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104 グレイ様が笑った……!


「で、どういうこと!?」



 馬車に乗り込むなり、レオが前のめりになって尋ねてきた。

 並んで座るグレイとマリアを交互に見ながら、レオはキッと眉を吊り上げて、少し怒っているような様子だ。


 オロオロするマリアと違い、まったく悪びれた様子のないグレイは冷静に聞き返した。



「何がだ?」


「2人のことだよ! いつマリアが好きだって気づいたの!? いつお互いの気持ちを伝え合ったの!? 昨日のパーティーではそんなこと言ってなかったよね!?」


「うるさい。もっと静かに話せ」


「さっき見た優しい笑顔のグレイは!? もういつものグレイに戻っちゃった!」



 レオが悲しそうな声で嘆く。

『優しい笑顔のグレイ』という言葉を聞いて、グレイはゾワッと鳥肌が立った。


 自分で想像してもなんとも気持ちが悪い。



「はぁ……。マリアと話したのは昨日の夜だ」


「昨日の夜!? ……もしかして、アドルフォ王太子に刺激されて?」


「まあな」



 レオがチラッとマリアに視線を移すと、マリアはその話は本当だよとでもいうようにコクコクと頷いた。

 改めて2人が通じ合った事実を実感したのか、レオの顔がだんだんと嬉しそうに綻んでいく。



「そっか……とうとう……。長かったけど、ちゃんとグレイが自分で気づいてくれて良かったよ」


「…………」



 涙声で話すレオに、グレイは何も答えない。

 少しだけグレイの目が泳いだことに気づいたレオが、ハッとしてすぐに問い詰める。



「……自分で気づいたんだよな?」


「…………」



 グレイはレオと目を合わせない。

 2人のやり取りを大人しく見ていたマリアが、慌てて会話に入ってきた。



「あの、私が言っちゃったの。お兄様は私のことが好きなの? って」


「……マリアにそこまで言わせて、やっと気づいたってこと?」


「う、うん」



 マリアはフォローをしたつもりだったが、今やグレイを見るレオの目には軽蔑の色しかない。

 それがわかっているからか、グレイはわざとらしく窓の外に視線を向けていた。


 レオはまだ何か言いたそうな顔をしていたけれど、マリアがいることに気遣ったのかその後は何も言わずに黙っていた。

 伯爵家に到着するまで、恨めしいような視線をグレイに送りながら──。






 お屋敷に到着したグレイたちを出迎えたのは、ガイルを筆頭とする使用人たち全員であった。なぜかみんな不自然なくらい笑顔になっている。

 

 目がチカチカするほど明るい花で飾られた玄関ホールに入り、グレイは家を間違えたのかと思った。

 マリアとレオは顔を輝かせながらキョロキョロとホール内を見回している。



「おかえりなさいませ」


「……これはいったいなんだ?」


「グレイ様とマリア様のお祝いとして、使用人全員が張り切って屋敷中を飾りつけました」




 屋敷中を? 玄関(ここ)だけでなく?




 そう口から出そうになったが、その前にグレイには聞きたいことがあった。



「俺とマリアのお祝いとはなんのことだ?」


「もちろん、お二人の結婚のお祝いでございます」


「!」



 咄嗟にマリアとレオを振り返ったが、2人とも首を横にブンブンと振っている。

 話したのは自分ではない──という意味だが、それもそうだろう。


 なぜなら、グレイとマリアが結婚すると決めたのはついさっきなのだから。



「なぜそれを知っている?」



 グレイが眉を顰めて尋ねると、ガイルがさも当然のことのようにキッパリと答える。



「今朝のマリア様のご様子で、昨夜お二人がお互いの気持ちを通じ合ったのだと悟りました」


「……それで?」


「本日、お二人で王宮に向かわれたので、エドワード殿下とお話をした上で結婚するという流れになると予想しました」


「……それで、この準備をしたと? ただの予想の段階で?」


「はい。ですが、予想は的中したと確信しております。間違えておりますか?」


「…………」




 相変わらず、先の先まで読んでいやがるな、このジジイ……!




 グレイが悔しそうに小さく舌打ちをすると同時に、レオが「さすがガイル!」と大きな声で褒め称えていた。

 マリアはすでにエミリーをはじめとするメイドたちに囲まれている。


 キャアキャアと甲高い声で盛り上がるメイドたちの中心で、真っ赤な顔で微笑むマリアがかすかに見えた。



「マリア様、おめでとうございます!」

「本当に嬉しくて、飾りつけをしながら何度も涙ぐんでしまいました」

「グレイ様とマリア様が……!」



 自分を見透かされたようでどこか気に入らないが、マリアや使用人たちが心から喜んでいる姿を見るのは悪い気はしない。

 グレイは小言を言おうとしたのを止め、ガイルに問いかけた。



「だが、俺とマリアは結婚できるのか? マリアを俺の妹としてヴィリアー伯爵家に登録してしまったが……」


「問題ありません。マリア様はグレイ様の妹として登録しておりませんので」


「…………」



 ガイルの不可解な言葉に、グレイは一瞬混乱した。

 マリアを別邸から連れ出してすぐ、グレイの妹として登録するようにガイルに手続きを任せたのを覚えている。


 


 ガイルは手続きは無事完了したと言っていたはずだ。

 なのに、登録していないとはどういうことだ?




 グレイの疑問に応えるように、ガイルがしれっとした調子で淡々と説明を始めた。



「マリア様はお母上であるエマ様の娘として登録しております。ヴィリアー伯爵家の養子としては登録しておりません」


「なぜだ? 俺は妹として登録しろと……」


「はい。ですが、こうして結婚したいとおっしゃられたときに妹の立場では厳しいかと思いまして」


「……10年前の時点で、こうなることを予想していたと?」


「はい」



 キッパリと応えるガイルを、グレイだけでなく他の使用人やレオまでも少し引いたような顔で見つめる。

 さすがガイル様……と思っている使用人の声が、グレイには聞こえた気がした。




 本当に、このジジイは……。




 呆れるような、イラッとするような、関心するような。

 そんな複雑な感情の中で、グレイは感謝の気持ちが大きいことに気づいた。


 ガイルのおかげで、マリアとの結婚は滞りなく進めることができるのだから。



「……まぁ、実際にそうなったわけだし、助かったよ」



 ざわっ


 一瞬で、使用人たちの動きが止まる。

 あのガイルでさえ、目を丸くしてグレイを凝視している。




 ……なんだ?




 グレイのその疑問は、レオによって明らかにされた。



「また、昔のグレイだ……」


「!」



 そこではじめて、グレイは自分が笑っていることに気づいた。

 使用人の前で笑うなんて、いったい何年ぶりだったのだろうか。みんなの反応を理解すると共に、グレイは居た堪れない気持ちになった。



(グレイ様が笑った……!?)

(あのグレイ様があんなに優しく笑うなんて!)

(あの笑顔、幼い頃のままだわ。あ。涙が……!)

(マリア様のおかげで、グレイ様に笑顔が!)



 心の声はわからないはずなのに、なぜかなんとなくみんなの考えていることが伝わってくる。


 この空気に耐えられなくなったグレイは、「部屋に戻る」とだけ伝えて足早にその場を離れたのだった。


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