27 聖女の存在が王宮にバレた
グレイもレオも、足を止めて遠くにうっすら見える門を見つめていた。
今聞こえているこの警備隊の鐘の音。
この音が本当にこの屋敷を目指しているのかを確認するまでは、とてもではないが動くことができない。
「これ……この家に向かってるのかな? な……なんで……」
レオがビクビクした様子でグレイに尋ねてくる。
質問系ではあるが、きっとレオもなんとなく察しているはずだとグレイは思った。
聖女がいるとリークされたのではないか。
マリアの存在を知っている貴族は多数いる。
イザベラが家に呼んで、治癒させては報酬を受け取っているからだ。
ジュード卿の頃から数年間、1度も密告されなかったのは、おそらくジュード卿が何か貴族達を押さえつけられるだけの弱味を握っていたからに違いない。
そしてそれをイザベラもうまく利用しているのかは不明だ。
ジュード卿であれば管理できていた貴族達を、イザベラが制圧できているとも思えない。
裏切られてもおかしくない。
そんなことに今更気づいたところで、もう遅い……とグレイは自分の愚かさを呪った。
もし本当に警備隊の向かっている先がこの家ならば、それは聖女が目的に決まっている。
グレイは無意識に、マリアを抱えている手を強めた。
マリアは不思議そうな顔を向けている。
そんなマリアに向かって、グレイは深刻そうな声で言った。
「……マリア、もしここに誰かやってきたら、お前は寝たフリをしてろ。決して目を開けてはいけない。わかったな?」
「わかった」
今は瞳の輝きがないとはいえ、瞳の色が黄金色であることは隠せない。
この世界で聖女以外に黄金色の瞳はいないのだから、この瞳を見られるわけにはいかないのだ。
今すぐ本邸に行ってマリアを隠したほうがいいのかもしれないが、もし警備隊が屋敷の中を調べるとなったら面倒だ。
それならばマリアには近くにいてもらったほうがいい、とグレイは考えた。
どうなんだ? 本当に聖女のことを知られてしまったのか?
門を睨みつけていたグレイは、馬に乗った騎士が数人やって来たのが見えた。
そして、レオ共々目を見開いた。
「まさか……あの服は……王宮騎士団!?」
暗い中でも明るく見える、真っ白な騎士の制服は間違いなく王宮騎士団の制服である。
黒い制服を着た街の警備隊2人の他は、王宮騎士団が5人ほどいる。
騎士団はヴィリアー家の門の前で止まった。
くそっ! 王宮騎士団がわざわざ来るなんて、やはり聖女のことがリークされたんだ!
騎士達は屋敷に向かっての声かけなど一切せず、強引に門を開けて中に入って来た。
貴族の家に対する行動ではないため、何かを確信して来ているのは間違いないようだ。
先頭にいる騎士が、別邸の少し先で佇んでいるグレイとレオに気がついたらしく、声をかけてきた。
子どもであるとわかったのか、声に威圧感はあまり感じない。
「突然失礼する! この屋敷の者か? ここに伝説の聖女がいると密告があった。聖女がいるとされるこちらの別邸を調べさせてもらうぞ」
威圧感は感じないが、有無を言わせない。
王宮の騎士達は、グレイの返事を聞くこともなく勝手に別邸の扉を開けて中に入って行った。
「悪いけど、君達もここに残ってくれるかな? ……妹さんは寝ているのかな?」
1人監視役で残った若い騎士が、マリアを見て言った。
マリアはグレイに言われた通り、目を瞑って寝たフリをしている。
グレイの肩に顔を埋めるような体勢のため、マリアの顔の傷には気づいていないらしい。
「寝ています」
「そうか。それで、こんな夜遅くに、なぜ君達は外に出ているのかな? ここに来ていたの?」
若い騎士は、別邸を指差しながら聞いてきた。
どこまでわかっているのか……すでにマリアのことを疑っているのか、見当がつかない。
別邸の中にはガイルと拘束されたイザベラがいるはずである。
ここで嘘をついても意味はないか?
聖女の監禁が王宮に知られたらどうなる?
当主であるイザベラの失態として、ヴィリアー伯爵家が潰される。
そして聖女であるマリアは王宮に奪われる。
……そうなってしまうのか?
グレイが答えられずにいると、別邸から騎士達が出てきた。
先頭にはイザベラを抱えたガイルがいる。
「密告のあった通り、聖女の監禁されているという檻が発見された。しかし聖女はいなかった」
「当主であるイザベラ婦人も気を失った状態であるが発見した」
「ガイルさん……でしたね? お話を聞かせてもらえますか?」
出てきた騎士達は互いに報告を済ませると、皆ガイルに注目した。
屋敷の当主……それも顔に大きな傷を作り、気絶しているイザベラを抱えていた怪しすぎるガイルは、キョトンとした顔で質問を返した。
「はて? 何についてでしょう? それよりも、なぜ無断で伯爵家の敷地内に入り、なぜ無断で屋敷の中にまで入って来たのか……その説明を先に聞きたいですね」
とぼけたフリをしているが、確実に怒っているな……とグレイは思った。
目に見えない覇気に、騎士達はゾクっとして青ざめている。
「そ、それは、密告があったからです! この屋敷の別邸に、聖女が監禁されていると」
「それを信じて、何の確認もなくいきなりあんな暴挙に出たと?」
「お……王宮からの指示です! もし本当に聖女を隠していたのなら、それは重罪ですから!」
重罪という言葉を聞いて、レオが一瞬ビクッと身体を震わせた。
騎士達は、ガイルの真っ直ぐ見つめるシルバーの瞳に怯えているようだった。
なんとか王宮騎士団のプライドを持ってこらえているのが見てわかる。
「そっそれよりも、この現状はなんですか!? なぜイザベラ婦人はこんな状態に? 聖女はどこに?」
「聖女はまだ5歳くらいの子どもだと聞きました。1人でどこかに逃げたわけでもないでしょう……」
騎士達がハッとして一斉にグレイを見た。
正確にいうと、グレイではなく……グレイが抱えている少女に視線を向けている。
レオは気づかれた! という焦った顔をしているが、グレイはなぜすぐに気づかなかったのかと、騎士達を軽蔑した目で見ていた。
『監禁されている』という情報から、まさか外に出ているとは思っていなかったのだろうが。
「その少女……まさか……」
「触るな」
近くにいた若い騎士がマリアに向かって手を伸ばしてきたので、グレイは身体をひねらせて触られないようにした。
若い騎士はムッとしたような顔をしたが、それ以上手を伸ばしてはこない。
「コイツは俺の妹だ」
「ヴィリアー伯爵家に女児はいなかったはずだが?」
騎士達から団長と呼ばれている男性が、一歩前に踏み出しながら言った。
視線はずっとマリアに向けたままだ。
「正式には……な。コイツは父の愛人の娘だ」
「なるほど。お顔を拝見させてもらえるかな?」
騎士団長は一歩ずつ近づいてくる。
グレイがマリアをぎゅっと抱きしめた時、その様子を冷静に見ていたガイルが突然声を出した。
「そのお方は間違いなく聖女様である。気安く触るのはご遠慮いただきたい」
その言葉に、騎士団長は足を止めた。
半信半疑だった騎士達の目が、キラキラと輝いたのがわかる。
伝説の聖女を崇めた視線が、マリアに集中した。