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12 突然やって来た少年との出会い


 その日はマリアの7歳の誕生日であった。

 もちろん、そんなことはマリア本人も知らない。


 いつものように冷たい檻の中で、マリアは眼帯越しにうっすらと見える丸い月を眺めていた。

 その時、部屋の外から微かに物音が聞こえてきた。

 人が歩いている音。たくさんの扉を開け閉めしている音。


 ジュード卿とエマがいなくなってから、この時間に物音がすることなどなかった。

 イザベラもキーズも、夜になると帰ってしまうからである。




 だれ……?




 しばらくその物音を聞いていると、だんだんとこの部屋に近づいてきているのがわかった。

 



 次はここだ……。




 とうとう自分の部屋の扉が開けられ、スタスタと檻に近づいてくる足音が聞こえる。


 マリアが格子の方に顔を向けていると、黒い人影が現れた。

 イザベラやキーズと比べると背が低い。髪型や服装の形から、少年だというのがわかる。




 子ども……? だれ……?




 マリアは黙ったまま少年を見つめた。

 言われてなくても声はかけなかったと思うが、マリアはイザベラから誰とも話すなと命じられていた。


 

「お前は誰だ?」



 ──マリアだよ。



 少年が問いかけてきたが、イザベラから声を出すことを禁止されていたマリアは何も答えることができない。



「お前は誰にここに連れて来られたのだ?」



 ──連れて来られた? マリアはずっとここにいたよ。



「いつからここにいる? ここで何をしている?」



 ──赤ちゃんの時からいるよ。月を見てたよ。



「この檻から出ることはあるのか?」



 この質問になら声を出さずに答えられると思ったマリアは、コクリと頷いた。



「ここには毎日人が来るのか?」

「それは女か?」

「それはイザベラという名前か?」



 マリアはコクリと頷く。

 キーズが「イザベラ様」と呼んでいたので、マリアは自分をいじめてくる女性がイザベラという名前だと知っていた。



「他には誰が来るんだ?」



 ──キーズって名前の男の人と、怪我をした人や病気の人が来るよ。



 この質問にはマリアは答えられない。

 少年はマリアが何も言わなくても怒ったりしない。それがマリアには不思議だった。


 

「イザベラ以外の人間も来るのか?」



 マリアはコクリと頷いた。

 会話という会話はしておらず、マリアは黙っているか頷くだけであったが、人とのやりとりがとても楽しい。


 少年の声には決して優しさがあるわけではなかったが、狂ったように罵倒してはこないその落ち着いた声は、マリアを安心させていた。


 しばらく少年とのやりとりが続いたところで、会話がピタリと止まった。

 少年が周りをキョロキョロしているのが、眼帯越しに見える。



「いいか。俺がここに来たことは誰にも言うな」



 マリアがコクリと頷くと、少年が立ち上がった。扉のほうに歩き出すのが見える。




 行かないで。




 マリアは初めてそう思った。

 危うく声に出してしまいそうになったのをなんとかこらえて、マリアは部屋から出ていく少年を見送った。




 少年が現れた日から数日……マリアはその間もたくさんの貴族を治癒していた。

 ジュード卿の頃よりもあきらかに忙しくなっている。


 貴族の裏事情などよくわかっていないイザベラは、顧客を厳選することなく屋敷に呼んで聖女の治癒を受けさせていた。



(王宮に聖女の存在が知られる日まで、そう遠くないかもしれない……)



 そんな噂話を立てられていることすら、イザベラは知らなかった。



 その日、数人の貴族の治癒を行ったマリアは、疲れて早めの眠りについていた。

 誰もいないはずの静かな屋敷。冷たく硬い檻の中も、1年も過ごせばさすがに慣れる。

 いつものように体を丸くして眠っていると、いきなり声が聞こえた。



「おい。起きろ」



 突然起こされることにも、マリアは慣れている。

 いつもは寝ているところを起こされても特に何も感じないのだが、マリアの心は少し浮ついていた。


 声で、この前来てくれた少年だとわかったからである。




 また来てくれた……。




「今日この部屋で黄金の光が出ているのを見た。あの光を出したのはお前か?」



 少年からの質問に、マリアはコクリと頷いた。

 またこのやりとりができるのかと、今度はどんなことを聞かれるのかと、マリアの心は踊った。



「あの光は、聖女の光ではないのか?」



 ──セイジョ? マリアはマリアだから、セイジョじゃないよ。でも、マリアのことをセイジョって言う人もいるけど……。



 マリアは正解がわからなかったため、何も反応できなかった。



「それは、誰にも言うなと口止めされているのか?」



 ──そんなことは言われてないよ。



 マリアは首を横に振った。



「口止めではない? ……では、まさかお前は聖女を知らないのか?」



 マリアはコクリと頷いた。


 聖女という言葉を何度も聞いたことがあるが、それが何を意味しているのか……マリアは知らない。

 物心がついてから、丁寧に教えてくれる人などいなかったからだ。



「こっちに来い」



 マリアは立ち上がって少年の近くにまで行った。

 格子にぶつかる手前で、ピタリと止まる。



「動くな」



 少年の手が眼帯に触れたと感じた瞬間、眼帯が引っ張られて目の前が明るくなる。

 明るいと言っても、月の光しか入っていない薄暗い部屋なのだが、それでも少年の顔がマリアにはよく見えた。


 真っ黒な髪色の中に、部分的に輝くシルバーの髪。

 パーツがはっきりとした端正な顔立ち。

 真っ直ぐにマリアを見つめる碧い瞳。




 ちょっとだけパパに似てる……。




 マリアはジュード卿を懐かしく感じながら、少年をジッと見つめた。


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