21 嫌な予感
「それで、監禁は地下になさいますか? 空き部屋になさいますか?」
ヴィリアー家で1番長く働いている執事が、その当主を監禁する部屋の相談をしてくる。
なんともおかしな話だ。
「あの女は監禁しない。お前がどんな反応するかと確かめただけだ」
「左様でございますか」
「いきなりあの女が姿を消しては、普段から連絡を取っている貴族や夜会での知り合いに怪しまれるだろう。……本当は監禁してやりたいけどな」
こんな話をしていて、グレイはふと気になった。
ガイルは、この屋敷で起こっている大抵のことは知っていると言っていたが、グレイの考えまでは知らないはずである。
突然イザベラを監禁すると言っても、理由など一切聞いてこない。
この執事はどこまで把握しているのだろうか。
「俺がなぜあの女を監禁すると言い出したのか、理由を聞かないのか?」
「別邸におられる少女を解放するためではありませんか? 障害となるイザベラ様の対処をどうなさるか決めかねて、監禁してしまおうという考えに至ったのだと予想しておりますが」
「……お前は一体どこまで把握しているんだ」
「この屋敷内のことでしたら、大抵は把握しております」
グレイは呆れたような、信じられないものを見るような目でガイルをジトッと見つめた。
ガイルのほうは相変わらず何を考えているのかわからない顔で、姿勢良くグレイの前に立っている。
あの女をどうしようか考えていたのは、ついさっきだぞ。
監禁という考えに至ったのも、ガイルが部屋に来る直前だ。コイツが知っているはずがない。
……なんなんだ、この執事は。
記憶にはないが、祖父であるアーノルドが非常に優秀だというのは聞いたことがある。
その友人でもあるこのガイルという男も、相当優秀だということか。
「……この屋敷で、他にマリアの存在を知っている者はいるのか?」
「おりません」
「マリアの食事などはどうしているんだ?」
「キーズという執事が毎日取りに来ております。その日のイザベラ様とグレイ様の残り物を持って行っています」
「残り物……? ……ふざけてやがる」
グレイはチッと舌打ちをした。
その後は何も喋っていないというのに、心を読んだかのようにガイルが口を挟んできた。
「おやめになった方が良いかと思います。解放されるまで今までと変わらずにしておかなければ、グレイ様が少女の存在に気づいたと知られてしまいますよ」
「……何も言ってないだろ」
「失礼いたしました。少女にお食事を運ばれるのかと」
「…………」
グレイはいつも無表情で、何を考えているのかわからないと周りからよく言われていたが、ガイルには全てお見通しらしい。
居心地の悪いような、でもどこか安心してしまうような、グレイは不思議な感覚に包まれていた。
ガイルの自分を見つめる目が、まるで祖父が孫を見守るかのような……そんな温かな目をしている気がしたからである。
「……とりあえず、今は何も動かない。あの女をどうしたらいいのか、しっかり決めてからでないと下手に動けないからな」
「かしこまりました。何か御用ができましたらお申し付けください」
ガイルはペコリとお辞儀をすると、グレイの部屋から出て行った。
深く聞いてきたり長く話し込んだりしない。本当に不思議な執事だ。
グレイはふぅ……とため息をついて、ガイルが用意してくれた紅茶を一口飲んだ。
そういえば、頼んでもいないのにいつも欲しいと思ったタイミングで紅茶や食事が運ばれてきていたことに気づく。
自分がどれほど使用人に興味がなかったのかを、グレイは改めて知ったのである。
それから数日後、レオがまたグレイの家に泊まりに来た。
目的はもちろんマリアに会うためである。
「昨日完全に月が隠れただろ? 今日だってまだ月は出てない。聖女は月が隠れると力を使えないというけど、本当なのかなぁ?」
レオは部屋の窓から真っ暗な夜空を見上げて、独り言をつぶやいている。
正確には独り言ではなくグレイに話しかけているのだが、考え事をしているグレイはずっとレオを無視していた。
「今日大怪我しても治してもらえないってことだから、気をつけないとだよね。まぁ今から怪我なんてしないと思うけど」
「…………」
「力が使えないってことは、今日はマリアは誰とも会わずに1人なのかな。早く行ってあげたほうがいいんじゃない?」
「…………」
「ちょっと聞いてる!? グレイ!」
グレイがハッと気づくと、レオが目の前で顔を覗き込んできたところだった。
ふわふわの猫っ毛が肌に触れて、くすぐったく感じるほどに近い。
グレイは黙ったままレオの顔をぐいーーっと引き離した。
イザベラをどうするかについて、レオには何も言っていない。たとえ冗談でも、監禁という言葉には大反対するのが目に見えてるからだ。
純粋なレオはあまり相談相手にはならない、とグレイは思っている。
「……はぁ。今日は少し早めに別邸へ行くか」
「そうしよう!」
「私も参ります」
「うわあっ!!」
いつ部屋に入ってきたのか、いつの間にかレオの後ろに執事のガイルが立っていた。
背後から突如聞こえたその声に、レオは飛び上がるほど驚き、目に涙を浮かべている。
「お前も一緒に行くだと?」
「はい」
今まで俺が別邸に行くのを知っていてもついてこなかったくせに、急になんだ?
グレイはガイルを不審に思うと同時に、嫌な予感がした。
この男が理由もなく突然こんなことを言ってくるのはおかしい。何かあるからに違いない。
俺達だけでは行かせられない理由が……?
自分が監視しなければいけない何かが……?
グレイの中の胸騒ぎが大きくなっていく。
諭すような目でグレイを見つめてくるガイルが気に入らない。
レオは、グレイとガイルを怯えた顔で交互に見つめた。
状況はよくわかっていないが、なんとなくグレイの不穏な空気を感じ取っているようだった。
「……今すぐ行くぞ」
グレイは椅子から立ち上がり、レオとガイルに向かって言った。