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60 イザベラとの再会


「なんだ、ここ? ……あれは誰だ?」


「…………」



 エドワード王子が顔をしかめながら呟いた。

 マリアはその問いに答えずに、そろそろと檻に近づいていく。


 

「おっ、おい! 近づいたらダメだ!」



 ガシッと腕を掴まれて、マリアの足が止まる。

 しかし、目はずっと檻の中のイザベラを見つめたままだった。


 エドワード王子はチラッと一瞬だけ檻に視線を向けた後、その顔を背けて扉を振り返る。

 異様な空気を感じているのか、どこか緊張してるのが伝わってくる。



「ここは違う場所だったみたいだ。戻るぞ」


「待って」



 腕を引かれたが、マリアはその場から動かないように足にグッと力を入れた。

 エドワード王子は揺らがずに檻を見つめるマリアに気づいたらしい。


 再度檻にいる人物に視線を向けた後、静かに問いかけてきた。



「……知っているのか?」


「うん」



 マリアは王子の腕をそっと自分から離すと、また檻に近づいていく。

 逃げたいよりも近づきたいと思ったのは、イザベラの違和感に気づいたからである。


 イザベラは起きている。目を開けて、マリア達を見ている。


 それにも関わらず、驚いた様子も慌てた様子もない。

 罵ってもこないし、なんの反応もない。

 ただただジーーッとこちらを見ているだけなのだ。



「……?」



 様子のおかしいイザベラが気になり、マリアは檻の格子に触れる距離にまで近づいた。

 エドワード王子が「気をつけろよ!」と言ってマリアの背中を支えている。



「イザベラ……様?」



 マリアは初めてイザベラを呼んだ。

 名前を呼ばれたイザベラは、ニコッと見たこともない笑みを浮かべると、横になっていた身体を起こした。



「まぁ。なんて可愛いお姫様なのかしら」


「…………」


「それに、可愛らしい王子様まで。まるで絵本の世界みたいですわねぇ」



 ふふふっと笑いながら、優しい口調で穏やかに話すイザベラ。

 可愛らしい王子と言われたエドワード王子は、複雑そうに顔を歪めた。


 その様子を見て、「あらあら。どうしたの?」と優雅に問いかけている。

 こんなイザベラの姿を、マリアは見たことがなかった。




 ……本当にあの人なの?

