後編 「メイドと御嬢様のプラモデル修復ルポ」
こうして私と英里奈御嬢様の二人三脚による、地底戦車プラモデルのレストア作業が始まったのでした。
使用する工具や消耗品の大半を、近所のホームセンターや百均ショップで揃えられたのは、意外な発見でしたね。
銀座通りで営業している模型店で買い求めた品物と言えば、部品取り用の復刻版プラモデルとモーター程度でしたよ。
「幼少時の御館様が接着剤を使われなかったのは、今にしてみれば僥倖でしたね。プラモデルがスナップフィット式なので、こうして分解も出来ますよ。」
こう呟きながら私は、プラモデルの部品の合わせ目にマイナスドライバーを差し込んだのです。
そうして差し込んだドライバーの先端を、今度はジワジワと慎重に動かす事で、嵌め込んだパーツを少しずつ外していきました。
何せ相手は数十年前のプラモデル。
うっかり力加減を間違えてしまえば、経年劣化で弱ったプラスチックが、バキッと割れてしまうかも知れませんからね。
「ふう…どうにか外せましたね。」
安堵の溜め息が、思わず漏れてしまいますよ。
「御疲れ様です、登美江さん。」
こうして英里奈御嬢様に額の汗を拭って貰いますと、まるで手術中の外科医にでもなった心持ちですね。
「まあ、壊した場合は復刻版の部品を使えば良いのですが、それは最終手段にしておきたいですね。」
件の復刻版は電動ギミックのオミットされた観賞用ですし、構成するパーツの大半が復刻版に置き換えられてしまっては、御館様のプラモデルと呼べなくなってしまいますからね。
巷で耳にする「テセウスのパラドックス」とは、現在のような状況を指すのでしょうか。
「機関銃パーツの切り出しは、英里奈御嬢様にお願い致します。ゲート跡の処理は御気になさらず、ニッパーで切り取る事だけに御専念を。」
「心得ました、登美江さん。」
緊張した面持ちの英里奈御嬢様が、復刻版プラモデルのランナーを手に取り、注意深くニッパーの刃を入れていきます。
プラモデルに触れた経験の乏しい英里奈御嬢様ですが、それは幼少時の御館様とて同じ事。
多少のゲート跡が残っていた方が、より当時の雰囲気に近付くはずですから。
そうして英里奈御嬢様が慎重に切り出した機関銃パーツを嵌め込み、新たにデカールを貼り直しますと、スクラップ寸前だったドリル戦車が、少しだけ息を吹き返したように感じられたのです。
腐食したゴムのベタ付きを洗い落とされ、新品のゴム製履帯を履いた足回りも、実に誇らしげでした。
壊れたゼンマイを交換した事で、ドリルも回転出来るようになりましたよ。
とは言え、今まで行ったのは外見的な補修作業。
電動ギミックにも新たな命を吹き込まねば、今回のレストアも片手落ちで御座います。
この電動ギミック修復が最重要課題である事は、分解前の現状確認の段階で覚悟しておりました。
何しろ数十年間も入れっぱなしだった電池が液漏れを起こし、電池ボックスのバッテリーターミナルに錆を生じさせていたのですから。
「直るのでしょうか、登美江さん…」
私の手元をソッと覗き込まれる英里奈御嬢様の御声にも、何とも不安そうな震えが確認出来ますよ。
「出来るだけの事は試みますよ、英里奈御嬢様。」
笑顔で応じた私ですが、内心では復刻版の仕様に対するメーカーへの不満が爆発寸前なのでした。
何しろ、復刻版のプラモデルに電動ギミックさえ搭載されていれば、電池ボックスを始めとする部品類を新品に取り替えられたのですから。
とは言え、無い物ねだりをしても詮無き事。
私は紙ヤスリを割り箸に巻き付け、バッテリーターミナルの錆落としに専念したのです。
錆を落としたバッテリーターミナルに、接点復活剤を綿棒で塗り付け。
モーターと電池を新品に取り替えて。
出来る限りの修復手段は講じました。
その成果として机の上に鎮座する、在りし日の姿に蘇ったドリル戦車。
残る工程は、電動ギミックが蘇ったかどうかを確認するだけです。
「それではスイッチを入れましょう、英里奈御嬢様…」
「もし駄目だとしても、観賞用として余生を送らせてあげたいですね。」
英里奈御嬢様の視線を意識しながら、私はドリル戦車を持ち上げ、震える手でスイッチをオンに入れたのです。
途端に鳴り響く、力強いモーター音。
見れば、新品のゴムパーツを履かされた無限軌道が、数十年振りに動いているではありませんか。
「登美江さん、戦車を床に!」
興奮しきった英里奈御嬢様に従いますと、ドリル戦車のプラモデルは数十年間のブランクを取り戻そうかとばかりに、室内を軽快に駆け巡るのでした。
私と英里奈御嬢様が二人三脚でレストアした地底戦車のプラモデルは、本来の持ち主である御館様にお返し致しました。
御勤めから御帰りになられるのを玄関先でお待ちし、御嬢様と連名でお渡ししたのです。
「登美江君、英里奈。上手く直してくれたね。これは確かに、私が小学生の頃に組み立てたプラモデルだよ。」
私と英里奈御嬢様を労いになり、口元に小さく微笑を浮かべられたものの、御館様は普段同様に落ち着きに満ちた御様子でした。
「御満足頂けて喜ばしい限りです、御父様。」
御言葉とは裏腹に、英里奈御嬢様の御表情には、何とも残念そうな影が降りていたのですよ。
まあ、それも無理からぬ事でしょう。
御父上が喜ばれる御様子を期待するのは、娘として当然ですからね。
しかしながら、心の奥底では御館様も喜ばれていたのです。
ある日の深夜。
夜勤シフトを担当していた私は、御館様の私室に明かりが灯っているのに気付き、開いているドアの隙間から室内の様子を窺ったのです。
「子供の頃は、こうして遊んだものだったなぁ…」
そう呟かれながら、御館様はドリル戦車のプラモデルを手に取り、床に走らせたのですよ。
標的として並べられた怪獣のソフビ人形達に向かって、ドリル戦車は真っ直ぐに進んでいくのです。
「良いぞ、行けっ!怪獣なんかやっつけろ!」
怪獣目掛けて進軍するドリル戦車へ熱いエールを送られる御館様の眼差しは、あたかも少年のように生き生きとされていたのですよ。