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66 一緒に寝たい


 王宮から帰った夜。

 マリアはベッドの上に座り、枕を抱きしめていた。


 真っ暗な部屋。

 もう寝なくてはいけない時間なのに、全然眠くならない。

 光のカケラに群がる貴族達の光景が、マリアの頭から離れずにいた。



「はぁ……」



 何度目のため息だろうか。

 マリアはため息をつくたびに、枕を強く抱きしめた。




 こわい……。もうここはあの檻の中じゃないのに。

 もう怖い人は誰も来ないのに。




 我を忘れて興奮する貴族の姿を見て、マリアは自分が監禁されていた頃を思い出していた。


 当時は日常のことであったが、幸せな生活を知ってしまった今では恐ろしく感じてしまう。

 なぜあんなにも普通でいられたのか。


 1人暗い部屋にいるマリアは、恐怖から眠ることができずにいた。




 お兄様……。




 ついグレイに助けを求めてしまう。

 あの日、マリアを檻から解放してくれた日のように、この暗く恐ろしい記憶から救ってほしい……と。



「……まだ起きてるかも」



 そうボソッと呟くと、マリアは枕を抱きしめたまま、そっとベッドから下りて扉に向かった。


 マリアの部屋の前には、毎晩護衛騎士が1人立っている。

 その騎士に、グレイの部屋を訪ねていいのか聞いてみようと思い扉を開けると……。



「……ガイル?」


「はい。マリア様。どうかされましたか?」



 部屋の前に立っていたのは、騎士ではなくガイルだった。

 なぜ執事であるガイルがいるのかはわからないが、知った顔であったことにマリアはホッと安心した。



「あの、お兄様はもう寝てる?」


「まだ起きていらっしゃいますよ。会いに行かれますか?」


「いいの?」


「もちろんでございます」



 まるで、マリアが部屋から出てきてこう言い出すのをわかっていたかのようだ。

 だから今夜はガイルが立っていたのだろうか。


 マリアは不思議な感覚に襲われたが、純粋にグレイに会えることが嬉しかった。


 コンコンコン 


 すぐ隣にあるグレイの部屋の扉を、ガイルがノックする。

 すると、すぐにグレイの声が聞こえた。起きているというのは本当だったようだ。



「なんだ?」



 マリアの心臓がドキッと反応する。

 無意識に持ってきていた枕を、またギュッと抱きしめる。



「グレイ様。マリア様がいらしております」


「……は?」


「失礼いたします」



 まだグレイの了承を得ていないのに、ガイルは勝手に扉を開けた。

 先ほどの驚きの返事が、了承の合図だったのかとマリアは首を傾げた。




 ……いいのかな?




 堂々としているガイルに続き部屋に入ると、ベッドの上で座っているグレイが目に入った。

 分厚い本を持っているので、寝る前に読書をしていたのだろう。


 

「マリア? こんな時間にどうした?」



 グレイは本を閉じてサイドテーブルに置き、大きな枕に寄りかかっていた身体を少しだけ起こす。


 マリアの前に立っていたはずのガイルは、気づけば部屋からいなくなっていた。

 開けたままだった扉が閉まっているので、いつの間にか出てしまったらしい。


 扉を確認した後、マリアはおずおずとグレイを見た。

 


