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68 護衛騎士レオの混乱


 この国で最北端にある領地へ浄化の旅に出て3ヶ月。

 やっと王都へ帰ってきたレオは、目の前で落ち込んでいる聖女マリアを見て、どう声をかけようか迷っていた。



「はぁ……」



 自分の部屋のソファに座り、白いクッションを抱きしめたまま溜息をついているマリア。

 月のない日ではないのに、黄金の瞳は輝きを失くしている。


 ここまで落ち込むのも無理はない。

 あれほど会いたがっていたグレイに、意味もわからずに拒否されてしまったのだから。




 結局あの後も抱きしめさせてあげなかったし、理由も言わないし、マリアにとってはショックだよな……。




 3ヶ月ぶりに一緒に食べる朝食も、ほぼ無言であった。

 グレイの口数が少ないのはいつものことだが、今日のマリアにはその態度すら冷たく感じてしまったのかもしれない。


 マリアの暗い表情に真っ先に気づいたメイドのエミリーは、朝食後だというのにマリアの好物であるデザートを求めて調理場に行ってしまった。

 今、部屋にはレオとマリアの2人だけである。



「どうした? エミリーがデザートを取りに行ってくれたのに、元気ないじゃないか」



 原因はわかっているが、レオはあえて気づいてないフリをした。

 グレイの態度がおかしいことを指摘してしまうと、どうか気のせいであってほしいと願ってるマリアの期待を壊すことになるからだ。


 マリアはクッションを抱きしめたまま、おずおずとレオを見上げた。


 宝石のような黄金の瞳。白い肌に小さな唇。毛先にいくにつれ波打つプラチナブロンドの長い髪。

 真っ直ぐに見つめられたなら、一瞬で胸を射抜かれてしまうほど神秘的で美しいその姿。




 うっ……!




 このマリアの上目遣いに、何人の騎士や出会った人達が心を奪われたことだろうか。

 聖女としての憧れや尊敬とは別に、純粋に恋心を抱いてしまう者が後を絶たない。


 そんな者達からマリアを遠ざけるのも、レオの仕事であった。


 通っていたセントオーストル学園の武術部を卒業し、騎士への道を着々と歩んできたレオ。

 そんなレオが聖女マリアの護衛騎士になるまで、そう時間はかからなかった。


 マリアに魅了されることなく、騎士としての役割を果たせる人材はレオしかいなかったのである。



『マリアと数秒目を合わせ、顔を赤くした者は失格だ!』



 そんなエドワード王子の無理矢理な審査に合格できたのが、レオだけだった──というのは、騎士の中では有名な話である。


 元々、マリアに救われて再度騎士への夢を与えられたレオにとっては、マリアの護衛騎士になることは願ってもないことであり、心から喜び誇りに思った。


 しかし……。



『いいか! マリアに変な(むし)が近寄らないよう、しっかりと守れよ!』

『隣国の王子がマリアを狙っていると報告が入った。なんとか遠ざけろ』

『自分がいない場所では、あまり着飾らせないようにしろ!』

『露出の多い服は絶対に着せるなよ』



 などなど、口うるさい自称婚約者(エドワード王子)シスコン兄(グレイ)からの余計な命令が多く、レオは常々『護衛騎士とは……?』と自分の職務内容について考えるのだった。


 レオを見上げているマリアは、小さな声で自信なさげに呟く。



「……お兄様は、私が帰ってきて嬉しくないのかな」


「そんなわけないだろ」



 条件反射のように、すかさずにそう返事をしていた。

 グレイに確認したわけではないが、それは違うと断言できる。



「でも、なんだかいつもと様子が違うし。抱きついたらすぐに離されちゃったし。もしかして私、お兄様に嫌われ……」



 マリアがそこまで言った時、レオは少しだけ力を込めてマリアの腕をグッと掴んだ。



「それは絶対にない。グレイがマリアを嫌いになることはないよ」


「……レオ」



 真っ直ぐにマリアを見つめるレオの瞳は、微かな揺らぎすらない。それが嘘のない心からの言葉だと、マリアにはしっかりと伝わったようだ。


 かといって、不安はそう簡単には消えないのだろう。

 まだ眉を下げたまま、マリアはポツリと呟く。



「じゃあ、なんでお兄様は私を拒否したんだろう……」


「それは……」



 レオはどこまで話していいのかわからず、口をつぐんだ。

 直接グレイから本心を聞いたわけではない。なにせ、本人ですらわかっていないのだから。


 ほぼ確定だと思うものの、それを自分の口から言うのはさすがに抵抗があるため、レオは何も言うことができない。




 言えるわけないんだよなぁ。

 マリアを女として意識したんじゃないか……なんて。




 レオはうーーん、と静かに唸った。

 

 ここ最近、急激に成長しているマリア。

 身長が伸び、手足が長くなった。幼かった顔つきも、今では立派なレディだ。

 身体も女性らしく成長していて、抱きつかれたならその胸の膨らみを嫌でも感じ取ってしまうだろう。


 そんな邪な男の考えを、どこまでマリアが理解できるのかもわからない。説明するのもできれば避けたい。

 どう答えたらいいのか、レオは真剣に考えた。



「えっと……は、恥ずかしかったんじゃないかな?」


「恥ずかしい?」



 レオの精一杯の返答に、マリアはキョトンと目を丸くした。



「ほら。いきなり抱きつかれて、照れちゃったんだよ。きっと」


「今さら? もう何年もしていることなのに?」


「昔と今は少し違うというか……」


「違うって何が? どう違うの?」


「それは……」



 マリアからの怒涛の質問に、レオはまたまた口をつぐんだ。どう説明したらいいのか、どこまで話していいのか、もうレオにはわからなかった。



「んーー。俺からは何も言えないから、直接グレイに聞くといいよ」



 迷った挙句、レオの出した答えはグレイに丸投げすることだった。




 俺からは何も言えないし、グレイに自分で説明させるしかない!

