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23 イザベラからの暴力


 その日、マリアは真っ暗な檻の中で丸くなって眠っていた。

 食事が届かなくなって3日。お腹が空いたという感覚もほとんどなかった。


 毎月のこと。毎月3日か4日はこの絶食期がくる。

 月が隠れて、マリアの力が使えなくなると誰もマリアの所には訪れない。


 他人には使えずとも、自分にはかすかに使うことができる『治癒』と『浄化』の力で、マリアはなんとか餓死や衰弱死することなく生きている。

 少量だが、水を出すこともできる。

 

 だがそのかすかな力も、怪我を完璧に治すまではできなかった。

 それを知っているイザベラは、力が使えなくなった初日にマリアの所を訪れる。



「さぁ、早くそこから出て来なさい。罰の時間よ」



 イザベラに言われ、マリアは檻から出た。

 足についていた鎖はキーズというネズミ顔の執事が取ってくれていた。


 

「あなたは悪魔の子なの。私を不幸にした、悪魔の子……。悪い子ね。しっかり罰を与えないといけないわ」



 イザベラはマリアの頬にそっと手を当てて、いつもと同じ台詞を吐く。

 目は焦点があっていないように見える。

 

 マリアがじっと見つめると、突然カッとしたイザベラが平手打ちをした。

 バチン! という音が部屋に響く。




 いたっ……




 マリアはなんとか声を抑えた。

 以前声を出してしまい、うるさいとさらに叩かれたことがあるからだ。


 声を出してはいけない。勝手に動いてはいけない。

 睨むように見てはいけない。怒ってはいけない。

 悲しんではいけない。泣いてはいけない……。


 マリアは必死にイザベラからの暴力に耐えた。

 おとなしくしているのが1番被害が少ないとわかっていたからである。


 キーズは手を出してはこないが、止めることもしない。

 部屋の隅に立って、ニヤニヤした顔で見てくるだけであった。




 これは罰……。

 マリアが悪い子だから、罰を受けないといけない……。




「悪魔!! あんたのせいで!! 私は……。ずっと幸せだったのに、あんたが……あんたが来たから……!!」



 イザベラの奇声を聞きながら、キーズのあざ笑うかのような視線に晒されながら、マリアは耐えた。

 叩いてきた手の爪が引っかかることもあり、血が出ているのがわかる。

 手足や頬がジンジンしてきて感覚がなくなっていく。


 気づいた時には、マリアは檻の中で横になっていた。

 これから3日はこの痛みとともに過ごさなければいけない。


 3日後、空腹でやつれボロボロの姿になったマリアを見ることが、イザベラの楽しみの一つだった。

 そのためこれから3日は誰も来ないし誰も食事を運んではくれない……はずであった。



 いつからか……数ヶ月前から、この3日の間にパンが置かれるようになった。

 マリアが寝ている間に置いて行っているのか、誰が持って来ているのかはわからない。


 目が覚めると、檻の中にパンが置いてあるのである。

 決して満腹になるほどの量ではない。マリアはそのパンをちょこちょこと大事に食べた。

 イザベラには気づかれていない。


 キーズという男の人がこっそり置いて行ってくれてるのかと、マリアは思っていた。





 身体がとても重く、頭も痛い。

 いつもとは様子の違う体調の悪さに意識を失っていたのか、マリアが目を覚ますとレオが泣きそうな顔をしているのが目に入った。


 そのレオの隣にはグレイが立っているのが見える。


 

「マリア!! 気づいた!? 大丈夫!?」


「マリア!」


「…………おにい……さま……?」



 グレイが腰をおろしてマリアに近づいた。

 あまり表情に出てはいないが、苦しそうな顔をしているのがわかる。



「大丈夫か、マリア。何があった?」



 いつもより深刻そうに聞いてくるグレイに、マリアは戸惑った。




 何があった……? なんのこと?

 いつもみたく叩かれることの他に、何かあったっけ?




 質問の意図がわからないマリアが何も答えられずにいると、グレイはレオの奥に立っている人物を振り返った。

 初めて見るその年配の男性は、キーズと同じ服を着ている。


 グレイが問いかけると、その男性はマリアに起きた出来事を全て説明していった。

 なぜこの人は全部知っているのだろう……とマリアは不思議に思った。


 マリアが暴力を受けたこと、食事を与えられていないことに、グレイとレオは怒っている。

 まるでこの男性がしていたかのように怒鳴られている男性を見て、マリアは胸が痛んだ。



「それを知っていて、お前はマリアを放置していたのか? 助けることもせずに?」


「私は何も知らないことになっておりますので、手を出すことはできません」



 チラッと一瞬だけ、そう答えた男性がマリアを見た。

 無表情の中に見えた優しそうな目……その目を見た瞬間、あのいつの間にか置かれていたパンがマリアの頭に浮かんだ。




 あのパン……もしかして、このおじいちゃんが……。




「……お前も狂っているな」



 マリアには、そう言ったグレイの声が少しだけ悲しそうに聞こえた気がした。

 グレイはクルッと踵を返すと、部屋の出口に向かって歩き出す。



「グレイ! どこに行くの!?」



 レオが呼びかけるが、グレイは答えない。

 出口から1番遠い場所に立っていたはずの男性が、いつの間にか扉の前に立ちその道を塞いでいる。



「ガイル、どけ」


「いけません。まだ、イザベラ様にどう対応なさるか決めていないではないですか」


「関係ない。あの女に文句を言ってやらないと気が済まない」


「いけません。今あなたがこの件に口を挟んでも、良い方向には進みませんよ」



 怒鳴り合うわけではなく、静かに言い合っている2人。

 グレイはガイルを睨みつけて舌打ちをした。



「お前が今日ここについて来ると言った理由はこれか。俺がマリアのことを知って暴走すると思ったんだな?」


「はい」


「そこまでわかってるなら、止めても無駄だということもわかってるはずだ。何度も言わせるな。……どけ」


「…………」



 とても13歳とは思えない、凄みのある低い声でそう言われたガイルは、ふぅ……と諦めたようなため息をついて、塞いでいた自分の身体を退かせた。

 グレイがそのまま部屋を出ていくのを、マリアとレオは黙った状態で見ているしかできなかった。


 ガイルが嬉しそうに口角を上げたのを、マリアは見た。

 優しそうな、温かい目でグレイを見送っている。



「……本当に……アーノルドにそっくりだ」



 ガイルがボソッと呟いた声は、グレイには届いていなかった。

 

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