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54 美しい聖女と真っ黒な美少年伯爵


「ちょっと……グレイ、何あの本……」



 レオが部屋のサイドテーブルに置いてある小説を指差して、怯えた顔で尋ねてきた。

 あの本とは、2週間前ガイルに無理やり手渡された例の恋愛小説である。



「あの本がどうかしたか?」


「どうかしたかって、ま、まさかグレイが読んでるの? マリアのじゃなくて?」


「なんでマリアが読む本が俺の部屋に置いてあるんだ」



 グレイは袖の小さいボタンを留めながら、顔色ひとつ変えずに答える。

 あまり触れられるのを良く思わないグレイは、できる限りメイドの手伝いなしで自身の着替えをするようにしているのだ。


 そんなグレイの隣では、メイド長のモリーが次に身につける物を持って静かに待機している。


 

「じゃあ本当にグレイが読んでるの? この、初恋に芽生えた皇太子……」


「タイトルを読み上げるな」



 真面目な顔した少年2人の会話を黙って聞いているモリーは、その微笑ましさにプッと吹き出しそうになるのをこらえていた。

 時々肩が震えてしまっていることに、グレイだけは気づいている。



「ガイルに読めと言われて強制的に渡されたんだ」


「……それで、読んだの?」



 先ほどまでは恐々とした態度だったレオが、今は興味津々といった様子で目を輝かせている。

 グレイは目を細めてジロッと睨みつけたが、レオは全く怯まない。




 俺がこの本を読んだかどうかが、そんなに気になるのか?




