100 捕まった令嬢
「マリア様! すごいです!! 過去最大の量です!」
王宮の研究室で、いつものように研究員たちが口を揃えて褒めてくれる。
治癒の光を保存するための容器はすぐにいっぱいになってしまい、今は自然と溢れる微量な光のオーラが研究室と研究員たちの顔色を明るくしている。
クマが酷く青ざめていた研究員たちの肌は、見たこともないくらいにツヤツヤだ。
「今日はやけにパワーが強いみたいなの」
「そうなのですね。ヴィリアー伯爵様といらっしゃったので驚きましたが、マリア様がお元気そうで良かったです」
「あはは……」
そう。なんと、今日はグレイも一緒に王宮に来ているのだ。
研究室に行きたいと伝えたところ「俺も行く」と言い出し、今はレオと一緒に研究室の扉の前で待ってくれている。
まるで護衛騎士のようなグレイの姿に、研究員たちはみんな目を丸くしていた。
まさかお兄様が一緒に来てくれるなんて、私も驚いたけど……。
嬉しいような恥ずかしいような気持ちだ。
居た堪れなくなったマリアが「じゃあ……」と立ち上がったとき、若い男性研究員が話しかけてきた。
「昨夜のことで、我々はマリア様のことをずっと心配していて……。今朝、笑顔でいらっしゃったので本当に安心したんです」
「昨夜のこと?」
「ロッベン公爵令嬢とガブール国の王太子が、共謀してマリア様を狙っていたと……」
「え?」
若い男性研究員がコソコソと話すと、周りにいた人たちも無言でうんうん頷いた。
私を狙った?
フランシーヌ様がアドルフォ王太子と共謀して?
なんのことかと目を丸くするマリアに、近くにいた女性研究員がさらに情報を伝えてくる。
「あ。でも安心してくださいね! ロッベン公爵令嬢は今地下牢に繋がれていますので! マリア様がいる間は、この研究室の周りにも騎士を固めて見張ってくれていますし」
「……地下牢? フランシーヌ様が地下牢にいるの? どうして?」
「? だって、マリア様を危険な目に遭わせたんですから。昨夜、エドワード殿下がそう命令を……」
「そんなっ!」
私にウソをついただけなのに、地下牢に入れられるなんて!!
マリアは慌てて研究室の扉をドンドンと叩いた。
通路側で待っていたレオが扉を開けてくれる。その隣にはグレイもいたが、今のマリアの目にはレオしか写っていない。
「レオ!! フランシーヌ様が捕まったってどういうことなの!?」
「な、なんでそれを……」
「当然だろ」
返答に困った様子のレオの言葉を遮り、グレイがキッパリと言った。
「あの女は王太子に協力してマリアを騙したんだ。捕まって当然だ」
「騙したって……! それはそうだけど、でも……!」
「もうあの女に関わるな」
「!」
この話はこれで終わりだ、とでも言いたげなグレイの態度に、マリアは反論するのをやめた。
レオが大人しくしているということは、きっとグレイと同じ意見なのだろう。
この2人に聞いても教えてもらえない……どうしたら……。
そのとき、マリアは幼い頃の記憶を思い出した。
エドワード王子と一緒に研究室と間違えて行ってしまった場所……グレイの母親であるイザベラがいた場所。
あの場所がまさに地下牢だったはずだ。
あそこなら、覚えてる!
マリアはグレイとレオのあとに続いて階段を上がり、王宮内の広い通路に出た瞬間──ダッと勢いよく走り出した。
呆気に取られた様子のグレイとレオは、間を置いてすぐに追いかけてくる。
「マリア!」
2人からの呼びかけに答えずに、マリアは前を向いて走り続ける。
ここからそう遠くない場所。
目的の階段を見つけるなり、マリアは急いで下りていった。
地下に到着すると同時に追いつかれ、レオに捕まってしまう。
ガシッと後ろから腕を掴まれて、マリアの足が止まる。
「レオ、離して!」
「ダメだよ! 落ち着いて!」
レオの後ろには、呆れた顔をしたグレイが立っている。
これではフランシーヌに会うことはできない……とマリアが諦めかけた時、階段の上から自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。
「マリア!」
「! ……エドワード様!? なんで……」
走ってきたのか、肩で息をしているエドワード王子が怒った顔で階段を駆け下りてくる。
「研究室に行こうとしたらマリアが走り出したのが見えて……。何やってるんだ!?」
「お願い、エドワード様! フランシーヌ様に会わせて! 彼女、悪いことなんてしてないよ」
マリアの言葉を聞いて、エドワード王子の目が鋭く吊り上がる。それはグレイも同じで、心底不快そうに顔を歪めていた。
「悪いことなんてしてない? マリアを騙して王太子のところに連れて行ったんだぞ? 処刑してもおかしくないほどの重罪だ」
「それはアドルフォ王太子に頼まれて断れなかっただけで……」
「その時点であの女はマリアよりも王太子を優先させたんだ。十分この国の裏切り者だろ」
「でも、私は何もされていないし……」
そう言った瞬間、この場にいた男3人がカッとなって一気に反論してきた。
「俺達が行ったとき、マリアはあの王太子に押し倒されていただろ!? あれが何もされてないって言うのかよ!」
「そうだよ、マリア。あれは俺だって許せないよ」
「王太子でなければ、その場で即首を斬ってもらっていた」
エドワード王子の発言にレオが全面的に賛成している。
グレイに至っては、恐ろしいことをさも当然かのようにズバッと言いきっている。
「俺達が見つけていなかったら、どんな目に遭っていたかわかってんのか!? そんな状況を作ったあの女は絶対に許さない」
「…………」
ギラリと目を光らせる王子がどれほど本気で怒っているのか、幼い頃から知っているマリアにはよくわかる。
けれど、なぜフランシーヌがそんな行動をしてしまったのかを考えるとどうしても憎むことができない。
フランシーヌ様はエドワード様が好きだから。
だからきっと邪魔な私を……。
マリアがベティーナに対して感じていたあの暗く嫌な気持ちを、フランシーヌはマリアに感じていたはずだ。
邪魔なマリアをどうにかしたいと思ってしまった気持ちだけは、理解できてしまう。
苦しんでいたフランシーヌの気持ちと、今その好きな人から憎まれている彼女のことを考えると、マリアは怒りよりも哀れんでしまうのだ。
「……お願い。フランシーヌ様に会わせて。もう捕まっているんだし、別に会うくらいいいでしょ?」
これだけ反対されても引かないマリアを見て、エドワード王子がグッと歯を食いしばる。
いつもニコニコしているマリアが、めずらしくキリッと強い目つきで話しているからかもしれない。
それ以上3人は声を荒げることはなかった。
「……わかった。少しだけだぞ」
はぁ……というため息と共に王子が許可するのを、グレイが気に入らなそうに目を細めて見ていた。