「あの、ごめんなさい。マリア……眠れなくて……」


「眠れない? 疲れてないのか?」


「……こわくて」



 ギュウウッと枕を抱きしめる力を強める。

 少し俯いた瞬間に、グレイはベッドから下りていたみたいだ。

 今はマリアの前に片膝をついて座っている。


 突然枕の先にグレイの顔が見えて、マリアはビクッと身体を震わせた。



「怖いって、何が怖いんだ?」


「……檻にいたころを思い出して、あの、その時は平気だったんだけど、人が……急に暴れたり、大きな声出したり……」



 自分が何に対して恐怖を感じているのか、言葉にするのが難しい。

 うまく説明できないもどかしさに、マリアの目には薄っすらと涙が浮かんできた。


 ふわっ



「!!」



 不意に、グレイに抱き上げられる。

 間近にあるグレイの碧い瞳は、真っ直ぐにマリアを見つめている。


 怒っている様子もないが、笑顔でもない。

 感情のわからないグレイの冷たい表情は、不思議とマリアには怖くなかった。



「どうしたら怖くなくなる?」


「……い、一緒に寝たい……」


「!」



 勇気を振り絞って伝えると、グレイの目が少し大きく見開く。

 マリアの返答が予想外だったらしい。



「だ、だめだよね……」


「……別にダメなんて言ってないだろ」


「……いいの?」


「ああ。しっかり枕も持ってきてるみたいだしな」



 そう言うなり、グレイはマリアを抱えたままベッドに向かう。

 優しくベッドに下ろしてもらい、マリアは自分の枕をグレイの枕の横に置いた。



「えへ」


「……そんなに嬉しいのか?」



 ふっと柔らかくグレイが笑う。

 普段ずっと真顔でいるグレイ。

 その彼の滅多に見せない優しい笑顔に、マリアは顔が熱くなるのを感じた。



「マリア、誰かと一緒に寝るのはじめて……」



 赤ん坊の頃は、もしかしたら母であるエマと一緒に寝たことがあるのかもしれない。

 しかし、マリアの記憶の中ではマリアはいつも1人だった。


 マリアの言葉を聞いて、グレイもまた真顔に戻る。

 


「怖くなったら、またここに来ていい」


「……ほんと?」


「ああ。俺が寝るまでは、部屋は明るいままだがな」


「マリア、明るいほうが好き」



 枕にポスッと頭をのせると、グレイが首まで毛布をかけてくれる。

 まだ寝ないのか、グレイは隣に座ると立て掛けた枕に寄りかかった。




 また本を読むのかな?




 そう思ったが、グレイはサイドテーブルに置いた本に手を伸ばすことなく、ただマリアを見つめているだけだ。


 ドキドキと、鼓動が速くなって落ち着かない。

 それなのに全く嫌じゃない。

 まだすぐには眠れそうにないマリアは、()()()()をグレイに話そうと口を開いた。



「あのね、今日イザベラ様に会ったの」


「……は?」



 一緒に寝たいと言った時以上に、グレイが驚いているのがわかる。

 頭がすぐに理解できていないのか、少し硬直した後にグレイが大きな声を出した。



「どこで!? 誰がマリアをそこに連れて行った!? 何かされたか!? 何か言われたか!?」



 こんなにも慌てているグレイを初めて見る。

 マリアは横になっていた身体を起こし、最初から全部グレイに説明した。


 うまく説明できた自信はないが、グレイはなんとか状況を把握してくれたらしい。



「……なるほどな。近いうちにまた王宮に呼ばれると思うが、その時に話してみよう」


「…………」



 イザベラをどうするつもりでいるのか、グレイに尋ねようとしてマリアは口をつぐんだ。

 なんとなく、聞かないほうがいい気がしたからだ。


 グレイはちょこんとベッドに座るマリアの頭をポンポンと優しく撫でる。



「気にするな。もう、今日は寝ろ」


「……うん」



 マリアはもう一度毛布を被り、横向きに寝転がる。

 まだ眠くはなかったが、グレイに見られているため目を瞑った。


 さっきまでは怖くて仕方がなかったのに、もう恐怖は感じない。

 大混乱の貴族達の姿を思い浮かべても、心が乱されることはなかった。




 お兄様といると、こわくない……。




 そのうち、パラ……と本のページをめくる音が聞こえてきた。

 グレイがまた本を読み始めたらしい。


 すぐ近くから聞こえてくる小さな紙の音、まだグレイが起きているという安心感。

 眠気がなかったはずなのに、だんだんとマリアの意識が遠のいていく。


 無意識にグレイの服の裾を握りしめていたマリアは、そのまま深い眠りに落ちていった。



ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

少年少女編はこれで終わりです✩︎⡱


明日から10年後編が始まります。

それに伴いまして、タイトルの後半部分を変更する予定でいますのでご注意ください。

(前半部分は『心を捨てた若き伯爵は、』の若きの部分を消すだけです。『心を捨てた伯爵は、』から始まります)


23歳になったグレイとレオ、17歳になったマリアとエドワード王子を、これからも応援よろしくお願いいたします!

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