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26 安心した先に……


 両手で顔を覆い悲鳴を上げているイザベラを、グレイは黙ったまま見ていた。

 ハッと我に返ったグレイは、地面に落ちていたナイフを拾いイザベラに向ける。



「……大人しくしてろ。そのくらいの傷ならば死ぬことはない」


「あああ……私の……私の顔が……。痛い……痛いわ……。すぐに治さないと……」



 イザベラはグレイの言葉が聞こえていないようで、ブツブツ独り言を言っている。

 足元がふらついている精神不安定な状態のまま、イザベラは別邸の玄関扉に手をかけその扉を開けた。



「おい!」


「早く治して……。傷が残る前に……」



 勢いよく屋敷内に入って行ったイザベラを、グレイはすぐに捕まえた。

 暴れるイザベラの力は予想以上に強く、グレイは何度も振り解かれながらも必死にイザベラの行く道を塞いだ。



「どいて!! 早くしなきゃ!! あの子なら治せるんだから!!」


「何言ってんだ! マリアは……」


「グレイ! 大丈夫か!?」



 グレイが苦戦していると、階段の上からレオの声が聞こえた。

 階段上から覗いているような気がするが、暗くて姿は見えない。


 マリアについてくれていたレオだが、屋敷の玄関から聞こえてくるグレイとイザベラの声に驚いて、様子を見に来てくれたのだろう。



「レオ! 手伝え!!」


「わ、わかった!」


「離して!!」



 レオは急いで階段を下りてくるなり必死にイザベラを押さえようとしてくれたが、なかなかうまくいかない。

 グレイの母であることや顔から血が出ていることに動揺していたため、あまり力を入れられないようであった。


 2人に邪魔されても、イザベラは諦めずに階段を上がろうとしている。

 その時、階段の上からまた声が聞こえた。小さな少女の声が……。



「お兄様……?」


「……! マリア!」



 グレイが顔を上げると、いつの間にかすぐ近く……階段のほんの上のほうに、マリアが立っているのがうっすらと見える。

 暗闇に慣れてきていたため、表情まではわからないがなんとなくは見えるようになっていた。


 マリアの登場に、イザベラが歓喜の声を上げる。



「ああ!! 来てくれたのね! 治して! 今すぐ私を!!」


「…………」


「さぁ早く!!」


「…………」


「なに黙ってるのよ!! 早くしなさい!!」



 何も答えないマリアに、イザベラがイライラとした口調で怒鳴り散らしている。

 黙っていることを注意されたマリアは、小さく声を出した。



「……治せない」


「なんですって!? 私の言うことが聞けないと!?」


「ちがう……。マリア、力使えないから……」


「なっ……!?」



 グレイとレオを引き離そうと、往生際悪く暴れていたイザベラの動きがピタリと止まった。

 グレイはふぅ……と一息つき、目の前にいるイザベラに告げる。



「本気で気づいてなかったのか? 今日は月がない。聖女の治癒は使えない」


「治癒の力が使えない……? じゃあ……この傷はどうすればいいのよ……」


「さあな。(はく)がついていいんじゃないか?」


「……!!」



 グレイがニヤッと笑いながらそう言うと、カッとしたイザベラが再度暴れようとした。

 改めて捕まえている手に力を込めた瞬間、いきなりイザベラがガクッと意識を失って倒れかけた。



「うおっ!?」



 レオが間抜けな声を出して受け止めようとしたが、イザベラの後ろに立っていた人物が腹部に手を伸ばしその身体を支えた。

 軽々しく片手でイザベラを持ち上げている。



「……ガイル!」


「大丈夫ですか、グレイ様?」


「俺は大丈夫だが……。あのネズミ執事はどうした?」


「拘束して馬車の中に詰めておきました」


「……今、お前……この女に何かしただろ?」


「いいえ、まさか。執事である私が、雇い主様に手を出すわけないでしょう」


「…………」



 しれっと答えているが、間違いなく気絶させるために何かしたはずである。

 暗闇の中をうまく利用しやがって……とグレイは呆れたようなため息をついた。



「お兄様……」


「!」



 マリアの声に、グレイはすぐに振り返った。

 さらに階段を下りて来ていたらしく、マリアは数段上……グレイのほぼ目の前に立っている。



「マリア。熱があるのに動いて平気なのか?」


「大丈夫……」



 そう言いながらもふらふらと階段を下りているマリアを抱き上げる。

 先ほど檻から出した時は気づかなかったが、とても軽くて華奢な身体にグレイは眉間に皺を寄せた。



「……ガイル、すぐに戻るぞ。その女は外から鍵がかかる部屋に入れておけ」


「かしこまりました」


「レオ、行くぞ」


「う、うん……。お母さん、大丈夫なの?」


「ガイルに任せておけば平気だ」



 グレイはマリアを抱えたまま別邸を出た。

 外に出た途端、マリアが小さな声で「わぁ……」と嬉しそうな声を出したのを、グレイは聞き逃さなかった。



「どうした?」


「あっ……あの、外に出たの初めてだから……」


「……そうか。熱が下がれば、昼間も外に出してやろう」


「ほんと?」


「ああ」



 マリアがふふっと笑った。

 その会話を聞いていたレオが、やけに嬉しそうな声で間に入ってくる。



「なんか……グレイ、いいお兄ちゃんやってんじゃん!」


「はぁ?」


「いいなー! 俺もマリアと同じくらい優しくされたいよ!」


「別にマリアにも優しくなんてしてないだろ」


「え? 無自覚?」



 ニヤニヤしていたレオが、急に真顔でグレイを見つめてきた。

 少し小バカにしたようなその顔に、よくわからないがイラッとしてしまう。




 なんだ……? 優しく……だと?

 俺が人に優しくできるわけがないだろ。ずっと心がないと言われてきた俺が。

 そもそも『優しさ』がよくわからない。




「まぁいいや。とりあえず、早くマリアに何か食べさせてあげないと」



 レオが諦めたかのように話を終わらせたのとほぼ同時に、遠くから警備隊の鳴らす鐘の音が聞こえてきた。

 警備隊が目的があって動いている時にしか鳴らさない鐘の音。


 その音を聞いてすぐに、グレイはボソッと声を出した。



「近づいてる……?」



 音は確実にグレイの家の方向に向かって来ていた。



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