43 魔王降臨
「簡潔に言うと、処罰はまだ決まっていない。あの女もキーズもな」
「そうなんだ。じゃあなんで会わせてもらえなかったの? せっかく王宮に行ったのに」
レオの質問に、グレイは不機嫌そうに目を細めた。
それではまるでグレイが母に会いたがっているような言い方である。
イザベラと会えなくて残念などという気持ちはグレイには微塵もない。
少しイラッとしたグレイは、机に中指をトントンと強く当てながら話を続けた。
「今はあの2人には面会禁止令が出されている。ゴミ掃除の対象者が全員わかるまでは、たとえ家族だろうが会わせないんだとさ」
「ゴミ掃除の対象者……って何それ?」
「マリアの治癒を受けて、長年王宮に隠していた貴族達のことさ」
グレイがニヤリと笑いながら答える。
13歳とは思えないブラックな悪人顔に、レオは背筋がゾッとした。
「コイツらも聖女隠蔽の共犯だからな。2人が捕まった日の夜、ご丁寧にガイルが顧客名簿を騎士団長に渡していたらしいから、あとはそれ以外の者がいないかどうかの聴取が行われているそうだ」
「あの夜にそんなことまでしてたんだ。さすがガイルだね……」
「どうやら聖女隠蔽以外にも色々やらかしている奴ららしいからな。そのうち一掃されるだろ」
「でもさ、隠蔽って意味では、俺達もすぐに報告しなかったから同罪なんじゃ……」
ソファに置いてあったクッションをぎゅっと抱きしめながら、レオが怯えたようにボソッと言った。
心配そうな顔でグレイをじっと見つめている。
グレイはしばらくレオの目を見つめ返していたが、ふいっと目をそらして静かな声で答えた。
「それならお前よりも長く隠していた俺のがもっと重罪だな」
マリアとはレオよりも早く会っていたというのに、レオに言われるまでマリアを解放してあげようなどという考えは浮かばなかった。
グレイはそんな自分を少なからず責め続けている。
もっと早く解放してあげれたというのに。なぜ俺はすぐに助けなかったんだ……。
無表情ではあるが、グレイが後悔しているのだとレオは気づいた。
グレイが自分を責めている姿なんて、一体いつ以来だろう!? とレオはもの珍しい目でグレイを見つめる。
こんな姿を見るたびに、昔の明るかったグレイに戻ったみたいでレオは嬉しく思った。
「で、でも俺達ちゃんとマリアを救ったもんね! 助けるのが遅くなっちゃったことは、今さら後悔したって変えられないんだから仕方ないし!」
自分自身に言い聞かせるように、そしてグレイを励ますようにレオがそう明るくフォローすると、グレイがチラ……とレオを横目で見てきた。
レオは無意識にソファから立ち上がっていて、ガッツポーズをしながら熱く語っている。
「早く助けてあげられなかった分、これからいっぱい大事にしてあげればいいんだよ!! ねっ!?」
グレイの暗くなっていた碧い瞳が明るくなっていく。
『これからいっぱい大事にしてあげればいい』という言葉に、グレイは心の迷いが消えた気がした。
「……そうだな」
めずらしく素直に賛同してくれたグレイに、レオはにっこりと満面の笑顔を見せる。
いつの間にか床に落としていたクッションを拾い、またソファに腰かけたレオはふとある噂話を思い出した。
「そういえばさ、今街でも学園でも聖女の話で持ちきりなんだけど……マリアが第2王子のエドワード殿下と婚約するって本当なの?」
テーブルの上に用意されたクッキーを口に運びながら軽くその話題を出したレオは、グレイの鬼のような形相を見て全身が震え上がった。
先ほどまでのちょっと素直なグレイはどこへやら。
今は、誰か獲物を探すため地上に降り立った魔王のような顔をしている。
「……誰がそんな噂話を広めてやがる……?」
魔王の低く圧の凄い声に、レオは「ごっごめんなさ……」と条件反射で謝ってしまった。
まるでゴゴゴゴゴ……という地鳴りが聞こえてきそうな雰囲気である。
レオはソファの上で膝を抱えて丸くなり、ガタガタと震えている。
「陛下からそんな話は出たが、キッパリと断った。マリアもエドワード殿下本人に向かってハッキリと『結婚しません』と言っている。ふざけたことを言う奴がいたら、きちんと訂正しておけ。いいな?」
「わわわわわかったよ……!!」
魔王モードから抜けないグレイは、その迫力のまま書類の確認を始めた。
ペラペラと丁寧に紙をめくっていた手は、バリッ! グシャ! と乱暴になっている。
ボロボロになった書類の紙を見て、レオは心の中で『ガイル、ごめんね……』と謝っていた。
鬼気迫る勢いで仕事をしているグレイに気づかれないように、そっと執務室から抜け出したレオはふぅーと安堵の息をもらす。
念の為近くを通ったメイドに「しばらくグレイに近づいちゃいけないよ」とだけ伝えておくことにした。
「あーー怖かった! ……さて。せっかく来たんだし、マリアに会ってから帰ろっと」
そう独り言を呟くと、レオはマリアの部屋を目指して歩き出した。