32 可愛いマリアのために張りきる使用人達
「……これは一体どういうことだ?」
食堂に入ったグレイは、ご馳走の並ぶ長いテーブルの上を見て思わずつぶやいた。
マリアのために料理長が腕を振るっている……という話は聞いていたし、たくさんの料理を用意していることには文句はない。
グレイが引っかかっているのは、それ以外の部分である。
暗い色のインテリアが多いヴィリアー家に似つかわしくない、ピンク・黄色の明るい花がテーブルの上を華やかに飾っている。
マリア用に用意された椅子の上には、こちらも今までこの家で見たこともないような花柄のクッションが置かれていた。
並んでいる料理だって、いつもよりも色とりどりだ。
……ここは一体どこだ?
グレイがそう思ってしまうほど、食堂は明るく華やかな部屋へと変わっていた。
マリアの登場に、屋敷中が盛り上がっているのがよーーく伝わってくる。
「わあ! なんか可愛い感じの部屋になったね! マリアが喜ぶんじゃない?」
「……こんなので喜ぶのか?」
「そりゃそうでしょ! マリアだって女の子なんだから」
「そうか……」
レオが当然のように話すのを、ガイルがうんうんと頷いている。
グレイには到底理解できなかった。
花が飾ってあっても邪魔なだけではないか?
明るくて目がチカチカしないか?
可愛い? これでマリアが本当に喜ぶのか?
レオがいなかったなら、邪魔な花をどけろと言ってしまっていたかもしれない。
理解はできないが、マリアが喜ぶ可能性があるのなら……とグレイは花を処分せずにそのまま飾ることにした。
「この花も、メイドが朝1番で庭師から受け取ったものでございます」
ガイルが誇らしそうにそう言ったが、グレイはなんと返していいのかわからなかったため聞こえないフリをした。
マリアの席は、グレイの席の隣に設置してある。
グレイが迷わずに自分の席に着くと、レオが恨めしそうな声を上げた。
「いいな〜! 俺もマリアの隣に座りたいよ」
「お前は今すぐ家に帰ってもいいんだぞ?」
「なんだよ〜! 今日は学校も休みなんだし、まだいてもいいだろ!」
そんな会話をしていると、エミリーがやってきた。
「マリア様をお連れいたしました」
その声に、グレイとレオの視線が入り口に注がれた。
食堂の中にいた使用人達も、みんなが一斉に手を止めて振り返っている。
「!!」
入口にちょこんと立っているマリア。
綺麗な服を着て、髪も整えてもらっている。身動きせずに佇む姿は、まるで本物の人形のようだ。
聖女の力が出ているわけではないのに、キラキラと輝いている。
「わああ!! マリア……すごく可愛い!!」
レオが大きな声を出しながら立ち上がった。
部屋の周りにいる使用人達も、皆「なんて可愛いらしい!」「お人形のようだわ!」と口々にマリアを褒めている声が聞こえる。
そんな中、マリアがちょこちょこと歩きながらグレイの隣にやってくる。
グレイだけが何も言わなかったからか、不安そうな顔で見上げてきた。
「お兄様……変ですか?」
「……変ではない」
俺の妹であるマリアが着飾ったというのに、変なわけがないだろう。
そう思いそのまま答えたのだが、なぜだかレオとガイルから不満そうな視線が向けられている。
ジトーーッと見つめるその目には、グレイに何かを求めている感情がうかがえる。
なんだ? 今の受け答えが不満なのか?
グレイも納得いかない顔でレオに視線を送ると、レオの口がパクパクと動いて何かを伝えようとしてきた。
か・わ・い・い?
かわいい? 可愛い? 可愛いと言えってことか?
……俺が?
