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64 麗しい兄妹のダンスと不機嫌な男


 まるで王子様のように差し出されたグレイの手。

 マリアは、ゆっくりと自分の小さい手を重ねる。

 

 その瞬間。待っていたとばかりに音楽が鳴り始めた。

 ダンスタイムの始まりだ。


 ゾロゾロと、ダンスを踊る人々がグレイとマリアの周りに集まってくる。



(聖女様のお近くで踊りたいわ!)



 声には出していないが、皆の顔にはそう書いてある。

 チラチラをマリア達に視線を投げかけながら、自分達の居場所を静かに取り合っていた。


 もちろん、まだ踊るつもりのない令嬢達もいる。


 彼女達は見目麗しいグレイと聖女のダンスを見るために、遠巻きから扇子で顔を隠しつつ2人を見守っている。



「周りの目は気にするな。ダンスにだけ集中すればいい」



 緊張した様子のマリアにそう声をかけると、マリアはグレイを見上げてニコッと笑った。



「うん」


「アイツらはみんなただの銅像だと思えばいい」


「ふふっ。わかった」



 まだ背の低いマリアは、普通のダンスは踊れない。

 この国に昔からある、『幼い姫がお披露目の際に王と踊るダンス』を特別に教わっていた。


 このダンスを知っている人は少ないから、間違えても大丈夫。

 その言葉を支えに、マリアは必死にダンスを覚えた。



「マリア、上手く踊れているぞ」


「……えへ」



 グレイの言葉に、マリアは嬉しそうに微笑んだ。

 そんなマリアの笑顔を見て、グレイはある違和感に気づく。




 ……そういえば、どこかよそよそしかった変な笑顔がなくなったな。




 ここ最近、グレイに見せていた不自然な笑顔ではない。

 マリアが心から笑っているのが伝わってくる。



王宮(ここ)に来て何かいいことでもあったのか?」


「えっ……、うん」



 一瞬でマリアの顔がボッと赤くなる。


 どこか嬉しそうに、どこか恥ずかしそうな様子で視線を外しながら頷くマリアを見て、グレイの胸にモヤモヤとした黒い影が落ちた。


 イラッ


 王宮に来て何かいいことがあったとするならば、それはエドワード王子が関係しているのではないか、とグレイは疑っていた。


 まさか、マリアが『義理の兄妹だからお兄様と結婚できる!』という事実に舞い上がっているとは、グレイには想像もできなかったのである。




 あの生意気王子、マリアに何をしたんだ?




 グレイは、遠くに座っているエドワード王子をジロッと睨みつけた。






 そして、イライラしているのはグレイだけではない。


 エドワード王子も同じ……いや、グレイ以上にブスッとした不機嫌顔で、王子の椅子にどっしりと座っている。

 王子の不機嫌な理由に気づいている者達は、遠くからコソコソと噂話を始めていた。



「聖女様はエドワード殿下の婚約者ではなかったの? エドワード殿下とは踊らないのね」

「でも、エドワード殿下がとても悔しそうなお顔で聖女様達を見ていらっしゃるわ!」

「きっと殿下も聖女様と踊りたかったのですわ」



(なんてお可哀想なエドワード殿下……!)



 またしても勝手な同情を集めていることに、エドワード王子は気づいていない。

 眉をつり上げたエドワード王子は、近くに立つ執事マルケスに声をかけた。



「あの兄妹のダンスが終わったら、俺とマリアが踊るんだよな?」



 この質問には、さすがの執事もギョッとした。



「え? エドワード殿下、聖女様と踊る予定でいらしたのですか?」


「は? どういう意味だ?」


「いえ。その、ダンスの練習をされていなかったので、もう踊るつもりはないのかと思っておりました」



 執事の返答に、今度はエドワード王子が「?」という顔つきで執事を見る。



「俺はダンスを踊れるぞ? 普段から練習している。お前も知ってるだろう? 何を言っているんだ」


「いえ。その、エドワード殿下が日々練習されているダンスとは、違うのです。そちらは成人された時に向けてのダンスでして、今マリア様が踊っているダンスとは違うのです」


「はぁっ!?」



 驚愕の表情をしているエドワード王子を見て、隣に座っている第1王子が吹き出しそうになっていた。

 少しアホな弟がかわいいのか、第1王子は緩む口元を我慢しながら生温かい目で弟を見ている。



「なんでそれを教えてくれなかったんだ!?」



 ガタン! と勢いよく立ち上がったエドワード王子に驚き、近くにいた貴族達から一気に視線が集まる。


 王子はそれに気づくと、慌てて腰を下ろした。

 マリアと踊るという、今日1番楽しみにしていた予定が崩れ、王子の頭の中は真っ白だ。



「まぁまぁ。聖女様とは、まだこれからも踊れるチャンスはあるさ。諦めずに、がんばれ!」



 弟を優しく、そしてどこか楽しそうに慰める第1王子。

 執事は第1王子に放心状態のエドワード王子を任せることにし、一歩後ろに下がった。







 ダンスを終えた聖女マリアとグレイに、会場中から大きな拍手が送られる。


 マリアは少し照れた様子で、周りをチラリと見た。

 皆優しい笑顔でマリアとグレイを見つめ、手を叩いている。


 

「ミスしなかったな」


「うん。よかった……!」



 グレイからの言葉にマリアが笑顔になった時。

 2人の周りで踊っていた令嬢達が、男性パートナーに左手を握られているのが目に入った。




 なんだ?




