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42 憎めない幼なじみ


「えっ!? じゃあ、王宮まで行ったのにお母さんには会わなかったの!?」



 呼んだ覚えも招き入れた覚えもない客──レオを、グレイはジロッと睨みつけた。


 レオはメイドに淹れてもらった紅茶を飲みながら、優雅に執務室のソファでくつろいでいる。

 学園の帰りに寄ったのか、レオは紺色の制服姿だ。



「なんでお前がここにいるんだ」


「だってグレイってば最近全然学園に来ないんだもん! ここに来なきゃ会えないじゃないか!」


「別に会わなくていいだろ」


「久しぶりだっていうのに、相変わらずひどいっ!! 俺の扱い、雑!!」


「うるさい」



 グレイはブーブー文句を言うレオから視線を外し、目の前の書類に目を通しながら切り捨てるように言った。


 書類といっても、まだグレイは帳簿の計算や使用人の給金の計算など細かいことはできない。

 ガイルが算出してくれたものを確認してサインをするだけだ。


 それでも少しでも内容を把握できるよう、グレイは自分自身でも計算してみたりして日々伯爵家当主としての勉強をしているのである。



「家の勉強も大事かもしれないけど、あんまり休んでると卒業できないぞ!」



 構ってもらえなくてつまらなそうなレオが、口を尖らせながら話しかけてくる。

 そのセリフを聞いて、グレイは「あっ」と言うなり突然顔を上げた。


 そして顎に手を当てて、何かを考えた様子でチラリとレオに視線を向ける。

 レオは「ん?」と不思議そうな顔でグレイを見ていた。




 ……そういえば、コイツに言ってなかったな。




「俺、もう高等部を卒業したぞ」


「ぶふっ!!!」



 レオは飲んでいた紅茶を派手に吹き出した。

 ソファの前に置いてあるテーブルが紅茶でベタベタになっているのを、グレイは冷ややかな目で見つめている。

 書類のたくさん置いてある俺の机の前でなくてよかった、と安堵していた。


 口の周りがベタベタに汚れたレオは、そんな自分の状態などお構いなしにバッと勢いよくソファから立ち上がった。

 アゴからは紅茶がポタポタと垂れている。



「そ、そ、卒業したってどういうこと!? しかも今、高等部を……って言った!? 俺たちはまだ中等部だろ!?」


「まず顔を拭け。あの学校は、進級試験を受けて合格すれば自分の年齢以上の学年にいける。知ってるだろ?」



 レオは制服のポケットから取り出したハンカチで顔を拭きながら、興奮した状態で質問を続けてくる。



「特別進学制度のこと!? でもあれは、学年で成績1番の生徒でも合格できるかわからないくらいの難易度の高さだぞ!?」


「そうか? 簡単だったぞ」



 しれっと当たり前のように答えるグレイを見て、レオの顔色がどんどん青くなっていく。

 手に持っていたハンカチが、ポロッと床に落ちた。



「ま……まさか……。その進級試験を受けて合格したのか? 中等部だけじゃなくて、高等部の試験も!?」


「ああ」



 グレイの碧い瞳にやましい色はない。

 真っ直ぐ綺麗なその瞳に、ウソや冗談の色もない。

 レオは魚のように口をパクパクさせて驚いている。開いた口が塞がらないといった様子だ。



「マリアもいるし、学園に行ってる時間が煩わしかったからな。卒業して伯爵家当主としての仕事を本格的にやってるほうがまだおもしろ……」



 グレイがそう話していると、突然レオがガクッと膝を折って床に四つん這いになった。

 いきなりレオが倒れ込んだので驚いたが、グレイは改めてレオの膝の完治を目の当たりにした気がした。



「え? グレイが頭いいのは知ってたけど、そんなに良かったのか? 高等部なんて、普通に卒業するのだって大変なのに……。合格? 13歳で卒業? ウソだろ……」



 レオは床に向かってブツブツ言っている。

 グレイは「はぁー……」と呆れたため息をつくと、ペンを置いてレオに向き直った。

 そして少し不機嫌そうな声で話しかける。



「なんだ? 俺が卒業したのがそんなに気に入らないのか? 昔から家ではやることがなかったから、高等部の勉強も独学で終わらせてただけだ」


「そんなこと、俺知らなかった……」


「は?」


「グレイのことなら俺はなんでも知ってると思ってたのに! 家のことならともかく、学校でのグレイのことで俺が知らないことがあったなんて!!」



 レオはガバッと顔を上げると、幼い子どものように涙目でキャンキャン喚いている。

 予想に反するレオの言葉に、グレイの顔が引きつった。心底軽蔑した目でレオを見つめる。



「お前、気持ち悪いな」


「ひどいっ!!」



 グレイは時間を無駄にしたとばかりにペンを手に持ち、また視線をレオから手元の書類へと移した。


 あっさりと興味をなくされたレオは、ペラペラと書類をめくっているグレイをキッと睨みつける。

 そして捨て台詞を吐きながら扉に向かって走りだした。



「もういいよ! 俺、マリアのとこ行ってくるからね!」


「勉強中だから邪魔するなよ」



 ふんっ! とグレイの言葉を無視したレオは、バタンと大きな音をたてて執務室から出ていった。

 7歳のマリアよりも子どものようなレオに、呆れてものも言えない。


 そんなレオを追いかけることも気にすることもなくグレイが仕事を続けていると、今度は静かにカチャ……と扉が開く音が聞こえた。

 少しだけ開かれた扉の隙間から覗いているのは、先ほど怒りながら出て行ったはずのレオである。



「…………」



 グレイが気づかないフリして声をかけずにいると、レオが照れくさそうに笑いながら話しかけてきた。



「え……っと。そういえば、グレイのお母さんの話が途中だったね、えへ」



 レオはするりと執務室に滑り込むなり、先ほど座っていたソファにちょこんと座って姿勢を正す。

 そして何事もなかったかのように真面目な顔に戻ると、真剣な目でグレイを真っ直ぐに見つめてきた。



「それで!? なんで王宮まで行ったのにお母さんに会わなかったの? 処罰とかはどうなったの?」




 ……コイツ、変わり身が早すぎだろ。




 グレイはレオに冷たい視線を浴びせながらも、また机にペンを置いて話し始めた。


 レオは時々突拍子もないことをするが、グレイはそんなレオの自由なところは嫌いではなかった。


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