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51 月のない夜①


 グレイがガイルから恋心を勉強しろと言われた次の日。

 執務室にあるグレイの机の上には、恋愛小説が数冊置かれていた。


 メイド達から借りたものなのか、無表情執事が買ってきたものなのか、タイトルを読むだけでグレイは鳥肌が立ちそうになった。




 あいつ……本気で俺にこれを読んで勉強しろと言いたいのか!?




 グレイは小説の表紙すらめくることなく、そのまま執務室にある小さなテーブルに本を移動させる。

 そして何事もなかったかのように椅子に座ると、書類を机に広げいつも通り勉強を始めた。


 放置されている小説に気づいていながら、ガイルが追求してくることはなかった。

 本人にその気がないのであれば、本を読んでも無意味だとわかっていたからである。


 しかし、その小説は片付けられることなくずっと執務室に置いたままであった。

 直接は何も言ってこないものの、ガイルが『早く読みなさい』と思っていることは明確である。


 そんなガイルの思いに気づいていながら、マリアが傷ついている件については時間が経てばなんとかなるだろう、とグレイは軽く考えていた。




 イザベラから解放されて、1番身近にいた俺と結婚できないことを寂しく感じてしまっただけだ。

 たいした傷ではないだろう。日々の忙しいレッスンに追われて、すでに頭から消えている可能性だってある。

 大丈夫だ。




 そんな思い込みから、グレイはマリアに何も説明することなく日々を過ごしていた。


 グレイがマリアの不自然さに気づいたのは、エドワード王子が来てから数日たった頃である。




 マリアに避けられている……?




 そうグレイが感じたのは、しばらくマリアと一緒に食事をしていないことが理由の1つだった。

 グレイの仕事が忙しく断ることもあるが、最近ではマリアの都合で時間が合わないことが多い。



「マリア様はすでに夕食を召し上がりました。今は教養のお勉強中でございます」



 グレイが夕食の席に着くなり、ガイルにそう報告される。

 いつもそうだ。事前に言われず、グレイが席に着いてから事後報告されるのである。



「またか? それならもっと早く言え。俺が時間を合わせることもできる」


「報告が遅れまして申し訳ございません」



 ガイルがペコリと頭を下げて謝るが、本気で反省していないことはわかる。

 むしろこの事後報告がわざとだということにもグレイは気づいていた。


 このやりとりはこれが初めてではない。

 そしてガイルは同じミスはしない。ガイルが何度も同じことを注意されるなどあり得ないのだ。


 つまりこれは計画的にグレイとマリアの食事の時間をズラしているということになる。



「最近マリアに会っていないな」


「何をおっしゃっているのですか。日に2回はマリア様のレッスンに顔を出されてるではないですか」


「……なんで知ってるんだ」



 自身の休憩中にほんの数分だけマリアの様子を見に行くことがあるが、それをガイルに伝えたことはない。

 なぜ知っているんだと驚愕する気持ちもあるが、それ以上にグレイは気恥ずかしさで飲みかけのスープを噴き出しそうになった。


 そしてその顔出しこそが、グレイがマリアに避けられていると感じる理由の2つ目である。


 今までのマリアは、グレイが顔を出すと嬉しそうに笑顔になった。

 グレイはそのマリアの笑顔を見るのが好きだったのだが、ここ最近はその笑顔を見ていない。


 マリアはグレイが来たことに気づくと、焦ったような困ったような顔になる。

 決して嫌そうな顔ではないのだが、どこか気まずそうなその雰囲気にグレイは疑問を感じていた。



「夕食後にすぐ勉強か……。ちょっとやりすぎじゃないか?」


「聖女のセレモニーでは他国の方々もいらっしゃいますので、学ぶべきことがたくさんあるのでございます。あと半月の辛抱ですね」


「はぁ……。昔からしっかりと学ばせていれば、今こんなに苦労することもなかったのにな」



 グレイの中から消え去っていた両親の姿が、久々に頭に浮かぶ。


 監禁したりせず、普通に育てることがなぜできなかったのか。

 自分の親ながらどうかしている……とグレイは呆れ果てた。






 

「本日は月のない夜でございますね」



 夕食後、紅茶を飲んでいたグレイに向かってガイルがつぶやいた。



「あの夜からまだ1ヶ月しか経ってないんだな」



 いきなりどうしたんだ? と不思議に思いながら、グレイも静かにつぶやく。


 ほんの1ヶ月前までは、マリアは別邸の檻の中に監禁されていた。

 イザベラからの虐待の痕を見つけて、助け出したあの日がもっとずっと昔のことのように思える。



「マリア様はこちらに来てから本来の明るさを取り戻されたような気がします。笑顔も増えましたし、たくさんお話もしてくださるようになりました」



 笑顔のマリアを思い浮かべているのか、ガイルの表情が優しくなる。


 ガイルは続けて『本来の明るさを取り戻しつつあるのはグレイ様も同じです』と言いかけて、それは言わないことにした。

 この天邪鬼にそんなことを言えば、また心を閉じようとするかもしれないと思ったからである。



「そうか? 最近のマリアは俺といると作ったような笑顔になったり落ち込んだ顔をしていたり、よくわからない。レッスンを入れ過ぎて疲れているんじゃないのか?」


「…………」



 グレイが少し険しい顔で真面目にそう話すと、ガイルの顔から優しい表情が消えて冷めた目つきになった。

 突然向けられた軽蔑しているような視線に、グレイはムッと不機嫌になる。



「……なんだよ」


「グレイ様、先日私が言った女心について……まだお勉強されていませんね? その件についてマリア様が今でも不安に思っていること、ご存知ないのですか?」


「あいつ、まだあのことを気にしているのか?」



 目をパチッと開いて驚いているグレイに、ガイルからの冷たい視線がさらに強くなる。


 兄妹は結婚できないという話については、あの日以来1度もされていない。

 そのため、その件はもう落ち着いたのだろうとグレイは思っていた。


 でもそれを聞いて、最近マリアに避けられていると感じたのは間違っていなかったと確信した。

 食事の時間をズラされているのも、ガイルが協力しているからだろう。



「あいつ、なぜその話をそんなに気にするんだ。俺が誰かと結婚することが不安なのか? 王子に言われた通り、自分が邪魔になると本気で思ってるのか?」


「…………」


「邪魔扱いされるのが不安だから俺と結婚するって言ったのだと思うが、それができないことをまだ気にしているとは……」


「…………」



 無言のガイルから『違う!!』と言っているような空気が出ているが、何が正解なのかわからない。

 グレイはカップをテーブルに置き、椅子から立ち上がった。


 こうなったら本人と直接話してみるしかない。



「マリアの部屋に行ってくる。少しくらい勉強を中断しても大丈夫だろう」


「かしこまりました。ですがその前に、1冊でも恋愛小説を読んでから行かれたほうが……」


「そんな時間はない。大丈夫だ」


「そうですか。……どうかマリア様を傷つけないようお願いしますね」


「俺がマリアを傷つける訳ないだろ」


「…………」



 不安そうなガイルにそう言い切ると、グレイはマリアの部屋へ向かった。


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