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31 初めての入浴とお洒落


「ではこちらへどうぞ。マリア様」



 エミリーというメイドに案内され、マリアは浴室に足を踏み入れた。

 1人では心細かったためグレイに一緒に来てほしかったが、キッパリと断られてしまった。


 俺は一緒に行くことはできないと言っていたけれど、お風呂とは一体どんな場所なのだろうか。

 マリアは不安になりながら、エミリーのあとについて歩いた。



「ではお洋服を脱がせていただきますね」



 エミリーの言葉はマリアには届いていなかった。

 初めて見た浴槽に、目を奪われていたからである。




 お……お水がこんなにたくさん入ってる!

 これ、全部飲まなきゃいけないのかな? マリア、できるかな?




「マリア様?」



 マリアが何も答えないため、エミリーが不思議そうに顔を覗き込んでくる。

 正直に言っていいのか迷いつつ、マリアは遠慮がちに不安を打ち明けた。



「あの、マリア、こんなにお水飲めないかも……」



 半泣き状態のマリアを見て、エミリーは目を丸くした。

 余計なことを言ってしまったのかと思った時、エミリーはニコッと優しく微笑んだ。



「これは飲水ではありませんよ。さわってみてください。温かくて、気持ちいいですよ」


「…………本当だ。温かい」



 マリアは言われるまま、手を湯船の中に入れた。

 温かい水。だんだんと身体がほかほかしてくる。


 突然立ち上がったエミリーは、赤い花びらを持ってくるなりふわっと湯船に入れた。

 花びらが湯船に浮かび、ふんわりと花のいい香りが漂ってくる。



「……いい匂い」


「今から、マリア様はこの中に入るのですよ。全身入れると、もっともっと気持ちいいんです」




 お水の中に入る?




 お風呂の存在すら知らなかったマリアにとって、水の中に身体を入れるという発想はなかった。

 驚いたが、笑顔のエミリーを見ていると全てお任せしてみようという気持ちになる。


 エミリーに服を脱がせてもらい、身体を支えてもらいながらマリアは人生初めての湯船に浸かった。


 ブワッと足の先から温かさが巡っていく。

 身体がぽかぽかして、とても気持ちいい。マリアは初めての感覚に心が震えた。

 髪の毛や身体を洗ってもらうのも、腕や足をマッサージされるのも、どれもこれも至福のひと時であった。



「温かくて、気持ちいい……」



 マリアがぽそっとそう言うと、エミリーは嬉しそうににっこりと微笑んだ。

 

 夢心地のままバスローブを着て部屋に戻ると、もうグレイもガイルもいなくなっていた。

 その代わり、エミリーと同じ制服を着たメイドが1人立っている。


 少しふっくらとしたそのメイドは、マリアを見るなり笑顔で挨拶をしてきた。



「マリア様、はじめまして。私はメイド長のモリーと申します。エミリーの母です。よろしくお願いしますね」


「よろしくお願いします……」


「まあまあ〜! なんて可愛らしいのかしら〜!」



 モリーは頬を赤らめて、何やら興奮しているようだ。

 気づけば、モリーの後ろには数着のワンピースが飾られている。さっきまでこの部屋にはなかった物だ。


 エミリーがピンク色と薄いブルーのワンピースを持って、目を輝かせながら問いかけてくる。



「マリア様! どちらがよろしいですか?」


「え……えっと……」




 もしかして、私が着るお洋服なの?




 3歳頃からずっと白い無地のワンピースだけを着ていた。

 エマやイザベラ、治癒にやってくる貴族女性が着ているような豪華な服は、自分には無縁だと思っていた。


 マリアはどう答えていいのかわからず、黙ってしまう。

 どちらも素敵で選べない。


 そんなマリアの気持ちに気づいたのか、モリーはニコッと笑うとマリアの視線の高さに合わせて腰を下ろした。



「今日は、私達が決めさせていただいてもよろしいですか?」



 マリアはコクリと頷いた。

 エミリーもモリーにそっくりな顔でにっこりと笑う。



「では、とびっきり可愛くしましょう!」


「きっと、グレイ様も驚かれますよ」



 なぜかとても気合いの入った2人に、マリアはすべて任せることにした。


 2人は時々口論しながらもワンピースや靴を選び、マリアの長く綺麗なプラチナブロンドの髪を編み込んでまとめていく。


 細かいレースがついた、ふわふわのスカート。腰の部分についた大きなリボンは、髪についているリボンと同じ明るいピンク色。

 リボンよりも薄いピンク生地のワンピースは、肌の白いマリアにとても良く似合っている。



「かっ可愛すぎる〜〜!!!」



 支度の終わったマリアを見て、モリーとエミリーは大興奮の声を上げている。

 鏡で自分の姿を見たマリアは、純粋に綺麗な衣装に感動していた。



「いきなりガイル様に女児用の服を数着用意しておいてと頼まれた時には驚いたけど、サイズが合って良かったわ」


「でも少し大きいかしら?」


「今後はきちんとオーダーメイドされると思うから、問題はないわ。それよりエミリー、マリア様を食堂にご案内して」


「はい。マリア様、朝食のお時間です。参りましょう」



 エミリーに促されて、マリアは部屋から出た。

 長い廊下には、数人の使用人達が立っている。

 メイド達は箒を持っていたり、窓を拭いていたりとマリアの部屋から食堂までの間の廊下を集中的に掃除しているようだ。


 廊下にいる使用人の中には、何もせず壁に背中をつけてピシッと立っているだけの執事もいた。


 皆チラチラとマリアのことを見ているが、決して声をかけてはこない。

 すれ違う時にペコリとお辞儀をするだけだ。

 小さい声で「なんてお可愛いのでしょう」「さすが癒しの聖女様」などとコソコソ話している。


 

「もう……。マリア様を見たいからって、みんなこの廊下に集まってるなんて……」



 エミリーがため息まじりにボソッとつぶやいた。


 その状態で少し歩くと、目的の部屋に到着した。

 ベッドのない部屋。長いテーブルには椅子が全部で10脚はある。

 その中で使用されているのは2つだけだ。


 すでに座っていたグレイとレオが、部屋に入ってきたマリアに気づいて振り向いた。

 2人とも一瞬嬉しそうな顔をした後に、目を見開いて固まっている。マリアを凝視したままだ。




 マリア、変かな……?




 2人のポカンとした顔を見て、マリアは不安になってしまった。

 奥で立っているガイルだけが、ニコニコした顔でマリアを見ていた。


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