22 傷だらけのマリア
イザベラの部屋に向かおうとしていたグレイに、ガイルが鍵を差し出してきた。
別邸の鍵である。
「お前、あの女の部屋から取ってきたのか?」
「まさか。執事長である私が、盗みなど行いませんよ。これは別邸の合鍵でございます」
合鍵があったのかと、グレイは心の中で軽くショックを受けた。
その発想のなかった自分を恥ずかしく思う。
「……そうか。では、行くぞ」
イザベラがすでに家を出ていることは確認済みであった。
グレイ、レオ、ガイルの3人は、少し小走り気味に別邸へと向かった。
月の全くない夜は屋敷の中は真っ暗である。
室内に入るなり、ガイルは持ってきていたランプをつけて、グレイやレオの足元を照らしてくれる。
こんなランプ、さっき持っていたか? とグレイとレオは不思議に思った。
グレイは真っ先に階段を上がり、奥の部屋へ向かう。
かなりスピードも出したというのに、65歳のガイルは息切れすることなく足元を照らし続けながらしっかりあとをついて来た。
バタン!
少し乱暴に扉を開けて、グレイは檻の前に立った。
ガイルの持ったランプが、その中で横たわる少女を照らしている。
「…………マリア?」
「……!! な……なんだよこれっ!?」
少し遅れてやってきたレオが、声を荒げた。
大きな足音が聞こえていたはずなのに、起き上がっていないマリア。
眠っているのか意識がないのか、動けないのか……傷だらけのマリアは、檻の奥で横になったままだ。
眼帯をつけているため、起きているのかわからない。
手足には無数の切り傷やアザがあり、頬にも傷があるのが見える。
学園で喧嘩をした学生が傷だらけになった姿を見たことがあるが、それ以上にひどい状態だとグレイは思った。
「マリア!! 起きろ!!」
「マリア! 大丈夫!?」
グレイとレオが格子に手をかけて大声を出すが、マリアに反応はない。
苛立ったグレイは格子を思いっきり蹴った。
ガシャン!! という音が部屋に響く。
「くそっ」
「グレイ! この檻の鍵はないの!?」
「そんなのどこにあるか……」
「ございます」
慌てている2人を見守っていたガイルが、手を前に差し出しながらしれっと口を挟んできた。
その手の上には、小さな鍵が2つ置かれている。
1つは足についた鎖の鍵だとすぐにわかった。
なぜすぐに出さなかったのかと怒鳴りつけたい気持ちを押さえ、グレイは乱暴に鍵を受け取るとすぐに檻を開けた。
身をかがめて中に入り、マリアの身体を起こして眼帯を外す。
身体に触れた瞬間、熱が高いのが感じ取れた。
マリアは意識が朦朧としているらしく、目を閉じたままだ。
「マリア!」
「……! すごく熱い……。これ、すごい熱なんじゃ……!」
レオがマリアの手を握りしめて、あわあわと焦っている。
グレイはレオの質問には答えず、足についた鎖を外してマリアを抱きかかえると、すぐに檻から出た。
部屋にはしばらく使われた形跡のないベッドが置いてあったが、マリアの力が届いていたのかとても綺麗な状態だった。
グレイはそのベッドにマリアを下ろす。
どこから出したのか、ガイルが新しいランプをベッドの近くに置いた。
レオはベッドの横に膝をつき、マリアの手を握りしめながら涙目で声をかけ続けている。
「マリア……!」
グレイはただ立ち尽くしたまま、マリアの怪我を観察していた。
最初から持って来ていたのか、そしてどこに隠し持っていたのか、ガイルは包帯などを取り出して傷の手当てをしている。
殴ったような痕に、細かい切り傷。
ナイフではなく爪……か!? 顔にまでついている。
まさか、あの女がここまで節操ないとは……!
グレイがぎゅっと拳を握りしめると、レオが声を上げた。
「マリア!! 気づいた!? 大丈夫!?」
「マリア!」
マリアが目を覚ましたことに気づいたグレイは、すぐにマリアの近くに寄った。
目をうっすらと開けているが、月の隠れてる日だからかその黄金の瞳にいつもの輝きはない。
ぼーっとした様子でグレイとレオのほうに視線を向けてくる。
「…………おにい……さま……?」
「大丈夫か、マリア。何があった?」
「…………?」
グレイの質問に、マリアは答えない。
質問の意図がわかっていないようなマリアの反応に、グレイはガイルをギロッと睨みつけた。
睨まれること、質問をされることがわかっていたかのように、ガイルは堂々とした態度でグレイを見つめ返した。
「……どういうことだ? お前は、この状況を知っていたな?」
「はい」
「知ってること、全て話せ」
ガイルを睨みつけるグレイの顔は、冷血非情な冷めた表情になっていた。
凍りつくような空気に、レオは背筋がゾクっとした。
身を縮めながら2人の様子をうかがっている。
「いつものことでございます。イザベラ様がこの少女に暴力を振るわれていたことはご存知ですよね」
「知っているが、こんな全身……こんなに傷だらけになるほど、いつもやっていると?」
「はい。毎日ではございませんが。普段であれば、すぐに治癒の力で回復されています」
「今日は力が使えないから、このまま? まさか、毎月……こうなのか?」
「はい。月の隠れた日はお客様もお見えにならないので、お食事もされていないはずです」
「食事をしていないだって!?」
レオが我慢できずに口を挟んできた。
ガイルは顔色を変えることなく、淡々と質問に答えていく。
「はい。毎月この時期になると、3日ほど食事は与えられておりません」
「そんな……!! じゃあ、この怪我に熱の状態で、ずっと放置されてるってこと!? 食事ももらえずに!?」
「そういうことになりますね」
レオはショックのあまり、口を開けたまま硬直してしまっている。
2人が会話している間も、グレイはずっとガイルを睨み続けていた。
「それを知っていて、お前はマリアを放置していたのか? 助けることもせずに?」
「私は何も知らないことになっておりますので、手を出すことはできません」
「……お前も狂っているな」
グレイは皮肉を込めて、囁くような小さな声で言った。
その様子をマリアがじっと何かを言いたそうな顔で見つめていた。