「一応、読んでみようとしたが……この皇太子がとにかく気味が悪くて、とてもじゃないが1章すら読んでいられなかった」


「へぇ……。どういうところが気味悪かったの?」


「どういうところがって、やたら瞳が綺麗だの心が綺麗だの言い出したり、とにかく常に女のことばかり考えていて思考回路が全く理解できな……」


「ブフッ!!」



 話している途中だというのに、我慢できなくなったレオが思わず吹き出した。

 ベッドに倒れ込み、お腹を抱えて大笑いしている。



「あはははは……っ!! グ、グレイが……恋愛小説……プクク……! しかも理解できないって……あは……あはははは!!」


「…………」



 ボスボスとベッドを叩きながら爆笑しているレオを見てつられてしまったのか、モリーが顔を背けて肩を大きく震わせた。

 手を口元に当てて、絶対に声を出さないようにしている。


 グレイはレオを蹴り上げて部屋から追い出したい衝動に駆られたが、今日という神聖な日にやめておこうと思いとどまった。


 そう、今日はとうとうマリアが聖女として国民の前に姿を見せる日。

 聖女セレモニー当日なのである。



「それ以上笑うなら、お前はここに置いて行くぞ」


「ごっごめんって……くく……! せ、せっかくなんだし、一緒に行こうよ……」



 レオはなんとか笑いを止めようとしているらしく、恋愛小説が置いてあるサイドテーブルのほうを見ないようにして会話を続けている。


 今日もまた呼んだ覚えはないのだが、朝からいきなりレオがやってきた。

 グレイの部屋に入るなりあの本を見つけて、今のこの状態になっている。



「せっかくの正装が台無しだな。髪がいつも以上にボサボサになってるぞ」


「あっ……しまった!」



 ハッとして髪を整え始めたレオは、口を尖らせて「というか、いつも以上ってなんだよーー!」と文句を言った。

 ふわふわの茶色い猫っ毛を、両手で押さえつけている。


 そして着替えが完了したグレイを見て、クリッとした大きな目を輝かせた。



「わぁ……! やっぱりグレイは正装が似合うね! コートを羽織ると、まるで王子様みたいだよ」


「こんな真っ黒な王子がいるか」



 グレイは上下の服、コート、ブーツ全て黒で揃えている。

 胸元や腰の部分にシルバーのアクセサリーが付いているのと、コートの内側がくすんだ赤色なのを除けば真っ黒である。


 艶のある黒髪は、前髪を少し残し他は後ろへ流しているため端正な顔立ちがハッキリと見える。



「そうなんだけど、なんかダークヒーローって感じ!」


「……悪者じゃねーか」


「悪者じゃないよ! 物語によっては、正統なヒーローよりも人気があったりするんだよ?」


「はいはい」



 レオの軽口を流し、グレイは部屋の扉に向かって歩き出した。

 どこに行くのかと尋ねられて、グレイは少し迷った素振りを見せてからボソッと言った。



「マリアのところだ。もう準備も終わってるだろうからな」


「!! 俺も行く!!」


「そう言うと思ったよ」



 グレイは呆れたようなため息をついて、レオを待たずにスタスタと部屋から出ていく。


 実はこの2週間、またマリアとろくに会話もできない日々が続いていた。

 セレモニーまでの最終チェックで、マリアは毎日レッスンに追われていたのだ。


 久しぶりに会うと思うと、グレイの心は妙にざわつき落ち着かない。

 不思議な感覚に疑問を感じながら、グレイはマリアの部屋へと向かった。


 コンコンコン



「俺だ。入ってもいいか?」



 マリアの部屋の扉をノックして声をかけると、中が一瞬ざわっとしたのが聞こえてきた。

 マリアの声とメイド達の声がなんとなく聞こえるだけで、何を言っているのかまではわからない。



「ど、どうぞ」



 どこか緊張した様子のマリアの声に、グレイとレオは目を合わせた。

 レオがコクッと頷いたのを確認して、グレイが扉を開ける。


 マリアの部屋には数人のメイドがいたが、マリアの姿がよく見えるように皆壁際に並んでいた。


 部屋の真ん中には、少し恥ずかしそうにソワソワしているマリアがこちらを向いて立っている。


 目を見張るほど美しい純白のドレス。

 デザイナーのルシアンが子どもらしくふわふわの可愛いデザインにすると息巻いていたはずだが、どうやら変更したようだ。


 純白のドレスには、リボンなど目立つ大きな飾りは付いていない。

 その代わり、ウエストの部分にはシルバーのレースと細かい宝石が飾られていてキラキラと光っている。


 ふわっとしたスカートは、裾に一周白い刺繍が施してある。

 飾ってある部分以外はシンプルになんの飾りも付いていないため、とても上品に見えるドレスだ。


 髪は半分だけ編み上げていて、残りはおろしている。

 プラチナブロンドの長い髪がさらに美しさを際立たせていた。

 


「わぁ……っ! マリア、すっごく綺麗だよ!!」



 レオが歓喜の声を上げる。

 周りにいるメイド達が目を合わせてにっこりと笑い合っているが、エミリーだけはグレイの反応を気にしている様子だ。



「ありがとう、レオ」



 嬉しそうに返事をした後、マリアがチラリとグレイを見た。

 正装したグレイの姿に頬を赤らめている。



「マリア、よく似合ってる」


「あ、ありがとう。お兄様も、その、とっても素敵です……」



 グレイに褒められたマリアは、パッと視線を外すと指をモジモジさせながら言った。

 グレイの隣にいたレオが、小さな声で「えっ? 俺は?」とつぶやいている。



「グレイ様、ベールをつけたところをご覧になりますか?」


「ベール?」



 エミリーからの提案に、グレイとレオが同時に答えた。

 エミリーは他のメイドが持っていた薄い生地を受け取ると、ふわっとマリアの頭に被せる。


 ドレスのスカートと同じように、前面から見える部分にだけ白い刺繍が施してあるベールは、マリアの身体の半分くらいを覆っている。

 刺繍されている端部分以外は透けているので、マリアの髪やドレスも隠されることなくうっすらと見える。



「こ、これは……まさしく聖女様!!」


「なんだそれは」



 大袈裟に感動しているレオに向かって、グレイが呆れた声を出す。


 しかし悔しいことにグレイも似たようなことを考えていた。

 伝説の聖女など見たこともないし興味もなかったが、もし自分が憧れていたとしたら、きっと今のマリアの姿を想像していたかもしれない。


 そう思えるほど、マリアは神秘的な美しさを持っていた。


 部屋にいるメイド達の中には、ベールをつけたマリアを見て涙を流している者までいたくらいだ。

 なぜか手を合わせてお祈りのポーズをとっている。



「……では早速行くか」


「はい」



 グレイが差し出した手を、マリアは一瞬迷った素振りを見せながらもぎゅっと握ってきた。

 自然と笑顔になったグレイを見てマリアの顔が赤くなったことに、エミリーだけが気づいていた。


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