44 マリアとレオの内緒話
「マリア〜久しぶり〜!」
「!」
マリアが自分の部屋でパンケーキを食べていると、レオがニコニコしながら部屋にやってきた。
久しぶりと言ってもたったの数日なのだが、マリアもなぜか久しく会っていなかったような感覚がしている。
レオの姿を見たマリアは、すぐにフォークを置きレオのところまでかけ寄っていった。
マリアにとってレオはグレイと同じくらい大切な家族のような存在であり、第2の兄である。『レオお兄様』と呼ぶことはグレイに禁止されていたけれど。
「レオ、来ていたの?」
「うん! グレイとマリアに会いにね!」
レオはにっこり笑いながらマリアをぐいっと持ち上げると、そのままクルクルと回った。
レオは細身だが騎士を目指しているだけあって腕力がある。
マリアが落ちるのではないかとエミリーは心配そうにその様子を眺めていたが、マリアが楽しそうに笑っているので口には出さないようにした。
マリアを下におろしたレオは、テーブルの上にあるパンケーキを見つけて目を輝かせた。
「パンケーキを食べていたの? 美味しそうだねっ」
「うん。とってもおいしいよ。レオも食べる?」
「いいの?」
「もちろん」
マリアはそう言うと、エミリーにレオの分も持ってきてほしいとお願いした。
エミリーはにこっと優しく微笑むと「かしこまりました」と言って部屋から出て行く。
空いているほうの椅子に座ったレオは、ニコニコと嬉しそうに笑いながらお腹をさすっている。
「よかった〜。さっき食べたクッキーは味がしなかったんだよね。グレイが怖くて!」
「怖い? お兄様、怒ってるの?」
「ん? んーー……怒ってる……のかなぁ?」
「?」
曖昧なレオの返答に、2人して不思議そうなキョトンとした顔になってしまう。
結局お兄様は怒ってるの? 怒ってないの?
グレイが怒っているかどうか考えていたマリアは、ハッ! と聞きたいことがあったのを思い出した。
扉をチラリと見てまだエミリーが来ないことを確認すると、小声でレオに話しかける。
「……あのね、レオに聞きたいことがあるの」
「……なに?」
誰もいないというのに、なぜかレオまで小声でコソコソと話している。
マリアは自分の左手をチラッと見てから、レオに質問をした。
「ミアのキス……って、なあに?」
「えっ!? ミアのキス!? だ、誰にされたの!? まさかグレイ!?」
レオは小声で話すのを忘れたのか、急に大声を出して慌てだした。
あまりのレオの慌てように、マリアも焦りながら答える。
「ち、ちがうよ! エドワード様にされたんだけど、お兄様もガイルさんもエミリーも誰も教えてくれなくて……」
それを聞いたレオは、何かを察したように「ああ……そういうことか」と呟いた。
そしてホッと安心したのもつかの間、レオは身体を前のめりにしてマリアに顔を近づけると、再度慌てだした。
「……って、ちょっと待って!! ミアのキスされたの!? エドワード王子に!? ま、まさか、グレイのいる前で……?」
「う、うん」
「ああーーーーーだからかぁーーーー」
レオは右手を自分の目元に当てて、顔を上に向けた。
椅子の背もたれに頭を乗せて、身体をだるーんと伸ばしている。
何かに呆れているようなレオの反応に、マリアは不安になった。
「……ダメなことだったの? お兄様もなんだか怒っているみたいだったし、ミアのキスのこと教えてくれないし、マリア……お兄様に嫌われちゃったのかな……?」
黄金色の瞳が涙目になってさらにキラキラと光っている。
初めてマリアの涙を見たレオは、慌ててマリアの肩を優しく掴んだ。
「そんなわけないじゃん!! グレイはマリアのこと嫌いになったりなんかしないよ! 絶対!!」
「でも……」
「グレイが怒っているように見えるなら、それはマリアに対してじゃなくてエドワード王子に対してだと思うし……」
「……なんで?」
涙目のマリアに見つめられて、レオは本当のことを答えていいのか迷った。
ガイルやエミリーが教えてくれないということは、グレイが口止めしているということになる。それを自分が教えてしまっていいのかと、レオは悩んだ。
ううーーーーん。
どうしよう。マリアに教えたら、グレイ怒るよなぁ?
でも、マリアがこんなに不安になってるなら教えてあげないと可哀想だし……。どうしよう。
ずっと難しい顔をして悩んでいるレオを見て、マリアはうつむきながら小さな声で言った。
「レオも言えないよね。ごめんね」
「……っ!!」
健気なマリアの様子に、レオの罪悪感が爆発した。
覚悟を決めたレオは、先ほどのマリアのように扉を確認してから小さな声で話しはじめる。
「ミアのキスっていうのはね、婚約者……恋人や大事な人にしかやらないことなんだ」
「恋人か大事な人……」
「男は相手の左手に、女は相手の左頬にキスすることをミアのキスって言って、その意味は……その……『あなたは私のもの』っていう意味なんだ」
「あなたは私のもの?」
「そう」
マリアの目からはもう涙はひいたが、黄金の瞳は変わらず輝いていてとても綺麗だ。
その瞳でレオを見つめながら、マリアはポカンとした顔になる。
「マリアはエドワード王子のものじゃないのに、なんでだろう?」
「うん……。まぁ、だからグレイが怒ってるっていうか……」
レオは気まずそうな顔で斜め上あたりに視線を向けている。
これ以上余計なことを言わないように、できるだけマリアの瞳を見ないようにしているのだ。
マリアは、ミアのキスの意味を知れたというのに余計に謎が深まった気がした。
「いい? マリア。俺がミアのキスの意味を教えたって、グレイには内緒だよ?」
「うん、わかった」
顔を近づけてコソコソ話していると、レオのパンケーキを持ったエミリーが戻ってきた。
2人は何事もなかったかのように椅子に座り直し、その後は美味しいティータイムを楽しむことにした。