28 本当の伯爵家当主は……
騎士達の前ではっきりと聖女だと言ってしまったガイルを、グレイとレオは呆気に取られた顔で見つめた。
隠し通せるとは思っていないが、だからといってこちらからあっさり伝えるとは。
ガイルが何を考えているのかがわからず、グレイは無言のまま戸惑っていた。
そんな呆然としている2人を気にもとめていないのか、無表情のガイルはその後もペラペラと話していく。
「本物なのかどうか力を確認されたいかもしれませんが、本日は月のない夜。聖女の力を使うことはできぬ故、お見せすることはできません」
「そうか。監禁されているという情報があったが、本当か? 2階の奥の部屋で檻を発見したが、間違いはないか?」
「本当です。イザベラ様と、そこに停まっている馬車の中にいるキーズという男が監禁しておりました」
騎士が数人、ヴィリアー家の馬車の扉を開けて、中で拘束されているキーズを発見した。
騎士団長からの質問にあっさりと答えたガイルを、グレイはキッと睨みつけた。
なぜ言ってしまうんだ!?
今はマリアは檻から出ているのだし、なんとか誤魔化す方法もあったはずだ。
このままではイザベラは捕まり、不逞を行った罪で爵位も剥奪、マリアも奪われてしまう!
グレイと同じことを考えたのだろう。
騎士団長の隣に立っていた騎士が、ニヤリと笑って口を挟んだ。
「それならば、密告内容は全て事実というわけですね。イザベラ婦人とキーズという男を連行いたします。もちろん……聖女様も」
皆の視線が、またマリアに戻った。
ずっと寝たフリをしているマリアが、ぎゅっとグレイの服の裾をつかんだ。
周りからは死角になっている部分なので、騎士達には気づかれていない。
隣に立っているレオも、無意識にグレイに近づいて肩をくっつけてきた。
口を出さないようにしているが、きっとこの状況に怯えているのだろう。
どうすればいい……!?
爵位がなくなったら、この家は何の力もないただの平民になってしまう。
そんな状態では、マリアを……聖女の面倒を見るなど許されない。
どうしていいのかわからず、ただ近づいてくる騎士を見つめていると、またガイルが口を出してきた。
「聖女様を発見したのはヴィリアー伯爵家です。いくら伝説の聖女様といえ、王宮が勝手に連れ去ることは許されませんよ。それでは盗人と同類になってしまいますから」
「……相手が伯爵家であれば、そうでしょうね。ですが、聖女様発見を黙っていたこと、聖女様を監禁していたことは重罪です。爵位は剥奪されると思いますよ。そうなった場合、王宮が聖女様を引き取るのは当然のこと」
「ヴィリアー伯爵家当主が聖女様を発見したのはつい先ほどであり、監禁したのは当主ではありません。つまり、爵位が剥奪されることはないでしょう。この国では、本人の過失以外で爵位剥奪は認められていないはず」
「…………は?」
ガイルと話していた騎士だけでなく、騎士団長や他の騎士、そしてレオやグレイまでも……その場にいる全員が、口をポカンと開けた。
コイツは何を言っているんだ?
今、自分でイザベラが聖女を監禁していたと言ったばかりではないか。
おそらく、この場にいた者はグレイと同じことを考えただろう。
すかさず騎士が聞き返していた。
「一体何を……。聖女様を監禁したのはイザベラ婦人だと、ご自分で言ったのではないですか」
「そうとも。聖女様を監禁したのはイザベラ様であり、ヴィリアー伯爵家の当主ではない」
「……まさか」
そこまで言われて初めて、全員の頭にはある可能性が浮かんだ。
みんなの視線がグレイに注がれる。
隣に立っているレオからも驚いたような目で見られているが、グレイ自身も同じくらい驚いていた。
……まさか?
「ヴィリアー伯爵家の当主はそちらにおられるグレイ様です。イザベラ様ではありません」
「それはあなたの感情的な話ではなく……ですか?」
「もちろん。正式な書類も全てグレイ様が当主となっていますよ。まだ学生であることから、グレイ様からの委任状を預かり、私が代わりに経営管理しておりましたが」
「そんな……」
当の本人だというのに、グレイも他の騎士同様呆気に取られた顔をしたまま立ち尽くしている。
俺がこの家の正式な当主? 委任状?
ジュード卿が死んだと報告された後、息子としていくつかの書類にサインが欲しいと言われたことを思い出した。
あの頃は全てに興味がなく、書類内容をよく確認することなくサインしていた。
それがまさか、爵位を引き継ぐための書類だったのか?
ではイザベラが当主だと思い込んでいたのも、ただの勘違い?
ガイルに言いたいこと、聞きたいことはたくさんあるが、騎士達のいる場でするべきではない。
グレイは冷静を取り戻し、堂々とした態度で騎士達に向かって話し始めた。
「聞いただろう? この家の当主は俺だ。お前達は今すぐに罪人であるこの女と、そこの馬車の中にいるキーズという執事を捕まえて王宮に連れて行けばいいんだ」
「聖女様は……」
「伯爵家当主の妹を勝手に連れて行く気か? 王宮に呼びたいのであれば、正式な招待状をよこしてから言うんだな」
「だが……」
騎士団長が口を開いたと同時に、ガイルが間に入ってきた。
「私は言ったはずです。なぜ無断で伯爵家の敷地に入り、無断で屋敷の中にまで入ってきたのか……とね。あなた方は、当主が重罪を犯しているから構わない……といった態度でしたね?」
その言葉を聞いて、騎士達の顔色が青くなる。
グレイはニヤッと笑ってしまいそうになるのをこらえて、騎士達に向かって言った。
「俺は何も過失を犯してはいない。それなのに俺の許可もなく、伯爵家に無断侵入をした……となれば、王宮騎士団の名も落ちるな」
「……では本日はこの2名を連れて行くことにしよう」
「団長! ですが……!」
「大丈夫だ。……きっとすぐに王宮から正式な連絡がくるでしょう」
悔しそうな感情を顔には出さず、騎士団長は他の騎士に命令してイザベラやキーズを罪人用の馬車に乗せた。
もう一つ綺麗な王宮の馬車があるが、きっとこれには聖女を乗せるつもりで用意してきたのだろう。
母が捕まり連れて行かれようとしているのに、グレイには何の感情も湧かなかった。
騎士団が門を越えて行ったのを確認し、グレイはマリアに声をかけた。
「マリア。もういいぞ」
寝たフリをしていたマリアが、パチっと目を開けてグレイの顔を覗き込む。
「……マリア、連れて行かれない?」
「ああ」
グレイがそう答えると、マリアはホッと胸を撫でおろした。
その様子を見ていたレオが、大きなため息をつきながらガックリと項垂れて膝に手をつく。……と思ったらすぐに顔を上げてグレイに詰め寄ってきた。
「ああーーー怖かったーー。それより、グレイが当主ってどういうこと!?」
グレイはレオの質問には答えずに、ガイルに向き直った。
「ガイル、説明しろ」
「かしこまりました。ですが、お話は本邸で」
そう言うと、ガイルは別邸に鍵をかけて本邸に向かって歩き始めた。