45 興奮した女達に引く少年グレイ
マリアが王宮へ行ったあと、正式に聖女が誕生したという事実が国中に伝えられ、街はお祭り騒ぎとなった。
今は誰もが口を開けば聖女の話題ばかりである。
自分の住んでいる国に数百年ぶりの聖女が誕生したと自慢する商人達。
興奮のあまり一目会わせて欲しいと懇願する聖女の研究者達。
王宮でマリアを見た貴族や使用人達から伝わる、聖女の美しさなどの噂話に夢中になる者達。
グレイが学園の図書館を訪れた時には聖女関連本の区画には誰もいなかったが、今では聖女に関する本は貸し出し禁止の本以外は全て貸し出されている。
本屋でも聖女に関する本は在庫がなくなるほどに売れ行きを増した。
聖女の瞳の色に合わせた黄金色のアクセサリーが令嬢の中で流行し、聖女の誕生を祝うセレモニーまでに仕上がるようにとのオーダーが後をたたない。
宝石商や職人達は徹夜で作業に取り組んでいた。
「聖女様にお会いしたい!!」
「一目でいいからそのお姿を拝見したい!!」
誰もが聖女誕生セレモニーを心待ちにしていた。
*
「やっぱり純白は譲れませんわよね! 聖女様のドレスといえば純白と書かれておりますし、マリア様の美しいお髪と美しい瞳を引き立たせるにも、絶対に純白ですわ!」
「そうですね! 王宮に行かれた日の純白のドレスも、それはそれはお似合いでとても美しかったです!」
「そうでしょう? 問題は、デザインなのよねぇ。ふわふわの可愛らしいプリンセスドレスにしようか、シンプルな品のあるドレスにしようか迷っているのです」
「それは迷いますね。どちらも素敵ではあると思いますが、セレモニーではどちらが……」
エミリーとデザイナーのルシアンが前回と同じようにキャッキャと盛り上がっている。
丁寧な口調とは裏腹に、目がギラギラと強く輝いている。
特に何かのカタログを見ているわけでもなく、2人とも頭の中でドレスを想像しながら話し合っているため、マリアは全く会話を理解できずにいた。
目をパチパチさせながらおとなしく2人の様子を見ている。
そして、この場でマリアと同じように全く会話を理解できずにいる者がいた。
……グレイである。
国中にマリアをお披露目するセレモニードレスということもあり、グレイの意見も取り入れたいと半ば無理矢理この場に参加させられているのである。
グレイは盛り上がりすぎているエミリーとルシアンに冷めた視線を向けながらも、黙ってマリアの部屋のソファに座って紅茶を飲んでいた。
ここに自分がいる意味があるのか? という疑問は考えないようにしている。
流れに任せようと思っていたグレイに向かって、少し興奮気味のルシアンが小走りで近寄ってきた。
手には分厚いカタログを持っている。
「グレイ様!! グレイ様はどちらがよろしいと思いますか? 華やかなドレスとシンプルで品のあるドレスと……」
華やかなドレスと品のあるドレスとは一体何がどう違うのだ?
そんなことを考えながら、ルシアンが差し出してきたカタログに目を通す。
そこにはリボンなどの飾りがたくさんついたヒラヒラふわふわのドレスと、飾りはほとんどついてないが形だけは少し凝ったようなデザインのドレスが載っていた。
……これはあまりにも極端じゃないか?
グレイは眉間に皺を寄せた。
幼いマリアにはふわふわのドレスのほうが似合うと思うが、飾りがたくさんついて鬱陶しいとも思ってしまう。
グレイは飾りが多すぎるドレスはあまり好きではなかった。
かと言って、もう一つのドレスはシンプルすぎる。
これではマリアの可愛さがあまり出せないのではないか。
グレイは睨みつけるようにカタログを見ている。
「……お気に召しませんか?」
ルシアンがソワソワしながらそう尋ねると、グレイは険しい顔をしたまま答えた。
「なぜこの二択なのだ? この間ではダメなのか?」
「この間になってしまうと、おそらく他のご令嬢達と似たようなデザインになってしまいます。聖女様として皆様の前にお顔を出すのであれば、やはり周りとは違ったドレスを着るべきだと思うんです」
「……それでこの極端な二択というわけか」
ルシアンの言うことには納得できる。
確かに飾りの量を抑えたら、それは一般的なドレスと変わりない。
「たくさん飾りをつけるといっても、全て純白で揃えますのでそこまで派手にはならないと思いますよ。可愛らしさを優先させるか、あえて飾りなしのデザインで勝負するか……ですわね!」
グレイ、ルシアン、エミリーの視線がマリアに注がれる。
突然3人から見つめられて、マリアは戸惑いながらもピシッと姿勢を正して3人を見つめ返した。
ルシアンとエミリーの顔がニヤ〜と怪しく笑う。
グレイは真剣な表情のままだ。
「こんなにお可愛いマリア様ですもの。やはりこの幼さを引き立てるためにも、ふわふわの華やかなドレスのほうが良さそうな気がしますわ」
「そうですわね〜。遠くからでもこの可愛らしさが伝わりますものねっ!」
「グレイ様はどう思われますか!?」
ニヤニヤ顔の女2人が、勢いよくマリアからグレイへと視線を変えた。
あまりの迫力にグレイの顔が引きつっている。
マリアもじーーっとグレイを見つめた。
「……ま、まぁカラフルで派手な色にならないのであれば、こっちの飾りの多いドレスでいいんじゃないか」
「そうですよね!!」
グレイの返事を聞いてルシアンとエミリーは大喜びしている。
どうやら2人とも最初からこちらのデザインのドレスを希望していたようだ。グレイの許可を得たことに安心している。
「決まったなら俺はもう不要だろう? 執務室へ戻るぞ」
「あっ。ありがとうございました、グレイ様!」
ルシアンとエミリーがペコッとお辞儀をした。
ソファから立ち上がったグレイは、マリアの頭を軽くポンと撫でてから、部屋を出て行く。
……これ、俺がいなくてもよかったんじゃないか?
そんなことを考えながら、グレイは執務室へと戻って行った。