ俺に会いに来るつもりなんかなかったんだろ? さっき、研究室に来るのが目的だったって言ってたしな」
頬を赤くしながら少し拗ねたように言うエドワード王子の言葉を、マリアはすぐに否定した。
「そんなことないよ! 私、エドワード様にお話があったし。今日、会えるかな? って思ってたよ!」
「本当か? 俺に……話が?」
「うん! ……あの、できれば2人だけで話したいの」
「!!」
レオに聞こえないようにこっそり言うと、エドワード王子は一瞬目を見開いた後にガシッとマリアの腕を掴んだ。
マリアが何事かと思っていると、王子がレオに向かって命令口調で言い放つ。
「マリアを俺の部屋に連れていく。話を聞かれたくないから、部屋の中には入ってくるな」
「えっ!?」
レオがギョッと驚くと同時に、エドワード王子はマリアを引っ張って歩き出した。
レオが慌てて小走りで2人の後を追ってくる。
「エドワード殿下! あの、会話が聞こえない距離にいますので、自分も部屋の中に入っても……」
「ダメだ!」
「で、では、お部屋ではなく中庭などでは……」
「俺の部屋のほうが近い!」
レオが焦りながらしてくる提案を、ことごとく却下していくエドワード王子。
なぜレオがこんなにも王子の部屋に行くのを避けようとしているのか、マリアにはわからなかった。
でも、レオの顔を見れば本気で困っているのはわかる。
「エドワード様。私は中庭でもいいよ」
「……マリアは黙ってろ」
エドワード王子は、マリアの提案も却下して歩き続ける。
こうなった王子が意見を曲げないことは、つき合いの長いマリアにはわかる。そのため、それ以上は言うのを諦めて大人しく歩き続けた。
場所なんてどこでもいいのに、なんでエドワード様もレオもそんなに拘ってるんだろう?
2人の後を追いかけてくるレオが、小声で「グレイにバレたら怒られる……」と呟いていたが、2人の耳には届かなかった。
所詮はこの国の王子と騎士。エドワード王子の言うことに、レオが逆らえるはずがないのである。
「いいか? 俺達が出てくるまで、誰もこの部屋に入れるなよ?」
「……かしこまりました」
エドワード王子は、自分の部屋に着くなりレオに向かって念押しした。レオの困り顔には気づいているはずだが、そこは触れないことにしたらしい。
王子はマリアの腕を掴んだまま、部屋の中に入り扉を閉めた。
幼い頃に何度か来たことのある、エドワード王子の部屋。
それでもここ数年、マリアはこの部屋に入ったことがなかった。会うのはいつも応接間のような部屋か、庭やパーティー会場だったからだ。
マリアが懐かしい空気を感じていると、少し照れた様子の王子が話しかけてきた。
さっきまでの堂々とした態度はどこかに消えたらしい。何故かソワソワしながら部屋の真ん中にある椅子を指差した。
「そこの……椅子に座れば?」
「あ、うん。でもその前に、飲み物用意するね」
「あ、ああ……」
エドワード王子の部屋には、いつも冷たいドリンクが大きめのボトルに用意されている。
カットしたフルーツやお花などが入った水なのだが、見た目も可愛らしくマリアも大好きであった。
そのドリンクをグラスに注ぎ、テーブルに置く。
先に座っていた王子は、その様子をソワソワしたまま黙って見ていた。
準備を終えたマリアが王子の前に座るなり、王子はすぐに話を切り出してくる。
「そ、それで、なんだよ。俺に話って」
「あーー……えっと、ちょっとエドワード様に聞きたいことがあって」
「聞きたいこと?」
「うん。あのね……」
王子は緊張した顔で、ドリンクを口に含んだ。
何かに期待してるかのように目を輝かせ、真剣にマリアの言葉を待っている。
「胸が大きくなったって話を、なんで男の人としたらいけないの?」
「ブフォッ!!!」
口に入っていたドリンクを、王子が盛大に噴き出す。
身体を少し斜めに向けていたおかげか、マリアのいない方向に噴き出していたのは幸いだろうか。
「エドワード様!? 大丈夫!?」
「……なっ、なっ、何を言ってるんだ、お前は!?」
「え?」
「む、むむ胸が大き……って、何を……」
レオと同様、エドワード王子も『胸』という単語を言うのになぜかどもっている。顔も、レオと同じように赤くなっていた。
男性に胸の話をすると、こんな反応をされるのが普通なのだろうか。グレイの冷静な反応と違いすぎていて、どちらが普通なのかがわからない。
「あのね、レオに『男の人と胸の話をしたらダメ』って言われたの。でも、理由を教えてくれないのよ。エドワード様なら、教えてくれると思って」
「……まず、最初に誰とそんな話をしたのかを教えろ」
赤くなって焦っていたエドワード王子が、急に怖い顔に変わった。空気がピンと張り詰め、妙な緊張感がマリアを襲う。
声も低く威圧のある雰囲気に、すんなりその相手の名前を出していいものかと迷うほどであった。
エドワード様、怒ってる?
