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58 執事さん、興奮しすぎです


「マルケス。今光を浴びた者達の元へ行き、どんな効果や変化があったのか調べてくるように」


「承知いたしました」



 陛下にマルケスと呼ばれた執事は、そう返事をするなり足早にこの場を離れた。

 バタバタと慌ただしく動いている人達を見て、マリアはなんだか申し訳ない気持ちになる。


 自分のちょっとした行動のせいで、彼らの仕事を増やしてしまったと罪悪感が湧く。



「あ、あの、陛下。勝手にこんなことをしてしまって、申し訳ございません」


「何を言う、マリア嬢よ。あの光の効能がわかれば、あれは我が国にとって救いの薬になるかもしれないのだ。謝ることなど何もない」



 謝罪をしたマリアに向かって、陛下は優しく微笑んでくれた。隣に立つ王妃もニコニコしていた為、マリアはホッと胸を撫で下ろした。




 良かった……!

 勝手なことをしたから、怒られるかと思った。



 命令されたこと以外をしたならば、イザベラから容赦ない折檻を受けていたマリア。

 今回も陛下や王妃から責められるのではないかと不安になっていたのである。



「さあ、時間はまだある。もっと民に笑顔を見せてあげておくれ」


「はい、陛下」



 マリアは未だ止まない歓声を聞きながら、こちらを見上げている国民に向かって手を振り続けた。


 この場所に来たばかりの時には気がつかなかったが、少し離れた場所にある街にはカラフルなガーランドが飾ってあり、木の板と思われる数々の大きな看板も目に入った。


 どれも『聖女様ありがとう』『聖女様大歓迎』の文字がデカデカと書いてあるのだが、遠すぎて文字まではマリアには見えていなかった。




 わぁ……! あっちがお祭りをやってるっていう街かな? 

 行ってみたいなぁ。




 そんなことを考えながら、マリアは陛下や皇子達と一緒に笑顔で手を振った。





「ふぅーーっ」



 部屋に戻ったマリアは、そう深く息を吐きながらソファにポスッと座り込んだ。

 手を振り続けていたせいか、手首がズキズキと痛む。

 しかし、マリアがそっと手首に触れると痛みがスーッとなくなっていった。


 昔から、自分自身に対する治癒は自動で行われるのだ。


 痛みはなくなったが、マリアは自分の努力の証があっさり消え去ったようで少し寂しく感じた。




 あんなにたくさんの人が、マリアの名前を呼んでくれてた……。

 笑ってくれてた。手を振ったらみんな振り返してくれた。

 手が痛くなってもいいから、もっとたくさん手を振っていたかったなぁ。




「マリア様、お疲れでしょう。温かいお飲み物でもどうぞ」



 王宮のメイドが、マリアの前に可愛らしいカップを置く。

 その紅茶を口に入れると、治癒の力を使った時と同じような暖かな空気に包まれた気がした。


 ふわふわと浮かぶような心地良さ。疲れなんて一瞬で吹き飛んでしまいそうだ。



「おいしい……。ありがとう」



 マリアがそうお礼を伝えると、部屋にいたメイド達は皆ニコリと微笑んだ。



(ああ……! なんて愛らしい聖女様!! 何杯でも淹れて差し上げたいわ!!)



 紅茶や甘いお菓子などで一息ついていると、部屋がノックされ先程案内してくれた執事がやってきた。

 手には数枚の紙を抱えていて、どこか興奮しているように見える。



「マリア様! お疲れのところ、申し訳ございません! すぐにご相談したいことが……!」



 ゴツ!


 余程慌てていたのか、執事はテーブルの角に足をぶつけて無言で蹲った。

 プルプルと体が震えているのでかなり痛いのだろう。

 痛さが伝わってくるからか、メイド達もハラハラした様子で執事を見つめる。



「だいじょうぶ……?」



 そう遠慮がちにマリアが声をかけると、少し恥ずかしそうな顔をした執事はバッと顔を上げて「大丈夫です!」と答えた。


 そしてすぐに立ち上がるなり、持っていた紙を見ながら何事もなかったかのように報告を始める。



「先ほどマリア様の光を浴びた者達への聴取が終わりました! 小さな怪我をしていた者はその傷が綺麗になくなり、腰痛や頭痛があった者はその痛みが消え、皆体調がとても良くなったとの話でした。そして、皆が着ていた服なども汚れが消えて綺麗になっていたそうです」


「は、はぁ……」



 あまりの早口と執事の興奮した様子に、マリアはそんな返事しかできない。

 呆気に取られているマリアに気づいていないのか、執事はスピードを緩めずに話を続けた。



「あの光の粒は、まさに聖女様の神秘なる力がこもった素晴らしい物なのです! 大怪我が治ったという話は聞きませんでしたが、小さな傷は完治! 体力回復に身だしなみの清潔を整える──これだけでも十分役に立ちすぎるほどの薬でございます!」


「…………」


「あの光の粒を瓶などに入れて持ち運ぶことが可能であれば、遠くの地域にも聖女様の力を送ることができますし、危険な任務や戦争といった場合にも、兵士の治療に使えます! なんとも素晴らしいあの光の粒を、ぜひ今後──」



 マリアとメイド達から呆然とした視線を向けられていると気づいたのか、執事は爆弾のようなお喋りをピタリと止めて、コホンと咳払いをした。


 

「あーー……その、突然捲し立ててしまい、申し訳ございません」


「い、いえ」


「マリア様のお出しになったあの光の粒が、とても素晴らしいというのは……」


「伝わりました」


「左様でございますか」



 急に大人しくなった執事は、嬉しいような恥ずかしいような、どこか複雑そうな顔をしている。

 メイドの何人かは、肩を震わせて笑いをこらえているようだった。


 執事はもう一度コホンと咳払いをすると、片膝をついてマリアと目の高さを合わせた。



「そこで、マリア様にお願いがあるのですが、先ほどの光の粒に関しての研究をさせていただきたいのです」


「けんきゅう?」


「はい。どの保存状況が適しているのか、どれくらい保管期間があるのか、正確にどの程度の治癒効果があるのか……などを、調べさせていただきたいのです」


「マリアは何をすればいいの?」


「また、あの光の粒を出していただけますか?」



 キラキラと期待のこもった目でマリアを見つめる執事。実際にその光を見たことのないメイド達からも、ソワソワとした視線を感じる。


 マリアはどう答えていいのかわからず、黙ってしまった。


 なぜなら、あの光のカケラは初めて出したものであり、どうやって出せたのかをマリア自身わかっていなかったのだから。

 


 

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