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19 会話は難しい(マリア)


 マリアは戸惑っていた。

 先ほどやってきたグレイが、眼帯を外すなりこんなことを言ってきたからだ。


『お前と話をしにきた』と。




 話? 話をするって……どうすればいいんだろう?




 マリアはグレイ以上に誰かと会話をしたことがなかった。

 客である貴族とのやりとりはもちろん、全てイザベラやネズミ顔の執事キーズが行っている。


 マリアはいつも一方的に話しかけられるだけだ。

 誰もマリアの意見など聞こうとしないし、マリア自身も話したいという願望はなかった。


 マリアはどうしていいのかわからず、とりあえずグレイが何か言い出すのを待ってみることにした。



「…………」


「…………?」



 ところが、グレイは険しい顔でずっと黙り込んでいる。

 ここは自分から何かを言った方がいいのか? でもなんて言い出せばいいんだ? とマリアが戸惑っていると、グレイが口を開いた。



「イザベラから、暴力を受けたりしているのか?」



 この質問に正直に答えてもいいものなのか、マリアは迷った。


 良くないことだというのはなんとなくわかっている。

 でもグレイに対して嘘をつきたくない……という思いがマリアにはあったので、その質問に正直に頷いた。


 すると、いつもならすぐに次の質問がくるはずなのに、グレイの口から出た言葉は少し違っていた。



「マリア……その、実際に何をされたのか話せるか? こんな事をされたとか、言われたとか、そういうのを教えてほしい」




 マリアが話す?

 



 グレイの質問に頷くか首を振るだけだと思ったが、どうやら違うらしい。

 これが『話にきた』ということなのかと、マリアは困った。




 言ってもいいのかな?




「……叩かれた」



 少し勇気を出して言ってみた。

 マリアはこんなことを言って怒られはしないだろうかと不安だったが、グレイは難しい顔をして話を続けた。



「……どこをどんな風に叩かれたんだ?」


「えっと、足とか、手とか、背中とか……バシンって」



 グレイは黙っている。

 もっと言ったほうがいいのだろうか、とマリアは続けて話した。



「あとは……爪でガリって……」


「……引っ掻かれたということか?」



 マリアは頷いた。

 被害を受けているのは実は主に顔なのだが、それは言わなかった。



「あー……その、叩かれた傷とかは平気なのか?」


「治してるから平気……」



 そう答えると、また2人の間に静寂が訪れた。

 グレイも戸惑っているのが伝わってくる。




 マリアが上手に話せないから……。

 どうしよう。せっかく来てくれたのに、帰っちゃうかも……。




 マリアはグレイが帰るたびに寂しく思っていた。

 来ない日もずっと静かに待っている。屋敷の扉が開く音が聞こえないかと……。




 今日また来てくれたのに、マリアはちゃんとお話できない……。

 レオと話しているお兄様は楽しそうだったのに……。




 マリアがどうしていいのか困っていると、グレイが立てていた自分の膝に頭をつけて盛大なため息をついた。

 自分に対する呆れた態度なのかと思ったマリアは、内心とてもドキッとした。



「……やっぱり俺はうまく話せないみたいだ。レオを今度連れて来る」


「…………」



 グレイの予想外の発言に、マリアは目を丸くした。

 自分が考えていたことと全く同じことを言われたのだから、驚くのも無理はないだろう。



「マ、マリアも……」


「え?」


「マリアも上手にお話できなくてごめんなさい……」


「…………」



 そう謝ると、グレイは少し考えたような顔をしてからマリアの頭に手をポンとのせた。

 そして、困ったような……でも嬉しそうな顔で、ボソッとつぶやいた。



「俺達、こんな家で育ってる者同士……似ているのかもな」



 マリアには、グレイが笑っているように見えた。

 いつも険しい顔をしているグレイの笑顔を見て、マリアも自然に笑顔になる。


 優しい言葉をかけ続けてくるわけでもないし、ずっと笑顔でもいるわけでもないのに、なぜかマリアはグレイと一緒にいると嬉しくて安心感があった。

 まるで雛が最初に見た相手を母親だと思うように、初めて情を向けてくれた相手だから懐いてしまったのか。


 グレイはマリアの頭から手を離し、真面目な顔に戻った。



「もう一つ聞いていいか。イザベラがなぜマリアに手を上げるのか、その理由はわかるのか? 何か言われたりしてないか?」


「……マリアが悪い子だから」


「悪い子?」


「マリアは悪魔の子で、マリアがあの人の人生をめちゃくちゃにしちゃったから……」


「……そうか」



 グレイの表情は変わらなかったが、少しだけ視線を下に向けた。

 マリアは『悪魔』がなんのことなのか知らなかったが、悪いものだということは感じ取っていた。


 こんなことを言って、グレイにも同じように……悪魔の子だと思われてしまうかもしれないと不安になる。

 グレイの次の言葉を待ってジッと見つめると、グレイは一度下げた視線を再度上げてマリアと目を合わせた。


 真っ直ぐな視線。迷いのない瞳。整った顔立ち。

 薄暗い部屋の中だが、聖女の瞳を持つマリアにははっきり見えている。




 なんてキレイなんだろう……。




 相手は男だとわかっていても、マリアはグレイを見て素直にそう思った。

 

 グレイは何かを覚悟したような瞳で、顔を少しだけマリアに近づけて話し始めた。



「いいか。お前は悪魔の子なんかじゃない。お前は聖女だ」


「セイジョ……」


「伝説の聖女は、国の宝であり、国民の憧れであり希望だ。もう何100年も生まれてきてなかった。お前は特別な存在なんだ」




 セイジョ? 宝? 憧れ? 希望? 特別?

 ……誰が?




「……マリアが?」


「そうだ。本当なら、こんな場所でこんな扱いを受けるべきではない。王宮で過ごすべきなんだ」


「王宮にお兄様はいる?」


「いない。俺の家はここだからな」


「じゃあマリアも行かない」


「……王宮なら何不自由なく暮らせるぞ」


「マリア、お兄様と一緒がいい」


「……そうか」



 グレイはマリアから顔を離すと、手を顎に当てて何か考え出した。

 ブツブツ何か言っていたが、何を言っているのかマリアにはわからなかった。


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