49 7歳少年少女の恋話
兄とは結婚できないと言われてショックを受けたマリアは、その胸の痛みを抱えながらエドワード王子に再度質問をした。
「兄妹が結婚できないってことは、マリアとお兄様は結婚できないってこと?」
「そうだよ。なんだお前、本当に兄と結婚したいと思っていたのか?」
「……うん」
王宮でエドワード王子から『結婚』について教えてもらった時、マリアの頭に浮かんだのはグレイの顔だった。
この先ずっと誰かと一緒に暮らしていくなら、それはグレイがいい。マリアはそう思っていた。
エドワード王子は「はぁ……」と呆れたため息をついたあと、ハッと何かに気づいたのかキラキラと顔を輝かせた。
この機会に兄への憧れを完全に諦めさせよう! と企んでいるのがバレバレな顔である。
「お前の兄はたしか13歳なんだよな? それで伯爵家の当主なんだろ。それならもうすでに婚約者がいるんじゃないのか?」
「お兄様に婚約者……?」
マリアの顔が青くなったのに気づいたエミリーがその背中にそっと手をかけようとした時、これまで静かに見物してるだけだったガイルが話に入ってきた。
「お話の途中に失礼します。グレイ様には現在婚約者はおりません」
「なんだ、そうなのか」
「……っ!」
ガイルの言葉を聞いて、エドワード王子は残念そうにそうつぶやき、マリアはパァッと瞳を輝かせた。
グレイに婚約者がいないことを今ここでわざわざ言う必要はない。
あとでマリアにだけ伝えることもできる。
しかしガイルは悲しそうなマリアの顔を見ていられなかったため、つい口を挟んでしまったのである。
そしてそれはメイド達も同じ気持ちであった。
(マリア様、グレイ様に婚約者がいないとわかってあんなに嬉しそうに……!)
安心した様子のマリアを見て、ガイルやエミリー、メイド達もホッと胸を撫でおろした。
グレイとマリアは血の繋がった実の兄妹ではない。
ただ兄と呼ばせているだけであり、ただ兄妹として過ごしているだけである。
結婚だって、しようと思えばできるのだ。
しかしマリアはそこまで細かいことはわかっていなかった。
エドワード王子も血が繋がっていないことは知らないらしい。
今ここでそれを伝えたら多少の混乱が生じると考えたガイルは、そのことについては触れないことにした。
「それにしても、お前は本当に兄が好きなんだな。俺にも兄がいるが、兄に婚約者がいたら悲しくなるとかまったく気持ちがわからん」
エドワード王子が不思議そうに首をふりながら言っている。
執事が目の前にいる王子にも聞こえないくらいの小さな声で「それは男同士だから……」と囁いたのを、ガイルだけが聞いていた。
「お兄様のことは、だい……好き」
マリアが少し頬を赤くしながらそう言うと、エドワード王子がムッとしたようにまたジロッとマリアを睨みつけた。
「でもその大好きなお兄様とは結婚できないんだから、俺と婚約者になるっていうのは理解できたか?」
「ううん」
マリアはフルフルと首を横に振る。
「なんでだよ!!?」
「だってお兄様に婚約者がいないなら、マリアもいらないもん」
「お前な……」
何度もアピールしているのに即答で断られ続けるエドワード王子は、はあああーーと大きなため息をついて頭を抱えた。
最初こそ空気が凍りつきはしたものの、まだ7歳の少年少女が結婚やら婚約やらの話を真剣にしている姿はとても微笑ましい。
(エドワード殿下、がんばって……!)
王子が不憫な状態になっているというのに、今ではこの部屋にいる誰もが暖かな目で不憫王子を優しく見守っていた。
「それに、マリアにはレオもいるからエドワード殿下がマリアの婚約者にならなくても大丈夫だよ」
「レオって誰だよ!!?」
大人から見ればバレバレなエドワード王子の恋心だが、マリアから見たらいつも不機嫌で怒っているだけの王子だ。
呼び方も『お前』で無知をバカにされる。
マリアは自分は王子に嫌われているのだと思っていた。
それなのになぜここまで自分との婚約について話してくるのか、マリアには理解できなかった。
もしかして、陛下に何か言われているのかな?
マリアのことが嫌いなら、無理に婚約しなくていいのに……。
そんな風にエドワード王子を気遣って言ったつもりだったが、王子はマリアの言葉に多大なショックを受けた。
(ああ……! まさかレオ様にも負けてしまうなんて! エドワード殿下、おかわいそうに!!)
エドワード王子の不憫さに、王宮の使用人だけでなくヴィリアー伯爵家の使用人達までもが心の中で優しく見守っていることを、王子は気づいていない。
マリアに芽生えたグレイへのほのかな気持ちに、ガイルとエミリーだけが気づいていた。
2人は複雑な気持ちでこの状況を見守っている。
(マリア様……)
結局新たな『レオ』という男の名前にショックを受けたエドワード王子は、ダンスの話も忘れて「今日は帰る……」とフラフラしながら部屋を出て行ってしまった。
執事が「突然の訪問、失礼しました」と言ってマリアにお辞儀をしてから、すぐに王子のあとを追いかけていく。
何が何やらわからないままのマリアは、またポツンと部屋に取り残されてしまった。
呆然としているマリアに気遣い、エミリーが優しく声をかける。
「マリア様。ダンスレッスンでお疲れなのですから、美味しいフルーツでも召し上がってゆっくり休みましょう」
「……うん!」
マリアの笑顔を見て、エミリーは安心した。
グレイとの結婚の話を聞かれたらどうしようかと不安に思っていたが、マリアは美味しそうにイチゴを口に運んでいる。
その様子を微笑ましい気持ちで見ていたエミリーは、いきなりのマリアからの質問に顔が固まった。
「ねぇ、エミリー。私とお兄様は結婚できないの?」
「……え」
マリアはキラキラと美しい黄金色の瞳でエミリーを上目遣いに見つめてくる。
その愛らしさに、エミリーは『そんなことないです! グレイ様とマリア様は本当の兄妹ではないので、結婚できますよ!!』と言ってあげたい衝動に襲われた。
しかしそれは形式的な話であって、実の兄妹ではないからといって結婚できるとも言い切れない。
もしグレイにまったくその気がなく、完全にマリアのことを妹として見ている場合は、血が繋がってるとかいないとか関係なく結婚はできないのだ。
グレイはマリアのことをとても大切にしている。
しかしそれがどんな情なのかはエミリーにはわからない。グレイの無表情の顔からは、何もわからないのだ。
下手に期待させないほうがいいのかもしれない。
エミリーはどう答えていいのか迷い、エドワード王子を見送りに行ってしまったガイルが早く戻ってきますようにと祈っていた。