 グレイもわかってなさそうだったけど、とりあえず帰ってきて嬉しいくらいは言うだろ!




 嫌われたのかって心配してるマリアには、とりあえずその言葉で十分安心するはずだ。



「……答えてくれるかな?」


「グレイもわかってないかもしれないから、とりあえず自分のことが嫌いなのかって聞いてみればいいんじゃない? 絶対に違うって言ってくれるはずだからさ」



 そう励ますなり、レオはニコッと明るく笑った。

 昔から変わらないレオの笑顔を見て、マリアは気づけばつられて笑顔になっていた。



「そうだね。うん、もう1回お兄様に直接聞いてみる!」


「うん! 絶対大丈夫だから」


「ありがとう、レオ。今夜、お兄様の部屋で一緒に寝たいって思ってたから、その時に聞いてみるね!」


「…………うん?」



 レオは、笑顔のまま硬直した。

 今マリアが言ったことを、すぐに理解することができなかったのだ。




 グレイの部屋で……一緒に寝る?




 レオの戸惑いに気づいていないのか、マリアは笑顔で拳を作り、グッと気合いを入れている。



「え? 一緒に寝……って、え? グ、グレイの部屋で寝るの? え? い、一緒に?」


「うん。マリアが不安な日には、一緒に寝てもいいって言われてるから」



 マリアの瞳は一切の汚れもなくキラキラと光っていて、綺麗に澄んでいる。その件に対する照れや気まずさのカケラも感じない。


 レオの混乱は増すばかりだ。



「え、いや。でも、それって昔の話だよね? ね?」


「んーー、最後に寝たのは半年以上前かなぁ。……もっと前?」



 腕を組み、上を向いて考え込むようなポーズでマリアが答える。




 半年以上前ってことは、まだマリアが16歳の頃……。




 レオは、当時のマリアを思い浮かべた。

 成長期が始まる前のマリアは、まだ12歳くらいの子どものような見た目だった。


 内面の幼さと合わせても、美しくはあるが妹にしか思えない。そんな存在。


 怖いから一緒に寝て欲しいと頼まれても、特に何も思わず受け入れられるだろう。

 むしろ、不安なら一緒に寝ようとこちらから提案したくなるくらい、大事な存在だ。


 だが、今は……。


 レオは改めてマリアをチラリと見る。



「?」



 キョトンとした顔で、無防備に自分を見つめているマリア。


 成長したマリアはとても幼い子どもには見えず、もう立派な『女性』だ。中身だけはまだ幼いことが、余計に危険な香りを漂わせている。


 いくらマリアを本当の妹のように思っているレオでも、一緒に寝たなら多少は意識してしまいそうなほど危険だ。



「半年以上前ってことは、16歳だろ? 今だとその、あんまり良くないっていうか、さすがにダメだと思うんだけど……」


「どうして? 16歳はよくて、17歳はダメなの?」


「うーーんと、年齢っていうか見た目というか、精神的な問題っていうか、大人と子どもの境目っていうか……」


「???」



 マリアは訳がわからないといった顔で、首を傾げている。

 この説明でわかってもらえるとは、レオももちろん思ってはいない。



「お兄様は、17歳はダメなんて言ってなかったよ?」


「それは、その時とは状況が……って、あれ? そういえば、一緒に寝るって……まさか、同じベッドで寝るつもりなの?」


「? それはもちろん。お兄様の部屋にベッドは1つしかないもの」



 なぜそんな当たり前のことを聞いてくるのか、理解できない──マリアの考えていることが、顔に書いてある。

 理解できないのはこっちの方だ、と言わんばかりに、レオは大きな声を出した。



「それはダメだよっ!! 同じ部屋ってだけならまだしも、同じベッドは……」


「マリア様、お待たせいたしました」



 レオが声を荒げたと同時に、部屋にメイド達が戻ってくる。

 先頭にいるエミリーは、美味しそうなデザートの乗ったカートを押しながら声をかけてきた。



「わぁっ……! 美味しそう!」


「料理長が張りきって作ってましたよ」



 久々に見るヴィリアー伯爵家料理長のデザートに、マリアはレオの前からエミリーの横に素早く移動した。

 余程嬉しいのか、レオとの会話が途中だというのにデザートに夢中になっている。



「マ、マリアッ」


「ほら。レオも一緒に食べよう!」



 眩しいくらいの笑顔になっているマリア。そんなマリアを見て安心しているメイド達。

 そんな中、レオ1人だけが真っ青な顔になっていた。


 抱きつかれただけで、無意識にマリアを離してしまったグレイの姿がレオの脳裏に浮かぶ。


 突然、夜に寝巻き姿のマリアが部屋にやってきて、一緒に寝たいと言われたなら……グレイはなんて答えるのだろうか。


 また拒否してマリアを傷つけるのか。

 傷つけないために、受け入れるのか。


 傷つけずに部屋に入れないのが1番いいのだが、そんな器用なことがグレイにできるとは到底思えない。


 今夜この2人がどんなやり取りをするのか、レオは想像するだけで頭が痛くなってくるのだった。


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