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101 嬉しくない罰


 フランシーヌが収監されている地下牢には、マリアとエドワード王子だけが入ることを許可された。

 グレイとレオに目配せをしたあと、マリアは警備をしていた騎士に案内されてその牢へ向かう。




 ここ……昔と変わらない……。




 暗くじめっとした地下牢は、外よりも気温が低くひんやりとしている。

 ブルッと体が震えるのをこらえたマリアは、奥の地下牢でぐったりと倒れている女性が目に入った。



「…………っ!?」



 思わずマリアの足が止まったのは、その女性がフランシーヌだと気づいたからではない。

 赤い服だと思ったものが、全部血で染められたものだと気づいたからだ。



「フランシーヌ様っ!?」



 マリアが駆け寄ると、牢の中にいるフランシーヌが少しだけ顔を上げる。

 真っ青で虚ろな表情をしているけれど、間違いなくあのフランシーヌだ。声を出せないのか気力がないのか、ボーーッとしていて何も反応しない。


 背中や足を鞭で叩かれたのか、その部分だけが真っ赤に爛れてしまっている。




 こんな……ひどい……!!




 マリアが治癒しようと手を伸ばした瞬間、うしろにいたエドワード王子が止めに入る。



「治すな、マリア。これはこの女の罪の証だ」


「でも……」


「本当は処刑したいくらいだが、これで我慢しているんだ」


「…………。アドルフォ王太子にも、何かするの?」



 王太子の名前を聞いて、エドワード王子の眉がピクッと反応する。

 悔しそうに顔を歪めながら横を向いた王子は、絞り出すような声でその質問に答えた。



「王太子をすぐに捕まえることはできない。マリアが傷を負ったわけでもなく、ただ話していただけだと主張されているからな。部屋に騎士がいたことで、2人きりではなかった証明にもなってしまっている」


「……そう。じゃあその主張を信じていいよ。その通りだもん」


「お前な! 自分が押し倒されたのを忘れたのか!?」


「でも、私は助けてもらったから何もされてないよ。本当に話してただけだよ」


「それは結果論で──」


「結果論でも!!」



 めずらしくマリアが大声を出したので、エドワード王子は驚いて言葉を止める。

 フランシーヌの様子を見るためにしゃがんでいたマリアは、王子を睨みながらスッと立ち上がった。



「結果論でも、私は無事なの。何もされていないの。それなのに、こんなことをするなんて……」


「あっ、マリア!?」



 マリアは王子の止める声を無視して、フランシーヌの傷を綺麗に治した。

 汚い牢の中も清潔になっている。


 体の痛みがなくなったフランシーヌは、呆然としながらマリアを見上げている。


 マリアはそんなフランシーヌから目を離し、再度エドワード王子に顔を向けた。

 さっきまで眉を吊り上げていたマリアだが、今は泣きそうな顔になっている。



「これは誰のための罰なの? 国のため? 私のため? ……私は、こんなことをされても全然嬉しくない」


「!」


「嬉しくなんてない。……苦しいだけだよ。エドワード様……」



 マリアの瞳からポロッと涙が落ちる。

 そのとき、フランシーヌが「ごめんなさい……」と小さな声で謝った。


 気づけばボロボロと大泣きをしていたフランシーヌは、体を震わせながら床に頭をつけて何度も何度もごめんなさいと繰り返している。

 マリアが「もうやめてください」と頼んでも、フランシーヌは謝るのを止めなかった。



「…………わかったよ」



 そんな2人の様子を見ていたエドワード王子が、どこか納得のいかない顔でボソッと呟く。

 マリアとフランシーヌは、こちらを見下ろしている王子をそっと見上げた。



「フランシーヌ・ロッベン。金輪際、聖女マリアに近づくことを禁止する。もちろん、俺の婚約者候補からも降りてもらう。俺にも二度とその顔を見せるな」


「……かしこまりました」


「他の処罰については、また後日詳しく決める。……ひとまず、これ以上傷つけることはないとマリアに誓おう」



 王子の言葉に、フランシーヌの目からまたボロボロと涙が溢れる。

 慕っている相手から二度と顔を見せるなと言われたことが悲しいのか、最後の慈悲の言葉に感謝しているのか、その涙の理由はマリアにはわからなかった。




 エドワード様との婚約の話が完全になくなってしまった……。

 これはきっと彼女にとって1番つらいことだよね。




 フランシーヌにとって、十分すぎる罰は受けている。

 体への負担は無くなったけれど、心の負担はさぞ大きいことだろう。


 でも、そこも考え直してあげてとはさすがにマリアも言えなかった。



「エドワード様、ありがとう」


「……マリアの頼みじゃなかったら聞いてないぞ」


「うん。ありがとう」



 エドワード王子はまだ納得のいかない顔でフンッと顔を横に背けた。

 昔から不器用な王子の優しさに、マリアは心から感謝した。



「あの、アドルフォ王太子のことも……あまり責めないで。遠い国だからきっともう会うこともないと思うし、ガブール国との友好条約がなくなったらこの国にとってもマイナスでしょ?」


「…………」


「私も、もう絶対に王太子には会わないから。ね? お願い」



 マリアの健気で甘えるようなお願いに、エドワード王子は悔しそうに歯をギリッとさせて拳を握りしめた。

 まるで自分の意思を必死に我慢するように堪えたあと、ふーーっと大きく息を吐く。



「……わかったよ! その代わり、今後の貿易については全部こっちの有利に進められるように交渉してやる! もちろん、マリアにも二度と関わらせない!」


「うん。仲違いするより、そっちのほうが全然いいよ」



 やっとニコッと笑ったマリアを見て、王子が呆れたようにため息をつく。



「ただし、これはあくまでマリアが無傷だったからの処置だぞ。もしマリアに何かあった場合は、どんなに反対しようがその加害者には重い罰を与える! わかったな?」


「わ、わかった。次からはもっと気をつけるね」




 私の不注意で誰かが処刑でもされたら大変!

 本当にこれからは気をつけなくちゃ!




「……ところで、なんで今日は兄も一緒だったんだ? レオがいるのに、わざわざ一緒に来たのか?」


「あ、うん」



 フランシーヌのことに必死で、今日はグレイが一緒だったことをすっかり忘れていた。

 今頃ソワソワしながらマリアたちが地下牢から出てくるのを待っていることだろう。


 急いで戻らなきゃ……と思ったマリアは、ふとあることに気づく。




 あれ? そういえば、お兄様と気持ちが通じ合えたことをエドワード様に言ったほうがいいのかな?




 以前、エドワード王子が婚約者を作らずにいたのはマリアが好きだったからだと言われたことを思い出す。

 もう確実に王子とマリアが結婚する未来がないのであれば、それは早めに伝えないといけない。


 ズキッ


 王子からの求婚を断ると考えただけで、マリアの胸が痛んだ。

 今までも何度も断ってきたけれど、恋心がわかるようになったマリアにはそれがどれだけ残酷なことなのかがやっと理解できたからだ。




 ごめんなさい。エドワード様……。




「このあと、少し話ができる?」


「…………!」



 マリアの悲しそうな問いかけに、王子は一瞬で真顔になったあと覚悟を決めたようにコクッと頷いた。


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