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25 本気で争う母と息子

 

 イザベラは優しく美しくおとなしい女性だった。

 ジュード卿がマリアとエマを連れてきた日からおかしくなってはいたが、一人で部屋にこもっては時々暴れて物を壊す……言ってしまえばそれだけだ。


 ジュード卿を責めなかったし、エマを責めたり攻撃することもなかったし、グレイに乱暴することもなかったし、使用人に暴力を振るうこともなかった。


 まだ幼いグレイを放置し、母としての役目なんて何もしなかったが、イザベラは人に対して攻撃するタイプではなかったはずである。


 そのイザベラが、現在まだ子どものマリアをあんなにボロボロになるまで痛めつけ、さらにはその命すら奪おうとしている。


 グレイ自身気づいてはいないが、自分の母親がそこまで落ちぶれていたのかとショックを受けた。

 


「……人殺しになるつもりか?」


「あら。あの子は人ではないもの」


「そうか。ではお前を捕まえよう。身内が人殺しになるのも面倒だからな」



 グレイがそう言って一歩イザベラに近寄ると、今まで黙っていたキーズが2人の間に入ってきた。

 その手には短いナイフが握られている。



「困りますよ……グレイ様。どうかこのまま何も知らなかったことにしてくれませんか?」


「なんだと?」


「今や聖女を求めるお客様はとても多いのです。どのくらいのお金が入ってくるのかご存知ですか?」


「興味はないな」



 キーズはナイフをグレイに向けたまま、少しずつグレイに近づいてくる。

 グレイはその場から動くことなくキーズを睨みつけた。



「聖女を解放するのも、殺されるのも困ります。イザベラ様を捕まえるというのであれば、私がグレイ様を捕まえますよ」


「使用人が俺を捕まえるだと?」


「はい。主人を守るためですから」



 キーズがニヤ〜と嫌味っぽい笑みを浮かべた。

 主人のためというのは建前で、本音は生意気で気に入らないガキを懲らしめてやりたい……って考えてるのが見え見えである。


 キーズはどちらかというと、体格に恵まれているとは言えない貧相な男である。


 それでもグレイよりも背が高いし、力もグレイよりあるだろう。

 ナイフで怪我をするのは怖くはないが、自分が捕まりイザベラが逃げるのは勘弁だ。


 グレイは無計画のままここに来てしまったことを少し後悔していた。




 くそっ。この男の存在が頭から抜けていた。

 スピード勝負で飛び込めば、まだ勝機はあるか?




「主人を守るというのであれば、私も参戦いたしましょう」


「!! ……ガイル!」


「ガイル様!?」



 別邸の扉が開いた音などしなかったのに、いつの間にかグレイの横にはガイルが立っていた。

 自分の上司でもあるガイルの登場に、キーズはあきらかに焦っている。


 グレイは、ガイルの登場に内心少し安心したものの、すぐにその年配の身体を見てガッカリした。

 ガイルよりはまだ自分の方が強そうだと思ったからだ。



「ガイル様がなぜここに!? まさか、ガイル様もご存知なのですか?」


「私に知らぬことなどないが?」



 慌てているキーズに対しても、ガイルは怒ったりもなく落ち着いた様子で答えている。

 その落ち着きようが、逆にキーズをより不安にさせていた。



「ガイル! 主人である私を裏切る気なの!?」


「イザベラ様。あなた様はこのヴィリアー伯爵家の主人ではありません」


「なんですって!?」



 キーズの後ろから口を出してきたイザベラを、ガイルが一蹴した。

 まさか主人ではない発言をするとは思っていなかったので、グレイは驚いてガイルを振り返った。


 同じように驚いた様子のイザベラは、顔を赤くしてガイルを睨みつけている。



「……キーズ、彼はもうこの家の執事長ではないわ。あの老人を捕まえてしまいなさい」


「……かしこまりました」



 イザベラに命令されたキーズが、ナイフを前に構えながら一歩ずつ近づいてくる。

 ナイフを向けられているというのに、ガイルは手を後ろで組んだままその場から動かず、ジッとキーズを見ているだけだ。



「何してる!? 逃げろ!」


「主人を置いては行けません。それに、逃げる必要もありません」



 グレイが声を荒げて言ったが、ガイルは言うことを聞かない。

 なぜかグレイのことを主人呼ばわりしている。


 様子を見ていたキーズが一気に走って距離を縮めてきたので、グレイは「ガイル!」と大きな声を出した。

 ガイルが刺されるか捕まるかしてしまう……と思っていたグレイは、その後の光景に目を丸くした。


 ガイルはナイフを持ったキーズの右手に手刀を振り落とし、そのままその手を捻って背中に当てる。

 ナイフは地面に落ちて、キーズが悲痛の叫びを上げた。



「ひぎっ……!! い、いた……おっ折れる! 折れる!!」


「これくらいじゃ折れないから平気だ」



 ガイルがあっさりと言ってのける。

 あまりのガイルの早技に、思わずグレイとイザベラはポカンとしてしまった。




 このジジイ……。こんなに強かったのか?




 その時、イザベラが自身の足元にキーズの持っていたナイフが転がってきていることに気づいた。

 グレイが気づいた時には、イザベラはそのナイフを拾い上げて別邸の玄関扉に向かっていた。

 マリアのところへ行こうとしているに違いない。



「待て!!」



 グレイがすかさず追いつき、イザベラの腕をつかむ。

 母に触れたのはいつ以来なのか。こんな時だというのに、グレイは自分が母の身長に近づいていることに驚いていた。



「離して! あの子はいたらダメなのよ! 悪魔の子なんだから!」


「落ち着け!!」



 ナイフを奪おうとするが、イザベラが激しく暴れているためうまく取り上げることができない。

 少し離れた場所から、キーズを押さえつけているガイルが「グレイ様!」と叫んだ。


 ナイフの奪い合いの末、イザベラが奇声を上げて腕を振り回した時……ナイフの刃がスパッと顔を切りつけた。

 右耳下のあたりから斜めに、左眉まで。長い切り傷からは少しだけ血飛沫が飛んだ。

 


「きゃあああっ」



 顔面の激痛から、イザベラが悲鳴を上げた。

 イザベラの振り上げたナイフは、無残にも自身の美しい顔を傷つけていた。


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