47 かわいそうな王子に同情する
「……マリア。エドワード殿下がお前に会いに来てくださったぞ」
「え? ……あっ。エドワード殿下……」
入口に立ったままでいるマリアにそう声をかけると、マリアは慌ててスカートの裾を持ち、膝を軽く曲げてペコッと小さくお辞儀をした。
随分とスムーズに美しいお辞儀ができるようになったな、とグレイは感心した。
日々のレッスンがしっかりと身についている証拠である。
対するエドワード王子は、マリアに対して何も返事をしていない。
しかし、それは王子が不躾な態度をとっているからではなく、緊張して何も言えなくなっているだけだと全員わかっていた。
「マリア、ここに座れ」
「はい」
グレイが自分の隣をポンポンと軽く叩くと、マリアは小走りにやってきてその場所にちょこんと座った。
マリアが来たことで、ピリピリしていた空気が穏やかなものに変わる。
グレイからは刺々しいオーラが消えて、エドワード王子からはなにやらほんわかとしたオーラが溢れてきている。
見守っているメイド達の表情からも不安の色は消えていた。
ただ1人この部屋の不思議な空気に戸惑っているマリアに対して、グレイは優しく質問をした。
「マリア、ダンスはだいぶ踊れるようになったか?」
「はい。セレモニーまでにはなんとか踊れそうです」
マリアが小さく両手でガッツポーズをしながら答える。
ダンスという言葉を聞いて、エドワード王子がピクッと反応した。
その王子の反応には気づかないフリをして、グレイは質問を続ける。
「そうか。では、そのセレモニーでマリアは誰とダンスを踊るんだ?」
「え?」
その質問がグレイの口から発せられた瞬間、ここにいる者全員が耳を傾けた。
和やかなムードが一転。今はまた先ほどとは違う緊張感が漂っている。
(マリア様はエドワード王子と答えるのか!? 答えないのか!?)
不謹慎ではあるが、誰もがマリアの答えに興味津々の様子だ。
全員の視線が自分に向けられていることに、マリアは気づいていない。
質問してきたグレイの顔をジッと真っ直ぐに見つめている。
グレイは普段通りのクールな表情のままマリアを見つめ返し、エドワード王子は期待に顔を輝かせながらマリアを凝視し、使用人達はどんな答えが出るのかとワクワクしながらその様子を眺めている。
マリアは少し考えたのち、頬を赤く染めモジモジしながら遠慮がちに言った。
「マリアは、お……お兄様と踊りたいけど、お兄様は……踊るのイヤですか?」
上目遣いにグレイを見つめるマリアの愛らしさに、メイド達はキュンと胸をときめかせる。
あんな顔で見つめられているというのに、なぜデレた顔にならず平常心でいられるのかとメイド達はグレイに尊敬の念を抱いた。
グレイは少しだけ口角を緩ませて笑うと、優しい声で答えた。
「嫌じゃない」
「……! よかった……!」
マリアがパァッと笑顔になる。
その可愛らしさに、またメイド達がメロメロになっている。
そしてすぐにハッとして、全員の視線がマリアからエドワード王子に移った。
エドワード王子はショックを受けた顔で呆然としている。
(エドワード王子……かわいそう!!)
そんな使用人達からの同情に、王子は気づいていない。
自分が選ばれて安心したものの、さすがにグレイも悲しそうな顔の王子には同情してしまった。
勝手に勘違いをしていたとはいえ、まだ7歳の少年には厳しい現実である。
まだまだ幼いエドワード王子の様子を見て、グレイは仕方ないかというような顔つきでマリアに付き添っていたエミリーに声をかけた。
「マリアの次のレッスンはなんだ?」
「えっ? ……あっあの、4時からウォーキングレッスンの予定です!」
エドワード王子に同情の視線を向けていたエミリーは、突然グレイに話しかけられたので焦りながら答えた。
「4時か……。あと2時間あるな」
「ダンスレッスンの後ですので、休息とティータイムを長めに取ってあります」
「なるほど。では、その時間エドワード殿下と一緒に過ごせるよう手配を頼んだぞ」
「はっ、はい!!」
いきなり王子のおもてなしを任されたエミリーは、顔を真っ青にしながら慌てて部屋から出て行った。
他のメイド達も焦ってエミリーのあとについていく。
きっと今頃厨房ではメイドとコック達が大慌てで準備に取り掛かっていることだろう。
グレイはすっかり意気消沈しているエドワード王子に、冷静に話しかけた。
「……ということですので、4時までですが構いませんか?」
「……あ、ああ」
先ほどまでのグレイに対する偉そうな態度はどこへやら。
今は、ショックでもあり……でもマリアとの時間を用意してもらったことへの嬉しさもありという、複雑そうな顔をしている。
エドワード殿下もレオと同じくらいわかりやすいな。
グレイはそう思わずにはいられなかった。
そして、そんな王子を不思議そうに見ているマリア。
まだこの部屋に来てから一度も王子と会話をしていない。
今までのやり取りも知らないマリアは、王子がなぜ少し不機嫌そうになっていたのかがわからなかった。
「では、俺は失礼させていただく」
そう言ってマリアの頭をポンと軽く撫でると、グレイは2人を振り返ることなく部屋から出て行った。
ガイルがあとをついて部屋を出てきたが、グレイは部屋に戻るようコソコソと指示を出す。
「あの2人の様子を見ていてくれ。……また王子がミアのキスでもしようとしたら、すぐに止めろよ」
そう命令すると、グレイはガイルに背を向け執務室に向かって歩き出す。
どこか寂しそうなグレイの背中を見送ったガイルは、マリアとエドワード王子のいる部屋へと戻っていった。