 なんだか、全然違う人みたい……。




 綺麗な顔の中心に、横についた長い切り傷。

 あの夜にマリアが治せなかった傷跡がなければ、別人だと思っていたかもしれない。


 しかし、目の前にいるのは確実にあのイザベラだ。



「一体誰なんだ? それに、なんでこんな女が(ここ)にいる?」



 エドワード王子がマリアに尋ねる。

 おっとりした静かな婦人が、檻に入っているのが不思議なのだろう。


 しかし、マリアはなんて答えていいのかわからず黙ってしまった。



「…………」


「まぁ、いい。行くぞ」



 今度こそ力強く腕を引っ張られ、マリアはイザベラから視線を外さないまま外に出されてしまった。

 バタンと扉が閉まるその時まで、イザベラがマリアを睨んだりすることはなかった。



「もうお帰りですか?」



 扉の前に立っていた騎士が、2人に声をかけてくる。

 エドワード王子はジロッと騎士を睨みつけるなり、今出てきた扉をビシッと指差した。



「ここはなんだ!? 研究室じゃないのか!?」


「は……いえ。ここは地下牢でございます。捕らえた貴族が収監されておりますが……え!? そっそれをご存知でいらっしゃったのでは!?」


「地下牢!?」



 自分のやってしまった行動を思い返し、騎士は冷や汗をダラダラとかいている。

 細かい確認をせずに、王子と聖女を罪人に会わせてしまった若い騎士は顔面蒼白だ。


 王子は王子で、自分の勘違いでここに来てしまったことを恥ずかしく感じていた。


 2人が気まずい思いをしている間、マリアはずっとイザベラの顔が頭から離れずにいた。

 マリアを見ても、睨むことなく優しく微笑んだあの婦人の顔が──。



「エドワード殿下! マリア様!」


「……マルケス!」



 騎士と同じくらい顔面蒼白な執事が、物凄い勢いで階段を下りてくる。



「な、なぜこちらへ!? 研究室にいらっしゃらなかったので探してみれば!」


「遅いぞマルケス!」



 自分のミスを誤魔化すように執事を責めるエドワード王子を、マルケスは理不尽だ、とでも言いたげな顔で見ている。

 しかしすぐに騎士と目を合わせ、事態を把握したようだった。



「……こちらに入られたのですね?」


「ああ。マリアの知り合いらしいが、一体誰なんだ?」


「エドワード殿下。申し訳ございませんが、そのお答えは少しお待ちいただいてもよろしいでしょうか。この件を、陛下に報告しなくてはいけませんので」



 サーーッと青ざめる騎士を見て、マリアは慌てて口を開いた。



「あ、あの。私が会いに来たって嘘をついたの。だから、その、この人は悪くないので……えっと」


「聖女様……!」



 マリアに庇われて、騎士は目に涙を浮かべながらマリアに恍惚とした眼差しを向けた。


 エドワード王子が「お前、何言って……」と言いかけたので、慌ててその口を覆う。

 突然マリアの手を自分の口元に当てられた王子は、真っ赤になって硬直した。



「……そうなのですね。では、陛下にはそうお伝えしておきますね」


「うん」



 全てを悟った執事は、柔らかく微笑みながらそう答えた。

 そして、マリアと王子と一緒に地下から戻るなり、急足で陛下の元へと向かった。


 研究室へはまた今度。今は、自室でお待ちくださいとのことだったので、王子と先ほどの部屋に向かう。



「なんなんだよ。あの静かな女が、何かとんでもないことをしたのか?」


「…………」



 ブツブツと文句を言いながら歩くエドワード王子。

 マリアにとっては日常になっていたイザベラとの1年間が()()()()()()()()だったのかはわからないが、グレイの怒った様子を思い出すとそのままエドワード王子に伝えていいものか悩んでしまう。




 怒りん坊のエドワード様だもん。絶対に怒るよね……。

 お兄様だってあんなに怒ってたのに。




 マリアはすでに機嫌の悪くなっている王子をチラリと見て、説明は全部執事にお願いしようと決めた。





「陛下から許可が下りましたので、マリア様の質問にお答えしたいと思います。何か、お聞きになりたいことはございますか?」



 部屋に戻ってくるなり、執事は落ち着いた様子でそう話した。

 数人いたメイドは部屋から出され、今この室内にいるのはマリアとエドワード王子と執事の3人だけだ。


 向かい合わせで座っているマリアとエドワード王子の横ーーどちらからも顔が見える位置に立った執事は、穏やかな目をマリアに向けている。



「あの……さっきの女の人は、本当に()()()なの?」


「はい。彼女はヴィリアー伯爵……グレイ様のお母上でございます」


「はぁ!? グレイ……って、マリアの兄だろ? ということは、あの女はマリアの……」


「マリア様のお母様ではありません」


「!?」



 話に入ってきたエドワード王子からの問いかけを、被さるように否定する執事。

 マリアとグレイが本当の兄妹だと思っていた王子は、会話が始まって数秒でもう軽いパニック状態だ。


 しかし、そんな王子は放っておいて2人の会話は続く。



「でも、マリアのこと知らないみたいだった。ちがう人みたいで……なんで?」


「……それを説明するには、あの牢の中で何があったのかをお話ししなければいけませんね」


「牢の中で……」



 牢という言葉を聞いて、マリアは自分が閉じ込められていた時のことを思い出した。

 治癒の力を受けに来た貴族達は、マリアに「こんな狭い牢に入れられて可哀想に」と、薄ら笑いを浮かべながら声をかけてきた。


 そうか。今は、イザベラが牢に入れられているのか……と、マリアは不思議な感覚に襲われた。


 執事は、一呼吸置いてからマリアとエドワード王子に視線を向ける。



「決して楽しい話ではございませんが、それでもお聞きになりますか?」



 マリアは迷わずにコクリと頷く。

 エドワード王子は一瞬怯んだものの、すぐに「ああ」と返事をした。



「マリア様を……聖女様を監禁して虐待していたイザベラ婦人の行為は、簡単に許されることではありません。様々な情報を聞き出した後、彼女に求められた罰にはもちろん『処刑』という案も出たくらいです」



 監禁、虐待、という言葉が出て、エドワード王子が息を飲んだのがわかった。

 信じられないといった目で執事からマリアに視線を移すが、マリアは動揺した様子もなくジッと執事を見つめたままだ。


 執事はギョッとしている王子に気づいているものの、話を続ける。



「しかし、最初にマリア様の存在を隠したのは、イザベラ婦人ではなくジュード卿とマリア様のお母上でした。イザベラ婦人が関わったのは、その隠蔽期間……7年間の内、1年だけです」


「…………」


「本来最も重罪なのはジュード卿でございますが、すでにこの世を去ったお方ですので、罰することはできません。グレイ様や執事のガイルさんに聴取した内容によりますと、ある意味イザベラ婦人も被害者であることがわかりました」


「…………」


「なので、処刑は重すぎるという意見が出て却下されました。ですが、いくら被害者とはいえ、マリア様への仕打ちは到底見過ごせるものではありません」


「…………」


「そこでイザベラ婦人には、ご自身がマリア様に行った行為を、そのままご自身で味わっていただくことにいたしました」


「…………え?」



 ずっと黙って話を聞いていたマリアは、そこで初めて声を出した。


 真剣に話していた執事が、最後のセリフを言った瞬間にニコッと笑顔になったからだろうか。

 意外な展開に、思わずポロリと声が漏れてしまったのだ。


 そして、話についていけずずっと難しい顔をしていたエドワード王子も、『マリア様に行った行為』という言葉には引っかかったらしい。



「マリアに何をしたんだ、あの女は?」



 エドワード王子が質問をしたのを見て、マリアも同じように気になったことを聞いた。



「あの人に何を……したの?」


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