しかめっ面をしたグレイを見て自分の言葉が伝わったと確信したのか、レオはうんうんと頷きだした。
チラリとガイルに視線を向けると、ガイルも同じようにうんうん頷いている。
グレイは視線をマリアに戻した。
変ではないと言われて嬉しそうにこちらを見ている。
マリアは十分嬉しそうじゃないか。
わざわざその言葉を言わなくてもいいだろ。
「……マリア。ここに座れ」
「はい」
隣の椅子をポンと叩くと、エミリーがさっとやってきて椅子を後ろに引いた。
マリアが1人で座るには少し高く、エミリーに身体を支えてもらいながらなんとか座ることができていた。
誰もが一生懸命椅子に座ろうとしているマリアを温かい目で見守っていたが、レオとガイルだけはまだジトーーッとした目つきでグレイを見つめている。
……うざったいな。
「ほら、食べるぞ」
グレイは2人からの鬱陶しい視線に気づかないフリをして、食事を始めることにした。
レオは不満顔をしていたが、マリアの前だからか文句は言ってこなかった。
「こちらは人参のポタージュでございます」
気づけば普段なら顔を出さない料理長が、わざわざマリアの隣に立ち料理の説明をしている。
チラチラとマリアの様子をうかがっているので、料理がマリアの口に合うのか気になっているらしい。
体格のいい大男である料理長が小さなマリアを気遣っているのが微笑ましいらしく、その様子を見ていたレオやメイド達がクスクス笑っている。
「いただきます」
みんなから注目されていることに気づいていないマリアは、目の前に出されたポタージュをゆっくり口に運んだ。
料理長が緊張した顔で見守っていると、無表情なマリアの顔が一瞬でパァッと輝いた。
美味しいと感じているのが伝わってくる。
「……美味しいか?」
「はい。とっても美味しいです」
マリアの言葉を聞くなり、料理長は「ありがとうございますー……」と言いながら泣き出したので、グレイはギョッとした。
「なんだ、いきなり。どうしたんだ……?」
「え? え?」
グレイだけでなくお礼を言われたマリアも戸惑っていた。
「す、すみません。嬉しくて思わず……!」
この屋敷で長く働いている料理長だが、ヴィリアー伯爵家の家族は今まで誰1人として彼に「美味しい」と言ったことがなかった。
その彼にとって、マリアの言葉はとても嬉しかったのである。
元々涙脆い男なのか、この場にいる使用人たちはみんな驚いた様子もなくもらい泣きしている者までいる。
「良かったですね! 料理長……!」
「ああ……!」
感動的なシーンに、なぜかレオまで「良かったね、良かったね……」と言いながら目に涙を浮かべていた。
な、なんだこの変な空気は……。
今まで感じたことのない和やかな空気に、グレイは居心地の悪いようなくすぐったいような、不思議な感覚に襲われていた。
食事が終わったあとに、ガイルが今日の確認をしてくる。
「グレイ様、本日はどうなされますか?」
「伯爵家の経営状況や管理情報を教えてくれ。俺もこれからは少しずつ当主の仕事を行う」
「かしこまりました」
「それから……ドレスや子ども服を得意としたデザイナーを呼べ。マリアに合った服を作らせろ。王宮に呼ばれた時のために、聖女としての衣装もいくつか作らせろ」
「かしこまりました。デザインは拝見されますか?」
「いや。マリアとエミリーに任せる」
グレイとガイルの会話を聞いていたエミリーやメイド達が、わぁっと小さく歓声を上げた。
目がキラキラと輝いて、やる気に満ちているのが見てわかる。
自分の家の使用人はこんなに明るい表情をするのかと、グレイは初めて知った。
「わぁ〜〜何だか楽しそうだねぇ。俺、今日もここに泊めてもらおうかなぁ〜」
「お前は食事が済んだなら帰れ」
「ひどいっ」
いつものようにレオをあしらうと、グレイは席を立った。
デザートのフルーツを食べていたマリアが慌てて見上げてきたので、グレイは静かに声をかける。
「まだ食べていていい。俺は先に部屋に戻るだけだ。やらなければならないことがたくさんあるからな。……エミリー、あとは頼んだぞ」
「は、はいっ! グレイ様!」
急に声をかけられたエミリーが一瞬にして背筋を伸ばして大きな声で返事をした。
グレイがわざわざ使用人に声をかけている姿を見て、周りからは驚きの視線が集まっている。
なんとなく気まずい気持ちになりながら、グレイはガイルと共に部屋から出て行った。




