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56 エドワード王子は不器用です


 周りを騎士団に囲まれている馬車に揺られながら、マリアはボーーッと自分の真っ白なドレスを見つめていた。


 先ほど、初めてグレイが「かわいい」と言ってくれたシーンが何度も頭の中でリピートしている。

 そんな言葉をもらえたのは、きっとこの綺麗なドレスのおかげだ……とマリアはデザイナーのルシアンに感謝の気持ちでいっぱいになっていた。




 お兄様に初めてかわいいって言ってもらえた……。

 えへへ。嬉しいな。このドレスにして良かった!

 あとでルシアンにお礼を言わないと。




 檻から出てからというもの、エミリーをはじめとする使用人達、それからガイルにレオ。

 優しい人達から可愛いという言葉をたくさんもらってきたが、こんなにも嬉しく感じたのは初めてだった。

 自然と緩んでしまう口元を止めることができない。


 マリアは自分で思っている以上にニコニコとした笑顔で、王宮までの移動時間を過ごしていた。


 1人で王宮へ行く不安も、セレモニーへの緊張も、今のこの幸福感には勝てない。

 のんびり外の景色を眺めていると、いつのまにか王宮へと到着していた。



「聖女様。王宮に着きました。お足元にお気をつけください」



 騎士団長が馬車の扉を開け、声をかけてくる。

 威圧感のある見た目だが、不思議と恐ろしさを感じない。

 マリアは差し出された手に自分の手を重ねると、ゆっくりと馬車から降りた。


 前回グレイと来た時と同じ場所。

 しかし前回以上にたくさんの人が周りを囲んでいたため、見る景色はまた違って見える。

 メイドや執事の格好をした者から、剣を携えた騎士達、そしてグレイやレオのように正装した貴族達。




 うわ……あ。

 この前よりいっぱいいる……!




 あまりの人の多さに、マリアはゴクッと喉を鳴らした。

 皆が笑顔でなければ足が震えていたかもしれない。


 

『この国で聖女マリア様より位が上なのは国王陛下や王家の方々だけです。それ以外の方に簡単に頭を下げてはいけません』



 そう教わったことを思い出し、マリアは下を向きたくなる気持ちをおさえて顔を真っ直ぐ前に向けた。

 背筋を伸ばし、顎を引く。歩くたびにグラグラ動かないよう、腕は人形のように固定させて軽やかに歩いていく。

 視線はあまりキョロキョロさせず、順番に挨拶をかわしてくる人々に微笑みを返すだけ。


 この日のために何度も何度も練習して身体に覚えさせてきた。


 優雅に歩くまだ幼い聖女の姿に、周りにいた皆は感動して心を奪われている。

 皆が本当にマリアを歓迎してくれていることが伝わり、マリアも内心とても安心していた。


 王宮の中に入ると、マリアのために用意されたであろう部屋へと案内される。


 白とピンクを基調とした可愛らしい部屋に、マリアの心は踊った。

 キラキラと輝いたマリアの瞳を見て、メイドや執事達が安心した表情になったことにも気づかないくらい、マリアは浮かれていた。




 かわいいお部屋……!

 あのソファに置いてあるウサギの人形、とってもかわいい!!

 抱っこしたいけど、今日のマリアは聖女様だから触っちゃダメかな?




 マリアがそわそわしながらウサギのぬいぐるみを見ていることに気づいたメイド達が、その愛らしさに各々が興奮している。



(ああ……! 聖女様、ぬいぐるみを見ているわ! なんてお可愛らしい!)

(触りたいのかしら? もしかして、我慢されてる?)

(なんていじらしいのかしら! どうぞって差し出したいわ!)



 そんなメイド達の視線に気づかないマリアは、なんとか我慢してぬいぐるみの隣にちょこんと座った。


 可愛いマリアとウサギのぬいぐるみの愛らしいツーショットにメイド達が悶えていると、部屋の扉がノックされた。

 外に立っている騎士の声が聞こえる。



「エドワード殿下がお見えになりました」



 部屋の中に待機している騎士が扉を開けると、グレイのように正装した姿のエドワード王子が立っていた。

 グレイのように……といっても、もちろん真っ黒ではなく真っ白の装いだが。


 金髪のサラサラした髪の毛、まだ幼いながら整った顔のエドワード王子は、マリアの姿を見るなり顔を歪めた。


 まるで大嫌いな虫でも見ているのかと言いたくなるような険しい顔だが、頬だけは真っ赤になっている。

 一体なぜこんな顔になっているのかと、この部屋の中でマリアだけがわかっていなかった。




 エドワード様、どうしたんだろう?

