20 ガイルという執事
イザベラはやはりマリアに対して私怨がある。
マリアを檻からすんなり出す事はできないとなると……グレイは自室の机に肘をつき、色々な策を考えていた。
イザベラの弱みを握って脅すか?
弱みとはもちろん『聖女監禁』のことだ。
これを王宮に打ち明けると言えば、従うのではないか?
「……いや。ダメだ」
誰かからリークされて捕まるくらいなら、自分から王宮にマリアを差し出しに行くかもしれない。
ジュード卿の名誉を守るためになかなか決心がつかなかった……などと嘘をついて、監禁の事実を隠す可能性もある。
そうなれば、イザベラの罪が軽くなるだけでなくマリアを王宮に取られる。
1番最悪な結果になる。となると、次の案は……。
イザベラを説得するか?
「……無理だな」
ここ数年まともに会話なんてしていない。
グレイの言葉を素直に聞くなんてとても思えないし、会話ができる気がしない。そうなると……。
イザベラを監禁するか?
「…………」
「グレイ様。お飲み物をお持ちしました」
「!!」
気づけばグレイの目の前には執事のガイルが立っていて、机にティーカップを置いていた。
グレイの祖父の友人でもありこの屋敷で1番長く働いている年配のガイルは、祖父が死んでからも伯爵家が崩壊してからも、辞めずにずっと執事として働き続けている。
特に何か指導してくることも、余計な口を出してくることもない。
淡々と仕事をこなす変わったジジイだ、とグレイは思っていた。
……もし本当にイザベラを監禁するとしたら、俺1人の力では無理だな。誰か他の協力者が必要だ。
例えばこのジジイとか……。
グレイは無意識にガイルをジッと見つめた。
ガイルはいつも少し下に視線を向けていて、あまり目が合うことはない。
今もガイルの視線は机に並べているカップと軽食に向けられている。
このまま何も言うことなく部屋から出て行くのだろう……とグレイは思っていた。
「何か御用でしょうか?」
「え?」
突然そう言われ、ガイルの少し垂れたシルバーの瞳と目が合った。
優しそうでもあり、全て見透かしているような不思議な瞳がジッとグレイを見つめている。
「私に何かを求められているように感じましたので」
「…………」
ガイルからこんなことを言われたのは初めてであった。
グレイはどう答えようか迷った。
子どもの頃からずっと仕えてくれた存在とはいえ、まともな会話もなく必要最低限のやりとりしかしていない相手である。
どこまで信用できるのかもわからない。
グレイは、イザベラの名前を出さずに正直に話してみることにした。
これを言うことで、ガイルがどんな反応をするのか、どんな返答をするのかを確認したかったからである。
「……人を監禁したいんだ」
「そうですか。地下室に牢のような部屋がありますが、普通の部屋と地下室とどちらになさいますか?」
「…………」
顔色を変えることなく即座に返答してきたガイルに驚き、グレイは呆気にとられた。
ガイルは背筋をまっすぐに伸ばし、両手を体の前で合わせた姿勢のままグレイからの指示を待っている。
「……止めないのか?」
「なぜ止めるのですか? あなたの母君も同じことをされているではないですか」
「!?」
グレイはガイルから視線を外さないまま、ガタッと椅子から思いっきり立ち上がった。
身体が机にぶつかり、カップが倒れ……そうになったところをガイルが素早い動きで防ぐ。
「……知っているのか?」
「何をでしょうか?」
「いつから知っていたんだ? なぜ密告しない?」
「私にとって1番大事なのはこのヴィリアー伯爵家です。あなたの祖父である私の友人が大切にしていた称号……それを守るのが、私の仕事です」
淡々と話すガイルと、しばらく見つめ合うグレイ。
どういうことだ? 聖女のことまで知っているのか?
だがそれを密告したら、ヴィリアー伯爵家が潰されるかもしれないからずっと黙っていたと言うのか?
グレイはガイルをジロっと睨んだ。
味方なのか敵なのかよくわからないが、なんとなく気に入らない。
「俺が誰を監禁しようと考えているのか、わかっているのか?」
「イザベラ様ではないのですか?」
「……! それを知っていても、俺が地下室を用意しろと言ったら用意するのか?」
「はい」
ガイルの顔色は全く変わらない。
堂々としすぎていて、焦っている自分の方がおかしいのではないかという錯覚に陥りそうになる。
「……伯爵家を守ると言いながら、当主を裏切るのか?」
「私が守りたいのはヴィリアー伯爵家であって、イザベラ様ではありません」
「!!」
コイツは本気で言っているのか?
こんなにも堂々と、仕えている当主を裏切ると。
……おもしろい。
グレイはニヤリと笑った。
口先だけで敬意を表してくるヤツよりも、断然おもしろいではないか、と。
「……お前、どこまで知っている?」
「この家のことならば大抵のことは存じております。グレイ様が、イザベラ様の部屋から別邸の鍵を持ち出していることも。別邸に入り、あの少女に会っていることも」
「……そのこと、あの女には……」
「申し上げておりません」
「なぜ、今になって俺にこんなことを言い出したんだ?」
「何も求められておりませんでしたから」
「……何?」
ずっと無表情だったガイルの顔が、少しだけ寂しそうな顔になったようにグレイには見えた。
眉が少し下がり、その瞳から何かを訴えかけているように感じる。
「今まで、グレイ様から何かを求められたことがなかったので、何もしてこなかっただけでございます」
「俺から……」
言われてみれば、家庭が崩壊してからというもの、グレイには何も希望や目的がなかった。
ただ日々を生きているだけで、執事やメイドに特別に何かを頼んだ記憶がない。
今まで、何かの情報を探らせたり、相談したり、執事であるガイルを必要としたことが……なかった。
「でも、なぜ俺なんだ? この家の当主はイザベラだろ? なぜそちら側にいかない?」
「あなたは祖父であるアーノルドによく似ております」
「……!?」
初めてガイルがにっこりと笑った。
祖父はグレイが赤ん坊の頃に死んでしまったので、グレイの記憶には全く残っていない。
似ていると言われても、グレイにはピンとこなかった。
「……それだけか?」
「はい」
「…………」
友人であった祖父に似ているから、現当主であるイザベラではなく俺につく?
ガイルの考えは全く理解できないが、ここで疑ったところで真相はわからない。
グレイは少し警戒をしながらも、ガイルの協力を得ることにした。