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10 幼少期のマリアと母の死


 聖女マリア。

 腰まで伸びたプラチナブロンドの長い髪。透き通るような白い肌。宝石のように輝く黄金の瞳。ピンク色の小さな唇。


 『聖女』という言葉がぴったりと当てはまる……とても美しい少女。

 背が低いため、見た目はまだ4歳くらいにしか見えないが、本日6歳の誕生日を迎えた。

 

 誕生日ではあるが、今日がマリアの誕生日だということを、ジュード卿もエマも……そしてマリア本人でさえ覚えていない。



 マリアとエマがジュード卿の屋敷に来てから3年ほどは、マリアはとても大切に扱われていた。

 聖女の研究者として、ジュード卿はその力について様々な実験を行った。



 末期の病気でも治すことができるのか。

 傷の具合によって治す時間は変わるのか。

 月の大きさによって、聖女の力に変化はあるのか。



 実験体としたのは、とても真っ当な貴族とは言えない連中ばかりである。


 裏で悪業を行っては金を稼いでいるような貴族。

 もしも聖女の事を口外することがあれば、その悪事を公にするという脅し付きで治療をしている。


 もし聖女が王宮に匿われたなら、そう簡単に治療は受けさせてもらえないかもしれない。しかし、ジュード卿の下にいるのであれば、金さえ払えばいつでも治療を受けられる。

 ジュード卿を裏切っては、自分の悪業も暴露され自分の身も危ない。


 そんな理由から、誰も聖女のことを王宮に報告する者などいなかった。

 元々、聖女に同情したり聖女を崇めるような心の持ち主など、その貴族の中にはいないのである。


 大切にされていた頃は、マリアは毎日姫のような可愛らしいドレスを着て、毎日美味しいご飯を食べていた。

 母であるエマも、毎日笑顔で幸せそうにマリアを可愛がってくれていた。




 変化が起きたのは、マリアが3歳になった頃である。


 ジュード卿が『聖女』という存在に飽きたのだ。


 本来、聖女とは国のためにその力を発揮する存在である。

 戦争や災害……そういった大きな被害が起きる場でこそ聖女の力は活かされ、国民から崇められるのだ。


 屋敷から一歩も出してもらえず、クズのような貴族の治療、屋敷内の清掃浄化しかしていない聖女に、ジュード卿は何の魅力も感じなくなっていた。




 聖女とは、なんとつまらない存在なのであろう……。

 だが、今更王宮に引き渡すわけにはいかない。それに……()()は金になる。




 マリアが3歳になった頃、ジュード卿の中でマリアは『聖女』から『金のなる木』へと変化した。

 元々金の亡者であったジュード卿は、実験のためではなく金のためだけに聖女の力を使うことに決めたのである。


 そこからのマリアの生活は一変した。

 毎日出されていた美味しい食事も、1日に1回か2回しか与えてもらえず、それも全てジュード卿とエマの残した物であった。


 残り物が出なかったら、その日のマリアの食事はない。

 

 綺麗なドレスを着ることもなくなり、寝巻きのような白いワンピースだけを与えられた。

 もちろん洗濯などの替えすら与えられず、マリアは毎日浄めの力で清潔を保っている。


 さらに、貴族相手に聖女の力を使う時以外は自身の部屋から出ることを禁止され、1日中部屋の中で過ごさなければならない。


 マリアは手がかからず、赤ん坊の頃からほぼ泣くことがなかった。

 まだ3歳だというのに、そんな状況になってもマリアは泣いたり文句を言ったりもしない。



 『子どもらしさがない』というのも聖女の特徴なのだろうか……とジュード卿が思ったことがあるくらい、マリアには普通の子どものようなところがなかった。


 美少女ではあるが笑顔になることもなく、声を発することもない。たまに返事をすることがあるので、喋れないわけではないはずである。



 母親のエマは、自分の子どもがそのような扱いをされていてもジュード卿を止めはしなかったし、胸を痛めてもいない。


 マリア自身から悲痛な感情が出ていないことも理由の一つではあったが、この頃のエマはすっかりジュード卿にコントロールされていたからである。

 彼のやることに口を出さないどころか、不満にすら感じていなかった。


 マリアとは、屋敷にやってきた貴族を治療させる時にだけ会い、それ以外は放置。

 誰とも会話という会話すらしないまま、3年間ほぼ1人でマリアは生きてきた。


 6歳の誕生日など、マリアは覚えていないのではなく知らなかったのだ。

 教えてくれる人などいなかったし、日にちの感覚すらマリアにはわからなかった。


 しかしこの日、マリアにとってまた生活が一変するようなことが起きる。



 ジュード卿とエマが死んだのである。



 この日、2人は隣街で開かれた闇のオークションに参加するため、夕方に屋敷を出発した。

 もちろんマリアを連れて行くことはしない。


 2人の乗った馬車に大きな貨物馬車が衝突してきたのは、屋敷を出発してすぐのことであった。


 身体を強打して全く動かせない状態でも、ジュード卿にはまだかすかに意識があった。

 目の前には、すでに覚めることのない眠りについているであろう血だらけのエマの姿が見える。


 薄れていく意識の中、ジュード卿の頭の中にはマリアの姿が浮かんでいた。




 マリアを一緒に連れてきていれば、助かったというのに……! 

 すぐそこに聖女がいるんだ……!

 マリア、俺を助けろ……!!




 ジュード卿はすでに声を出すこともできない状態であった。痛みもあまり感じず、自分がここで死ぬのだということを受け入れ始めている。




 まさか、この俺がこんな最期を迎えるとは。

 マリアを……伝説の聖女を蔑ろに扱った報いなのだろうか……。

 



 激しい後悔の中、ジュード卿はその目を閉じた。


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