 そうグレイが思った瞬間、男性陣が皆その左手にキスをしている。

 男性が女性の左手にキスをする──ミアのキスだ。


 ミアのキスは『あなたは私のもの』という意味である。

 簡単にはしない、この国特有のものだ。


 たまたま2人の周りで踊っていたペアが、全員相思相愛の婚約者同士だったのだろうか。


 しかし、よくよく周りを確認してみると、ダンスを終わった後にみんな男性からキスをしているようだった。

 右手にキスをしているペアは、特に深い関係ではないのだろう。




 この国には、ダンスの後にキスをする決まりでもあるのか?

 くだらないな。




 興味のないグレイは、そんなことを考えながら目の前にいるマリアに視線を戻した。

 そして、ギョッと目を見開く。


 キラキラと、眩しいくらいに輝いているマリアの黄金の瞳が、真っ直ぐにグレイを見上げていた。


 マリアだけではない。

 周りにいる令嬢達からも、期待のこもった熱い視線が向けられていることにグレイは気づいた。




 な、なんだ? この目は。

 まるで、俺にもやってほしいと思っているかのような……まさか……。




 その時、取り囲んでいる令嬢達の後ろから、レオがぴょこぴょこと飛び跳ねているのが目に入った。

 一生懸命跳ねながら、自分の手を何度もキスしている。




 何をやってるんだ、アイツは。




 グレイは冷めた氷のような視線をレオに向ける。

 



 ……いや。アイツが言いたいことはわかってる。

 俺にもやれって言ってるんだろう。




 レオの言う通りにするなんてごめんだ。

 貴族達の期待に応える義理もない。




 だが……マリアが望むのなら、やってやってもいい。




 グレイはもう一度膝をつき、マリアの小さな右手を握った。

 マリアがビクッと反応して、頬が赤くなる。

 黄金の瞳が、さらにキラキラと輝きを増す。




 ミアのキスはできないが、右手なら。




 グレイはそのままマリアの手にそっとキスをした。


 周りから「きゃーーっ」という小さな歓声が聞こえてくるが、グレイにとってはどうでもいいことだ。

 ゆっくり唇を離し、マリアの反応を確かめる。



「!?」



 顔を上げたグレイは、マリアを見て目を丸くした。

 

 マリアの全身が、黄金の光に包まれている。

 初めての光景に驚いたのも束の間、その光はパアッと周りに飛び散った。


 会場中に、黄金の光が降り注ぐ。



「まぁ……綺麗」

「なんて神秘的な光景なのでしょう」



 なんとも美しい光景に、誰もが恍惚の声を上げている。

 子どもは嬉しそうに、宙に両手を伸ばしていた。



「これは……」


「あっ、光の粒……また出ちゃった」


「光の粒?」


「あの、これにも聖女の力がちょっと入ってるって、執事さんが……」



 マリアがボソッと言った声が、周りに聞こえたらしい。

 『聖女の力が入った光の粒』を求め、会場内が一気に大混乱となった。



「きゃーーっ! 聖女様のお力ですって!」

「欲しいですわっ!!」

「これは私のだ! 触るな!」

「僕も欲しいーー!!」



 令嬢もマダムも閣下も子どもも……皆が貴族らしさを忘れ、光の粒を手に入れようと争っている。


 触れればすぐに消えてしまう光の粒。

 しかし、その一瞬で身体の不調が治ったと気づいた者は、もっと……! と求めてしまうのだった。


 所々で人がぶつかり合い、倒れている。

 若い男性の中には手が出てしまっている者もいる。


 とても高位貴族の集まりとは思えぬ大混乱の中、グレイはマリアに手を伸ばした。



「マリア、こっちに来い!」



 グレイはマリアを抱き上げると、レオと一緒に急いで会場から抜け出した。

 

ここまで読んでくださり本当にありがとうございます。

ブクマや評価を入れてくださった方々にも、感謝の気持ちでいっぱいです。


少年少女編は、あと2話で終わりです。

その後は『10年後編』が始まります。


GWは、日曜だけでなく3〜5日の3日間も連続で更新する予定です。

5日から『10年後編』スタート予定✩︎⡱


これからもよろしくお願いいたします。


菜々

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