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30 解放されたマリア


 次の日グレイが目覚めると、目の前には気持ちよさそうな顔ですやすやと眠っているレオがいた。

 いつもであれば客室のベッドに寝させているのだが、昨日は力尽きてそのままグレイのベッドで寝てしまったらしい。




 ……それに気づかなかったくらい、俺も深い眠りに落ちてたってわけか。




 レオと同じベッドで寝てしまったのを誰にも見られていないといいのだが……と思いながら、グレイはベッドから降りた。


 空はまだ少しだけ暗く、時間を確認しなくても早朝だということがわかる。

 グレイは静かに自室を出ると、近くにある部屋の扉をノックもせずに開けた。

 マリアのいる部屋である。



「グレイ様。おはようございます」


「……マリアは?」


「まだ眠っておられます」



 一晩様子見でついていたガイルが、突然やってきたグレイに驚きもせず答えた。

 昨晩の疲れも徹夜の疲れも全く感じさせないガイルに、呆れるようなため息しか出てこない。



「マリアの熱は?」


「明け方には下がりましたので大丈夫でしょう。目が覚めたなら、もう聖女の力も使えるようになっているかと思います」


「そうか」



 腕に巻かれた包帯や、顔にある傷が痛々しい。

 ふと、グレイはイザベラの昨晩の姿を思い浮かべた。




 そういえば、あの女も顔に大きな傷を作っていた。

 マリアに治してもらう前に連れて行かれたから、目が覚めた時にまた暴れそうだな……いい気味だが。




 その時マリアがうっすらと目を開けた。

 昨日よりも少し明るい黄金の瞳が、薄暗い部屋の中でキラッと輝いた。



「マリア。起きたか」


「お兄様……」



 マリアがそうつぶやいた瞬間、マリアの身体から黄金の光が溢れてきた。

 明るいが眩しくはないその温かな光は、ほんの一瞬で消えてしまった。


 しかしマリアの顔の傷が綺麗さっぱりなくなっていることで、十分力を発揮できていたのだとわかる。



「ほぉ……。これは美しいですな。心なしか、私の身体の疲れも取ってくれたようです」



 ガイルが感心したような声を出した。

 身体の疲れが取れたように感じたのは、グレイも同じである。

 治癒の力のおこぼれに(あずか)れたらしい。


 腕や足に巻いてある包帯を取ってみたが、他の傷も全て綺麗に治っていた。



「やはりすごいな。風呂に入っていないのに、身体や髪までスッキリしている。同時に浄めの力も出ていたのか」


「ふろ?」



 グレイの言った言葉をマリアが聞き返してきた。

 何も知らなそうなマリアの顔を見て、グレイはまさか……と驚いた。



「マリア……お前、風呂を知らないのか?」


「浄めの力があれば、不要ですからね。一度も入ったことがなかったとしても、不思議ではありません。別邸(あちら)にはメイドもおりませんでしたし」


「メイド……。確かに……」



 いくらメイドがいなかったとしても、母親がいたはずである。

 我が子を一度も風呂に入れなかったのか……と、グレイは呆れた。




 身体を浄めるという目的以外にも、風呂には心を落ち着かせたり癒す効果などもあるはずだ。

 いくら浄めの力があるからといっても、一度も入れていないとは信じられない。

 まさか風呂の存在すら知らなかったとは。




 グレイがチラッと視線を向けると、まだ何も言っていないというのに、ガイルは「かしこまりました」と言って部屋から出て行った。




 本当に優秀な執事だな。

 ガイルも同じことを考えていたからかもしれないが……。




「今から風呂がどんなものなのかを教えてやる」


「……こわくない?」


「さあな。どう思うのかはわからない」



 水嫌いな人は風呂も苦手な場合があると聞く。

 水浴びすらしたことのないマリアが、風呂を気にいるかはわからない。


 そう思っての答えだったが、変にマリアを怯えさせてしまったらしい。

 無表情なマリアの顔が、少しだけ青くなった。



「大丈夫だ」



 マリアの頭をポンポンと撫でながらそう言うと、マリアはニコッと笑った。

 つられてグレイも少し笑顔になっていたのだが、本人は自分が笑ったことに気づいていない。


 コンコンコン



「入れ」


「失礼いたします」


「し……失礼いたします」



 ガイルが1人のメイドを連れて戻ってきた。

 まだ18歳くらいの若いメイドは、ビクビクしながらガイルの後ろに立って下を向いている。



「メイド長の娘のエミリーです。今は彼女もメイドとして働いてくれています」


「よろしくお願いいたします」



 顔を上げたエミリーの顔を見て、グレイは眉間にシワを寄せた。


 茶色の長い髪をふたつに分け三つ編みにしている。気が弱そうではあるが、優しそうな顔をしたメイドだ。

 そのエミリーは、グレイにジロジロ見られて真っ青になっている。




 ……全く見覚えがないな。




 今名前の出た、メイド長という者の顔すら浮かばない。

 自分がどれほど使用人に関心がなかったのか、グレイは改めて気づいた。



「エミリー。こいつはマリアだ。俺の妹として、大切に扱ってくれ」


「は、はい! マリア様! よろしくお願いします!」


「今すぐマリアを風呂に入れてもらいたいんだが」


「かしこまりました! 今すぐ準備して参ります!」



 エミリーは緊張しているのか普段からそうなのか、元気よく返事をすると浴室へと小走りで向かった。


 マリアは状況についていけてないらしく、ポカンとしたままベッドの上で座っている。

 グレイは気になっていたことをガイルに確認した。



「エミリーは聖女のことを知っているのか?」


「はい。これからこちらで生活をなされるのであればと、使用人には今朝話しました。今残っているのは皆信用のおける者ですのでご安心ください」


「そうか。わかった」


「料理長など、朝から張り切って食事を作っておりました。楽しみにしていてください」



 ガイルがにっこり笑いながらマリアにそう言うと、マリアの顔がパァッと明るくなったように見えた。




 ……デザートまでしっかり用意させるよう、後でガイルに伝えておこう。

 

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