「え、と。誰って……それを聞いてどうするの?」
「投獄する」
「えええっ!? な、なんで?」
「マリアにそんな低俗な話題を振った罪だ」
何それ!?
エドワード王子の顔色はどんどん暗くなっていき、黒いオーラが溢れ出ている。ピリピリとした空気が突き刺さるようで、マリアの顔色も青くなった。
冗談ではなく本気なのだということが、嫌でも伝わってくる。だからこそ、ここでグレイの名前を出すわけにはいかない。
「……いや、待てよ。そんな話題をするということは、そいつはマリアの胸をじっくりと見たということか? 投獄だけでは足りないな。即処刑するか。いや……でもすぐに殺すよりも、拷問して苦しめたほうが……」
「エエエエドワード様っ!!」
ブツブツと何やら恐ろしいことを言い始めたエドワード王子を、マリアが必死に止める。
この話題を出してしまったことを、マリアは後悔した。
まさか、こんなに怒るなんて……!
レオの言う通り、男の人に胸の話をしたらダメだったんだ!
「だっ誰とも話してないの! 私がレオにそんな話を振ったら、レオにダメだよって言われただけで……」
「……本当か?」
「本当!!」
マリアが半泣き状態でエドワード王子を見つめると、王子は「……う」と悔しそうな声を上げた。先ほどまでの、殺気漂う恐ろしい空気ではなくなったのがわかる。
まだどこか納得のいかない顔をしながら、王子はマリアをジロッと軽く睨みつけた。
「それならいい……が!! 今後は、男にそんな話題を振るなよ! たとえ相手がレオでも兄でもだ!」
「…………」
「わかったか?」
「……うん」
まさにその兄とした会話だとは言えず、マリアは素直に返事をするしかなかった。
はぁ……。こんなに怒ってるんじゃ、もうなんでダメなのかって聞けないよ。
でも、まぁ……今度男の人に話したらエドワード様にその人が捕まってしまうし、これからはしないようにしなきゃ。
「はーー……。マリアが俺に話したいことがあるって言ってたのは、そんな話だったわけ?」
ガッカリしたようにため息をつきながら、エドワード王子が不満をたれる。
怒って疲れたのか、足を組んでだらけるように椅子に座り、まだ少しだけドリンクが残っているグラスを手に取った。
王子に促され、マリアは他にも相談したいことがあったのを思い出す。
「あっ! もう一つ、聞きたいことあったんだ!」
「なんだよ。また変な話じゃないだろうな?」
「変なことじゃないよ。私の悩みっていうか……」
「悩み? マリアに悩みなんてあるのか?」
エドワード王子は失礼なことを言うなり、ドリンクを口に含んだ。
そんな嫌味に気づいていないマリアは、気にした様子もなく相談を始める。この質問ならば、王子は怒ることなく答えを教えてくれるだろう……と期待して。
「あのね、昨日お兄様が私と同じベッドで寝てくれなかったの」
「ブフォッ!!!」
エドワード王子は先ほどと同じように、口に含んだドリンクを盛大に噴き出した。
完全再現された王子の様子を見て、マリアの顔にはうっすらと冷や汗が浮かぶ。
……あれ? これも言ったらダメだった?