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17 マリアを檻から出してあげようよ!


「俺の名前はレオ。俺のこともお兄ちゃんって呼んでいいよ」


「お兄ちゃん……?」



 さっき会ったばかりだというのに、図々しくもマリアに兄と呼ばせているレオを、グレイはジロっと睨みつけた。

 そんな睨みに気づかないのか、レオは目をキラキラと輝かせながらグレイを振り返った。



「うおお……! 聞いたか!? お兄ちゃんって呼んでくれたぞ。なんかめちゃくちゃ嬉しいんだけど!」


「なんでお前がお兄ちゃんなんだ。関係ないだろ」


「いいだろ! 俺だって妹が欲しかったんだ」


「ダメだ。マリア、こいつのことはレオと呼べ」



 キャンキャン吠えるレオの意見を無視して、グレイはマリアに向かって言った。



「レオ……?」



 マリアを見つめながら、小さな声で「お兄ちゃん、お兄ちゃん……」とブツブツ呟いていたレオは、名前を呼ばれた途端にまた顔を輝かせた。



「おお……! こんな小さい子から名前で呼ばれるっていうのも、仲良しのお兄ちゃんみたいでいいな!」


「お前、結局なんでもいいんじゃねーか…………あっ」



 ハッとしたグレイは、すぐに持ってきていた時計を確認した。

 そして舌打ちをすると、マリアに話しかけているレオに声をかけた。



「もうこんな時間だ。あの女が帰ってくる前に、この屋敷の鍵を部屋に戻さないと……」


「えっ! じゃあ早く帰らないと!」


「行くぞ。またな、マリア」



 そう言うと、グレイはマリアにまた黒い大きな眼帯をつけて、部屋の扉に向かって歩き出す。

 レオはマリアの頭をポンポンと軽く撫でて、にこっと笑った。



「じゃあね、マリア。必ずここから出してあげるからね」


「早くしろ」


「はいはい」



 マリアは何も言わずに2人の背中を見送っていた。


 バタン


 部屋の扉を閉めて、急いで階段を駆け下りる。

 外にイザベラの馬車がないことを確認してから、2人は別邸を飛び出し夜の庭を猛スピードで走った。


 屋敷に戻るなり、グレイは真っ直ぐにイザベラの部屋へと向かう。

 別邸の鍵をいつものようにテーブルの上に乱雑に置くと、「ふぅ……」と一息ついた。

 



 間に合った。

 まだあの女には、俺がマリアの存在に気づいたことを知られたくないからな……。



 

 イザベラの部屋を出てそのまま自分の部屋に戻ると、先に戻っていたレオが水をガブガブ飲んでいるところだった。

 喉が渇いているのはグレイも同じである。



「俺にもくれ」


「ああ」



 グレイが頼むと、レオが水を入れたコップを手渡してくれた。

 それを一気に飲み干すと、コン! と音をたててテーブルに置く。


 レオは何か言いたそうな顔で、ソファに座りながらチラチラと遠慮がちにグレイの様子をうかがっている。



「……なんだ? 何か言いたいことがありそうな顔だな」


「えっ!? わ、わかるの!?」


「……隠してるつもりだったのか?」



 本音を言うならば、レオが何を言おうとしているのかまで、グレイにはわかっていた。

 けれど本人の口からしっかりと確認したかったため、あえて質問したのである。


 レオはグレイの冷たい瞳を真っ直ぐに見つめながら、ためらいがちに……でもはっきりと言った。



「俺は、やっぱりマリアをあの檻から出してあげたい」


「…………」



 思った通りの回答に、グレイは何も答えない。

 この先のレオの考えを聞くためである。



「でも、グレイやグレイのお母さんが捕まってしまうのはイヤだ……。だから王宮に伝えるのは、まだ様子を見るとして……ひとまず檻から出して、一緒に暮らすことはできないの?」



 『聖女』は国の宝だ。発見次第、王宮に伝えるのは国民にとって当然の義務である。

 特にその聖女が()()()()()だったのなら、なおさらだ。


 それでもレオが聖女のことだけでなく、グレイのこともしっかり考えてくれていることに彼の優しさが伝わってくる。



「……あの女が、マリアを出さないだろう。マリアが出たくない理由も、あの女が怖いからだと言っていたし、おそらく厳しい(しつけ)を受けているのだと思う」


「厳しい躾……」



 レオの顔が曇った。

 グレイが『酷い扱い』よりも『厳しい躾』と言ったのは、レオの暴走を止めるためである。


 実際にイザベラがマリアに対してどんな対応をしているのかは知らないが、マリアが怖いというほどの何かをされているはずだ。


 マリアは檻に監禁されて鎖でつながれ、目を眼帯で隠されている。これだけで十分『酷い扱い』である。

 その様子を見てすぐに檻から出そうとしたレオに、さらにマリアが『酷い扱い』を受けていると伝えたなら、この男は今すぐ別邸へ向かおうとするだろう。



 マリアに傷などは見当たらない。

 おそらく聖女の力で治しているのだろうが、見た目に傷がないため暴力を受けている印象はない。

 さらにレオの記憶にある昔のイザベラは、優しく可憐な女性であったはずだ。


 この2つの理由から、レオはまだ今の時点ではマリアがそこまで酷い扱いをされているとは考えていないだろう……とグレイは思っていた。



 ここでレオに暴走されては、事態がさらに悪化する可能性もある。

 まずは、イザベラがマリアをどのように扱っているのか、もし檻から出した場合にどのような行動をするかを予測して考えなければいけない。



「マリアを檻から出す前に、まずはあの女をどうにかしないとな。出してもすぐに捕まってしまっては意味がない」


「……! じゃあ……檻から出すのに協力してくれるんだね!」



 レオの顔がパァッと明るくなった。本当に感情が顔に出る。



「協力してくれる……ってなんだ。()()()()()協力するんだろ?」


「いや……。グレイに断られたら、無理矢理にでも出してやろうと考えてたからさ!」



 やっぱりな、とグレイは思った。



「……お前は『計画』という言葉を知った方がいい」


「失礼な! それくらい知ってるよ!」


「実行できていないなら、それは知らないのと同じことなんだよ」



 その夜、グレイとレオは遅くまでイザベラをどうするかについて話し合った。


 お互い今のイザベラをよく知らないため何も計画は立てられず、結局グレイが今後イザベラとマリアの関係を調べるということで話し合いは終わった。



「それにしても、マリアはめちゃくちゃ可愛いな! 俺もたまにはお兄ちゃんって呼んでもらおう」


「ダメだ」


「なんでだよー。いいじゃん、たまーーに呼んでもらうくらい」


「ダメだ」


「はぁー……。お前、心狭すぎ……」



 この時レオを『お兄ちゃん』と呼ばせておけば良かったと、『レオ』と呼ばせるのではなかったと、グレイが後悔するのは数年後の話である。

 

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