37 聖女の力、お披露目
国王はしばらく無言のままマリアを見つめていたかと思うと、ここにいる誰もが期待していた言葉を発した。
「聖女の力を……見せてもらうことは可能か?」
この言葉に、横に並んでいる貴族達がざわめき出した。
王妃も王子達も興味をそそられるような顔でマリアに注目している。
こう言われるであろうことはわかっていたため、マリアは迷わず返事をした。
「はい。できます、陛下」
「そうか。では……」
マリアの返事を聞くなり、国王は入口に立っている執事に目配せをした。
軽く頭を下げた執事はその場を離れ、すぐに1人の騎士を連れて戻ってきた。
おそらくすでに待機させていたのであろう。
「この者は以前、猛獣との戦いで腕をなくしてしまったのだ」
国王がそう呟くように言うと、騎士は袖だけがペラペラと揺れている左腕を前に差し出した。
肘から先がない。
「この者の腕を元に戻せるか?」
少し悲しそうな顔でそう優しく尋ねてきた国王に向かって、マリアは「はい」と答えた。
騎士の瞳が期待と疑いの色で不安そうに揺れている。
トコトコ……と騎士に近づくマリア。
スッと両手を前に出し、騎士の左腕を見つめた。
国王や王妃、王子達、そして貴族達が固唾を飲んでその2人に注目している。
しーーんと静まり返った王座の間。
その時、マリアの黄金の瞳がさらに輝きを増してキラキラと光を放つ。
両手からは黄金の光が溢れ出し、騎士の左腕のあたりを覆っている。
「……っ!!」
「おお……っ!」
皆、息をのんだり小さな歓声を上げたりと、その光に釘付けになっていた。
マリアと同じ年だと言っていたエドワード王子は、椅子から立ち上がっている。
ぱっちりとした目や口を大きく開けて、その光景を眺めていた。
だんだん黄金の光が小さくなりふっと消えると、周りからは「ほぅ……」っと艶やかなため息が漏れた。
まるで感動的な舞台でも観ていたかのような反応である。
マリアが腕を下ろすと、全員の視線がマリアから騎士の腕に移った。
騎士は先ほどまでなかったはずの左腕を上に掲げ、泣きそうな顔でその腕を見つめている。
「おおおっ!! 腕が……!!」
「なんと……!!」
周りから大きな歓声が上がる。
拍手をしている貴族もいるようだ。
騎士はマリアの前に膝をつくと、頭を下げながら感謝の気持ちを伝えた。
「聖女様。お礼の申し上げようもございません。今後はこの命、聖女様のために……」
騎士からの誓いの言葉を聞いて、マリアは少し焦りながらグレイを振り返った。
『その言葉を受け取ってやれ』という意思を込めて、グレイはコクッと軽く頷く。
誰もが誇らしそうな顔でマリアと騎士の姿を見つめていると、国王が拍手をしながら笑顔で言った。
「見事だ。聖女、マリア様。これにて正式にあなたを我が国の聖女として認めましょう。聖女という称号は大公家と同じ扱いになる。ここにいるほとんどの者よりもあなたの方が地位が上だ」
「?」
称号だの大公家だの地位だの言われてもマリアにはなんのことだか全くわからなかった。
しかしグレイが小さくニコッと笑っていたので、マリアは嬉しいことなのだと理解した。
「ありがとうございます」
マリアから感謝の礼をされた国王は、チラリとグレイを見た後にわざとらしいくらいの笑みを浮かべながら1つの提案をした。
「ところで……聖女の称号を持った者であれば、特別に王宮で暮らすことが可能だ。どうだ? 王宮で暮らす気はないかな?」
「!!」
手紙に書かれていたのでこの話が出るとは予想していたが、思っていたより早かったな……とグレイは思った。
期待を込めた目でマリアを見つめている貴族達や王子にもイライラしてしまう。
グレイはまだ国王に話しかけて良いという許可を得ていない。
この質問はマリアに向けられたものなので、マリアしか答えることができない。
もちろんマリアの答えは決まっていた。
「わたしはお兄様と一緒がいいので今の家で暮らしていきます」
「王宮ならば贅沢な生活ができるぞ」
「今も十分贅沢させてもらっています」
「聖女として呼び出すたび……わざわざ馬車で来るのは大変だろう?」
「馬車はとても楽しかったのでもっと乗りたいくらいです」
「……本当にいいのか? 聖女ともなれば狙われるようになるかもしれないぞ? 王宮の騎士達に守ってもらわなくていいのか?」
「ガイルさんがいるから大丈夫ですっ」
「ガイル?」
グレイは思わず噴き出してしまいそうになるのをなんとか耐えた。
確かにガイル1人で普通の騎士数人分くらいは役に立つだろう。
全く意見を変えそうにないマリアの様子を見て、国王も諦めたようにため息をついた。
「そんなにヴィリアー伯爵家が良いのであれば仕方ないだろう。だが、聖女は我が国の希望だ。王宮騎士団から1つの部隊をヴィリアー伯爵家に送らせてもらう。構わないな?」
最後にグレイを見てそう言ったので、グレイは「もちろんです。感謝いたします」とだけ答えた。
王宮の騎士団が家の周りをうろつくなんてグレイにとってはあまり喜ばしいことではないが、マリアを守る為には受け入れるしかないのである。
それにしても、思っていたよりもあっさりとマリアを王宮に迎えることを諦めたな……。
そうグレイが呆気に取られていると、国王は引き続きグレイに向かって話を続けてきた。
「聖女がこの時代にこの国に生まれたことを祝しての大きな催しも今考えている。それには是非とも参加してもらいたい」
「はい」
「パレードや王宮でのパーティーなどを予定しているが、決まり次第連絡しよう」
「はい」
「それから我が息子の第2王子エドワードの婚約者に、聖女……マリア様をと考えている」
「はぃ…………は?」
思いも寄らない突然の言葉に、グレイは思わず国王に向かって素の返事をしてしまった。
今思いついたのか1人で勝手に考えていたのか、王妃や王子も驚いて「えっ」と声を出している。
王妃はとても嬉しそうに喜び、エドワード王子は顔を真っ赤にして国王とマリアを交互に見ている。
婚約者という言葉を知らないマリアは、一気に機嫌の悪くなったグレイを不思議そうに見つめていた。