102 昨夜、マリアは俺のものになったので
「マリアと話があるから俺の部屋へ行く。……ヴィリアー伯爵もレオも一緒に来てくれ」
「……はい」
地下牢から戻ってくるなり、待っていたグレイとレオに向かって王子が告げる。
マリアが何かグレイに目配せをしてきたが、グレイにはその目配せの意味がわからなかった。
なんだ? 話って、フランシーヌ嬢のことか?
地下牢で何があったかの説明もなく、これから話す内容も何かわからない。
色々と聞きたいのを我慢して、とりあえずグレイとレオはマリアたちのあとに続いて王子の部屋に向かった。
部屋に入るなり、王子は立ったまま話を始める。
「ロッベン公爵令嬢の件については、あとでマリアから聞いてくれ。それより、マリアの話したいこととはなんだ?」
マリアの話したいこと?
隣に立つレオをチラッと見たが、レオもなんのことかわからないらしく無言で肩をすくめていた。
マリアは一度グレイに視線を送ったあと、エドワード王子の前でピシッと背筋を伸ばした。
変な緊張感が部屋に漂っている。
「あの、前にエドワード様からされた婚約の話……。あれ、正式にお断りします」
「!」
その場にいた男3人が、一気にマリアの話そうとしている内容に気づく。
エドワード王子は一瞬ジロッとグレイを睨んできたし、レオはイラッとするほどの嬉しそうな目でジロジロと見てくる。
そんな視線を無視して、グレイはマリアをジッと見つめた。
「……理由はこの前と一緒か? それなら、俺は諦めないと伝えたはずだけど」
ムスッとした王子の返答に、マリアが「それだけじゃなくて……」とモゴモゴと言い返そうとしている。
〝この前の理由〟がなんなのかグレイにはわからないが、今断っている理由は間違いなく自分とのことが関係しているのだろうと察することができる。
グレイは一歩前に出て、2人の会話に入っていった。
「マリアは俺のものですから、他の誰とも婚約はさせません」
「!?」
あまりにもハッキリとした物言いすぎて、グレイ以外の全員の目と口がポカンと丸くなる。
真面目な話をしているというのに、なぜみんなそんな間抜けな顔をしているのかとグレイは不思議に思った。
「マリアは俺のもの……?」
「グ、グレイ……?」
ボソッと呟かれた王子とレオの言葉が、静かな部屋の中でかすかに聞こえた。
エドワード王子は今のは空耳か? とでも言いたそうな顔をしているし、レオは本物のグレイか? と疑うような目で見てくる。
マリアは、頬を赤く染めてグレイの顔をジーーッと見つめていた。
「俺のもの、とはどういう意味だ?」
「そのままの意味ですが。昨夜、マリアは俺のものになりましたので」
「なっ……!?」
その言葉を聞いた瞬間、エドワード王子はマリアの肩を、レオはグレイの肩をガシッと掴んだ。
「マリア! 昨日、兄に何かされたのか!?」
「グレイ! マリアに何したの!?」
ほぼ同時に、2人の大声が部屋に響いた。
先にそれに答えたのはマリアだ。レオがものすごい勢いで前後にガクガク揺らすものだから、グレイは答えることができずにいた。
「あ……えっと、実は、ミ、ミアのキスを……」
「…………ミアのキス?」
恥ずかしげに話すマリアの返答を聞いて、王子とレオがはぁーーっと大きなため息をついた。
普段の王子であれば、誰かがマリアにミアのキスをしただけでも怒るところだが、今はそれ以上のことを想像していたせいかホッと安心してしまっている。
レオはグレイに「紛らわしい!」と文句を言い、グレイに「何がだよ!?」と怒鳴りつけられていた。
しかし、一安心したのも束の間。
すぐにハッとした王子とレオが再度グレイとマリアを交互に見る。
「いや……待て。ミアのキス?」
「え……グレイがしたの? マリアに?」
「ああ」
戸惑った様子の2人にキッパリ言いきると、2人の視線がグレイに集中した。
レオが何か問いかけるのを躊躇した瞬間、エドワード王子が確認するようにグレイに尋ねる。
「兄であるヴィリアー伯爵が、なぜマリアにミアのキスを?」
質問しているというのに、まるで答えがわかっているような顔。
そして、できればその考えが外れていてほしいというような空気を感じつつ、グレイは王子に遠慮することなくキッパリと答えた。
「もう兄でいるのはやめました」
「兄でいるのはやめた? それはどういう……」
「俺は妹としてではなく、女としてマリアのことが好きだと気づいたので」
「!!」
恥ずかしげもなく堂々と言うグレイの姿を見て、王子とレオは呆気に取られている。
マリアが否定することなく照れた様子でうつむいているのを確認したあと、エドワード王子が立っている気力がなくなったかのように床にペタッと座り込んだ。
王子らしからぬ行為だが、この場には4人しかいないのだから構わないだろう。
「エドワード様……?」
マリアが気遣うように声をかけると、王子は頭を押さえながら大きなため息をついた。
「はあーー……っ。そっちも気づいちゃったのかよ……」
「ん?」
王子の呟きに、マリアが反応する。
グレイの発言に驚いてはいたけれど、どうやらそのことはすでに知っていたような口ぶりだ。
さすがにその王子の反応にはグレイも眉をくねらせた。
「まるですでにご存知だったかのような言い方ですね?」
「当たり前だろ! ヴィリアー伯爵もマリアも、どっちもわかりやすすぎるんだよ!」
八つ当たりのように怒鳴った王子の近くでは、レオがうんうんと深く頷いている。
気まずそうに顔を赤くしたマリアとは違い、グレイは納得のいかない顔で2人を凝視した。
わかりやすい? 俺が?
学園でも仕事で会う貴族にも、何を考えているのか表情が読めないと言われてきたグレイにとって、その言葉は衝撃であった。
知っていたならなぜもっと早く教えてくれなかったのかと、レオに軽い怒りが湧いてくる。
グレイはジロッとレオを睨みつけた。
「なんで早く言わなかったんだ?」
「え。なんで俺が怒られるの!?」
「お前は前から気づいてたんだろ?」
「俺だけじゃないよ! ガイルだってエミリーだって気づいてるよ!」
「!?」
グレイがさらなる衝撃の事実に驚いていると、エドワード王子がスッと立ち上がってグレイに近づいてきた。
「それで? マリアと結婚するのか?」
「マリアと結婚?」
「…………」
そんなこと考えてなかったと言わんばかりのグレイとマリアのポカンとした顔を見て、エドワード王子が心底軽蔑した目で2人を見据えた。