 すっごく変な顔してる。マリアの格好、おかしいのかな?

 お兄様はかわいいって言ってくれたのに……。




 不安になりながらも、マリアはその場に立ち上がり王子に挨拶の礼をする。

 こちらも何度も練習をしてきたので、以前よりは自然に上手にできているはずだ。

 なのになぜか王子の顔はさらに険しく歪んでいる。


 睨んでいるようなその厳しい視線に、マリアの顔からは笑顔が消えていた。



「あ、あの、エドワード様。マリア、どこか変でしょうか?」


「…………」



 エドワード王子は答えない。

 無視されたマリアはもう一度話しかけてみることにした。



「このドレス、聖女っぽくないですか? ダメでしたか?」


「…………」



 なんで王子が不機嫌になっているのかわからない。

 せっかくルシアンが作ってくれたドレスなのに、ダメだと怒られてしまったらどうしよう……そうマリアが不安になっている時、部屋にいるメイド達は心の中で必死に王子をフォローしていた。



(違うんです、聖女様! 殿下のそのお顔は、照れた顔を必死に誤魔化そうとしている顔なんです!)

(聖女様があまりに可愛いから、その照れた顔を表に出さないように頑張ってるだけなんです!)

(口を開いたらニヤついてしまうから、質問にお答えできないだけなんです!)



 そんなメイド達の心の叫びは、もちろんマリアには伝わっていない。

 泣きそうなマリアの様子を見てメイド達がオロオロと慌て始めた時、エドワード王子の執事が遅れて部屋にやってきた。



「エドワード殿下、少しお待ちくださいとお伝えしたはずなのになぜ…………ん?」



 執事は部屋に入るなり、涙目のマリアを見てすぐに足を止めた。

 そしてエドワード王子の顔を確認し、メイド達に無言のまま視線を送る。

 憔悴していたメイド達は、同じく黙ったままコクコクと必死に頷いている。


 執事とメイドのアイコンタクトの意味を知らないマリアは、もう一度だけ王子に話しかけてみようと顔を上げた。



「あの、エドワード様。マリアに悪いところがあったら教え……」



 まだ話している途中だったが、王子はいきなりクルッと振り向いてマリアに背を向けた。

 王子の手はぎゅっと強く握りしめられていて、少しプルプルと震えている。




 お、怒っちゃった!?




 マリアの顔が真っ青になる。

 どうしたらいいのかわからずいるマリアに向かって、初めて王子が話しかけてきた。

 顔は後ろを向いたままなので見えない。



「き、今日は聖女が主役だというのに、なんなんだ、そのドレスは!?」


「えっ……このドレスじゃダメですか?」


「別に、ダメじゃない……けど」



 ルシアンのドレスがダメだと言われなかったことに、マリアは安堵した。

 ホッとしたのもつかの間、王子は後ろを向いたまま話を続ける。



「でも地味じゃないか!? 宝石や飾りがほとんどついてないじゃないか!」


「地味??」


「エドワード様!」



 キョトンとするマリアを横目で見ながら、執事が王子をたしなめる。

 執事だけでなくメイド達からも困ったような目で見つめられ、王子は顔だけ少し動かし後ろにいるマリアを見た。


 目が合った途端、またバッと勢いよくそらされる。




 エドワード様、なんか変。どうしたんだろう?




 マリアがどうしたらいいのか困っていると、王子が視線を合わせないままボソッと小さな声でつぶやいた。



「地味だけど、俺のほうが派手でカッコいいけど、でも、その……お、お前も少しは……か、か、かわ……」


「川??」


「かわ……かわいいぞ!! ほんの少しだけだけどな!!」


「え……」



 王子はそう吐き捨てるように大声で叫ぶと、猛ダッシュで走っていってしまった。

 扉横に立っていた騎士達が無言でサッと扉を開けたので、王子は止まることなくそのまま部屋から出ていく。


 まるで小さな嵐が過ぎ去ったような静まり返った室内で、マリアは呆然と立ち尽くしている。




 今、エドワード様がかわいいって褒めてくれた?

 でもなんでそのまま帰っちゃったんだろう。何しにきたの?




 特にときめいた様子もないポカンとしているマリアを見て、メイド達はエドワード王子の不器用さに頭を痛めていた。


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