35 聖女の正装姿が可愛い件
その日、マリアは朝早くに起こされた。
なぜか起きてすぐに風呂に入れられる。
何種類かの花びらが浮かぶ湯船はとてもいい香りが漂っていて、マリアの身体にその香りを染み込ませているようであった。
食事は軽く自室で済ませ、エミリーだけでなく数人のメイドに囲まれて髪やら肌やらをいじられている。
普段の髪飾りはリボンが多かったが、今ドレッサーの前に並べられている髪飾りは全てキラキラと輝く宝石がついた高級そうな物ばかりだ。
もしかして、マリアがこれをつけるの?
初めて見るドレス用のアクセサリーに、マリアは胸を高鳴らせていた。
メイド達はマリアの長い髪の毛を綺麗に編み込みながらまとめていく。
所々に小さな生花を差し込んでいるので、髪がとても華やかになっている。
「さぁ、マリア様。こちらへどうぞ」
エミリーに手を引かれた先には、眩いほど美しい純白のドレスが飾ってあった。
ボディス部分は全てレースで覆われていて、細かいダイヤの宝石が飾られている。
膝下丈のスカートは、薄いシフォンやレース生地が何枚も重ね合わせてあり、ボリュームがあるわりに品が良く見える。
横にはその下に履くであろうレースのタイツと真っ白の靴が用意されていた。
「マリア様はまだ長いスカートでは不便だと思いますので……と、ルシアン様が考案してくださいました」
エミリーがにこやかに報告してくれる。
マリアはスカートの丈が床についていない事に安堵していた。
慣れないドレス姿では、綺麗な姿勢を保つどころかまともに歩くことすら難しかったのだ。
ルシアンの心遣いが嬉しい。
マリアはメイド達に手伝ってもらいながら、美しいドレスに袖を通した。
「わああああ。マ、マリア様あああ」
「神々しい……。これはもう天使様では……!?」
「こんなに可愛いお方は今まで見た事がありませんっ!!」
全ての支度が整ったマリアの姿を見て、メイド達が感動して泣き出している。
鏡で自分の姿を見たマリア自身も驚いていた。
わあ……!
エミリーに読んでもらった本のお姫様みたい……!
自分がキラキラと輝いて見えるのは、ドレスや髪飾りについた宝石のおかげかな?
マリアがそんなことを考えていると、部屋の扉をノックされた。
コンコンコン
「マリア、俺だ。開けていいか?」
「は、はい!」
マリアが返事をすると、メイド達は皆ピシッとして姿勢良く壁際に並んだ。
いつもは冷たい主人の登場に怯えるところだが、これだけ可愛いマリアの姿を見たグレイがどんな反応をするのかと皆ワクワクする気持ちを隠しきれていない。
「準備は終わっ……」
部屋に入ってきたグレイは、マリアを一目見るなりピタリと足を止めた。
グレイの後ろから部屋に入ってきたガイルが「ほぉ〜」と感心したような声を出す。
メイド達はニヤニヤしたい気持ちを必死に抑え、真顔でいるように努めている。
だがそんなことをしなくても、グレイの目にはメイドの様子など全く目に入ってはいなかった。
グレイはゆっくりマリアに近づくと、マリアの目線に合わせて腰を下ろした。
マリアの黄金の瞳とグレイの碧い瞳が間近でジッと見つめ合う。
「まぁ……」
その美しい少女と少年の姿に、見ていたメイド達からはうっとりとした声が上がった。
王宮に行くためにグレイも正装しているため、余計にその光景は目を奪われるほどの美しさであった。
「……マリア。よく似合ってるぞ」
「……えへへ」
基本無表情な2人が、満面の……とまではいかないが微笑んでいる。
(なんと麗しい……!!)
(誰か……!! 今すぐこのお2人の絵を描いてくださいませ……!!)
(この美しさを永遠に残したい……!!)
メイド達が目に涙を溜めながらそんなことを考えているとは、グレイもマリアも気づいてはいなかった。
「お兄様もとっても素敵です」
「……そうか」
グレイはふっと笑いながら立ち上がり、マリアに手を差し出した。
マリアは差し出されたグレイの手を見た後に、チラッとグレイの顔を見る。
そしてグレイがコクンと頷くのを確認してから、その手に自分の手を重ねた。
「では、行くぞ」
「はい」
2人は外に出ると、用意してあったヴィリアー伯爵家の家紋が入った馬車に乗り込んだ。
普段はガイルと数人の使用人しか見送りに来ないというのに、ヴィリアー伯爵家で働いている使用人全員が外に集まっていた。
調理場の料理人たちや庭師などまで集まっている。
「おお。さすが、うちの聖女様……マリア様の美しさは世界一だな」
「こんなに可愛らしいマリア様を見たら、王宮の人たちも大層驚くでしょうな」
「そんなの当たり前です。マリア様の美しさに見惚れない方などおりません」
全員がマリアを見て褒め称えている。
すっかり『うちの』なんて言っていることに、グレイはつい笑いそうになってしまった。
以前は使用人たちの会話など聞こえてきたら、鬱陶しいと思っていたはずなのに……と、グレイは自分自身の心の変化に驚いていた。
「マリア。皆に挨拶をしてやれ」
「……! はい」
マリアが馬車から顔を出して「行ってきます」と挨拶をすると、馬車はゆっくりと動き出し王宮に向かって出発した。