59 そこにいたのは……
出し方がわからない。
そう答えていいのか、マリアは迷っていた。
こんなに期待されているというのに、なんの努力もせずチャレンジすらせず、すぐに拒否していいものか。
まずはやってみたほうがいいのではないか。
「わ、わかりました」
「!! ありがとうございます!」
マリアがそう返事をすると、執事はパァッと顔を輝かせた。
そして服のポケットから小瓶を取り出し、いつ光のカケラが出ても入手できるよう、キリッと集中した顔つきになる。
だ、大丈夫かな? とりあえず、やってみよう!
マリアは両手を前に伸ばし、治癒をする時と同じように手元に集中した。
美しい黄金の光が手を包み、その場で明るく輝き出す。
しかし光はマリアの手から離れず、空に散らない。
えいっ! えいっ!
頭の中では飛ばそうと努力しているのだが、光は一向にマリアの手から離れない。
その内、光はシュウゥゥ……と小さくなり消えてしまった。
しーーんと静まり返る室内。
執事とメイド達は、だらだらと冷や汗を垂らしながらマリアをチラリと見た。
「ご……ごめんなさ……」
涙目で真っ青になっているマリアに気づき、それ以上に真っ青になる。
慌て出した執事達は、必死にフォローを始めた。
「マリア様が謝ることなんて、何もないですよ!」
「そうです! 急にこんなこと言い出したこちらのせいです!」
「お疲れだったのに、申し訳ございません!」
あわあわして謝罪してくる執事達を見て、マリアは一層申し訳ない気持ちになった。
光のカケラを作れなかっただけでなく、こんなにも気を遣わせてしまっている。
お互いが罪悪感で胸を痛めていると、部屋の扉が開きエドワード王子が入ってきた。
「……お前達、何やってるんだ?」
「エドワード様……」
マリアがボソッと呟くと、その横で片膝をついていた執事がバッと立ち上がり、マリアの後ろに移動して何事もなかった顔で姿勢を正した。
エドワード王子は執事の行動を目で追った後、視線をマリアに戻す。
「なんだ?」
「マリア、光の粒を出せないんです……!」
「は?」
不甲斐ないマリアを咎めてこない優しい執事達と違って、エドワード王子ならしっかり叱ってくれるはず。
そう思って報告したのだが、状況を把握できていない王子はポカンと口を丸く開けただけだった。
先ほどまでの経緯を執事が話すと、エドワード王子は「ふーん」と興味のなさそうな返事をした。
「なんだ。あの光、もう出せないのか?」
「……さっき初めて出したの。だから、どうやって出すのかマリアにもわからなくて……。ごめんなさい」
正直に話すと、執事は困った顔もせずに優しく微笑んだ。
理由がわかってホッとしているようにも見える。
「そうだったのですね。無理強いをしてしまい、申し訳ございませんでした」
「でも、これじゃ『けんきゅう』ができない」
「マリア様……」
シュンと落ち込んだマリアを見て、執事はなぜか嬉しそうな表情になる。
こんなにも協力してくれようとしていたのか、と感動したからだ。
手伝いができなくて落ち込むマリアに、執事はある提案をしてきた。
「では、先ほど見せていただいた治癒の光……あちらを、研究者達に見せてあげることはできますか?」
「……あれでいいの?」
「もちろんです! 皆、とっても喜ぶでしょう! ぜひまた今度王宮にいらして──」
そこまで執事が言いかけると、エドワード王子の声がそれを遮った。
「じゃあ今から行こう! 研究室!」
「……え?」
マリア・執事・メイド達の声が重なった。
突拍子もない王子の提案に、みんな目を丸くして王子を見る。
本気の顔をしている王子に、執事が慌てて現状を説明した。
「い、いえ。今は聖女セレモニーの最中ですし、マリア様もお疲れですし、研究室に行くのはまた今度で──」
「夜のパーティーまではまだ時間あるだろ。それに、聖女の力の研究は国の為になるんだ。少しでも早いほうがいいじゃないか」
「で、ですが、陛下にも何も許可を取っておりませんし、さすがに聖女セレモニーの日には──」
「お前はゴチャゴチャうるさいな! マリア! お前はどうしたいんだ!?」
突然話を振られたマリアは困惑していた。
今日はやめたほうがいいと言っている執事と、早いほうがいいと言う王子。
どちらが正しいのかわからない。
けれど、王子の言葉にマリアの心は揺さぶられていた。
『お前はどうしたいんだ!?』
マリアはどうしたいのか。
執事の気持ちも王子も気持ちも考えず、自分の気持ちを優先するのなら──今日、行きたい。
マリアで役に立つことがあるのなら、やりたい。
それが正直な気持ちだった。
「今から行きます」
「ええっ!」
「よし! じゃあ俺が研究室まで連れて行ってやろう! マルケス、お前は陛下に伝えてから来い!」
「えええっ!?」
慌てている執事をその場に残し、エドワード王子は「行くぞ」と言ってマリアの手を取った。
マリアは心の中でごめんねと呟くと、足早に王子の後について歩く。
広く美しい王宮の廊下を、見目麗しいエドワード王子とマリアが手を繋いで歩いている様子は、通り過ぎる使用人達の心を鷲掴みにしていた。
(まああ……! なんて麗しいお2人なんでしょう!)
(お人形だわ!! お人形が歩いているわ!!)
(なんとお可愛らしい……!)
そんな愛くるしい視線にも気づかず、2人は地下へと続く階段の前までやってきた。
豪華な王宮の中とは思えぬ、異様な空気を発している地下への階段。
「ここに、けんきゅう室があるの?」
「そうだ。地下でしか保管できない薬品があるから、ここで研究していると兄様が言っていた。俺もまだ一度も中には入ったことがないけど……」
ジーーッと地下を見つめるエドワード王子を見て、もしかして研究室に行ってみたかったのかな? とマリアは思った。
その願望を叶えるために自分を利用されたのだとしても、全く腹は立たないが。
「じゃあ、行くぞ。足元に気をつけろよ」
「うん」
ゆっくりと、だんだん暗くなる階段を下りていく。
地下には、いくつかの扉があったがどれも鍵がかかっている。
大切な薬品を保管しているからだろうか?
王子とマリアがそんなことを予想していると、1番奥の扉の前に騎士が1人立っているのが見えた。
騎士は、エドワード王子とマリアの姿を見て心底驚いた顔をしている。
「エドワード殿下! 聖女様! ど、どうしてこちらに……!」
「マリアを会わせる為に連れてきた。扉を開けろ」
「か、かしこまりました!」
まだ若い騎士は、手をプルプルと震わせながら自分が立っていた扉の鍵を開けた。
カチャ……と開いたその扉の奥は、ここと変わらぬくらい暗くてじめじめした雰囲気を感じる。
ここが、けんきゅう室?
静かな部屋に足を踏み入れた途端、王子とマリアの足が止まる。
部屋の半分は、檻だった。
寒気がするほどの暗く冷たいその檻の中に、人が横になっているのが見える。
エドワード王子には、暗くて人影しか見えなかったかもしれない。
しかし黄金の瞳を持つマリアにはハッキリとその人物の顔が見えていた。
「…………っ」
その檻の中で横になっていたのは、グレイの母親──マリアを虐待していた、イザベラだった。